片恋




「聞いてよ春華〜っ」
「うわっ酒くさっ!」
どこで飲んで来たのか、似合わない酒の匂いを纏って泣き付く勘太郎。
春華は、酒の匂いに少々辟易しながらも勘太郎の背を軽く叩いてやった。
「今度はどうしたんだ?」
「うっ・・・あの・・・」
春華としては落ち着かせるつもりでしたことなのだが、酔っている人間相手にそれはあまり好ましくない行為であった。
「は、春華さん・・・気持ち悪い・・・」
「何っ?!」
勘太郎が酔い潰れること自体珍しいことなので、介抱の仕方も分からず戸惑う春華。
頼れるはずのヨーコは今まだバイトで帰ってきていない。
「ど、どうすればいいんだ?」
「何にもしなくていい〜」
春華の気持ちをありがたく思いながらも、何かされては悪化するばかりと春華の腕を左手で押し避ける勘太郎。
春華は行き場の無くなった右腕を空にさ迷わせる。
「何か・・・水でも、持ってくるか?」
「うん、お願い・・・」


くんっ


立ち上がろうとした春華は、服の違和感に気付く。
「勘太郎・・・?」
水を頼んだはずの勘太郎は、春華の服の裾を掴んだまま離さないでいた。
「・・・え?」
名前を呼ばれ、自分の状況に気付く。
「あれ・・・ごめん、何で服掴んでたのかな僕・・・」
これじゃ水取りに行けないよね、と手を離す勘太郎。
だが離れていくその手を、今度は春華が握り返した。
「春華?」
「勘太郎、何かあったのか?だからそんなに・・・」
心配そうに尋ねる春華を遮るように勘太郎が言葉を返す。
「何にもないよ」
「嘘つけっ!!」
春華の剣幕に目を丸くする。
やがて、くすくすと笑いながら勘太郎は春華を見上げた。
「すっごく心配してくれちゃってるんだ」
「・・・悪いか」
照れながらも否定はしない。
そんな春華の態度に、今回ばかりはと甘える気持ちが勝って、勘太郎は酔い潰れた原因を吐き出すことにした。
「蓮見がねー・・・つれないんだよ」
いきなりぶちまけられた話題に、そして蓮見という名に、春華の頭に疑問符が過ぎる。
しかしそんな春華の様子には気付かず勘太郎は続けた。
「酔ってたんだ、お互い・・・気が緩んでた、それは認める・・・」




それは、仕事の帰りにふらっと寄った居酒屋での出来事であるらしい。
カウンターに見慣れた背中を見つけ、勘太郎は隣に座った。
「どーしちゃったのさぁ〜そんな背中丸めて」
「なんだ、お前か・・・今はお前に構う気分じゃない、あっちにいっていろ」
「うわっひどっ、ひどくない?」
そんなたわいもない言い合いをしながら、今日入ったばかりのお金を酒に注ぎ込んでいった。
そして、酔いが回った頃。
「ねぇ蓮見、僕、君のことが好きなんだけど」




ガシャンッ


春華が勘太郎に持ってきた水をコップごと床にぶちまけた音だ。
「あー何〜ちょっと春華何してんのーヨーコちゃんに怒られちゃうよーっ」
ぷんぷんと怒る勘太郎だが、春華は今それどころではない。
「かっ、かかかかか勘太郎?おおおおお落ち、落ち」
「春華が落ち着きなよ」
「そうだ、落ち着け!!」
春華はかなり動揺しているようで、勘太郎の肩を掴む手にかなりの力が込められている。
「ちょっと春華痛い・・・」
勘太郎の抗議の言葉も聞こえていないのか春華の動揺はおさまらない。
「待て、それはどういうことだ?勘太郎が、蓮見を・・・?」
「好き」
「何かの間違いじゃないのか?」
「あーもー傷つくなーその反応・・・蓮見と同じ・・・」
勘太郎はふぅっとため息をついた。




ガタガタンッ


こちらはカウンターの椅子から蓮見が落ちた音だ。
「おおおおお落ち着きなさい、何を言っている?何だ、それはどういうことだ?はっ、また私をからかって遊ぶつもりか?そうなんだな?」
「一応本気なんだけどな〜・・・」
「本気?ますます有り得ない!天地がひっくり返っても有り得ない!わ、私はもう帰るぞ!帰る!」
そのまま蓮見は、あちらに転びこちらに転び、動揺を隠せぬままに帰路についた。
「あーあー・・・無事に家まで帰れればいいけど」
そして勘太郎はやけ酒のごとくお金を使い果たし・・・冒頭に至る。




「本気・・・なんだけどな」
ぽつりと呟く勘太郎。
酔いが冷めたのだろうか、冷静な声に聞こえる。
「勘、太郎・・・本気、なのか・・・?」
春華は目を丸くしてその様子を見ていた。
「本気だよ〜そー言ってるじゃーん」
へにゃへにゃと笑いながら春華に抱き付く勘太郎。
春華は慌てて勘太郎を自分から剥がした。
「あっ、ちょっとー酷いんじゃないのーそれが傷心のご主人様にすること〜?」
ぶーぶーと文句を言う勘太郎と同じくらい、春華の顔は赤かった。
「春華?」
春華は口元を押さえながら何か呟いている。
「ん〜?何、聞こえない」
「っ俺だって本気だっ!!」
叫ぶと同時にその場で勘太郎を押し倒す。
今度は勘太郎が目を丸くする番だった。
「俺はお前が好きだっ勘太郎っ」
勢いに任せて思いの丈をぶつける。
勘太郎は何も応えなかった。
代わりに・・・
「すー・・・すー・・・」
穏やかな寝息が聞こえてきた。
「っ・・・っこんっの・・・酔っ払いーっ!!」


ガシャーンッ


今度はちゃぶ台をひっくり返す音。
暴れまわる春華は、ヨーコが帰ってくるまでにひとしきりの家具を壊し・・・こっぴどく叱られた。




さてさて、どこまでが本気?









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今から・・・何年前だ?大学在学中(多分)に友達と了勘いいよね了勘!と盛り上がった勢いで書き始め・・・先日書き上げたものです。何年越し・・・


勘太郎は本気で蓮見のこと好きなんだけど受け入れてくれないからその感情ごと隠しちゃうというのが好きです。あまのじゃく勘太郎。



2009/8/16


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