危ういバランスだと思った いつもと変わらぬ顔で笑っている。その自覚はある。 なのに。 何が、どこからズレてしまったのだろう。 とても危うい、今にも崩れそうな崖の淵に立っている気分だ。 「銀さん・・・なんか、具合いでも悪いんですか?」 「・・・は?」 「は?って、人が心配してやってるのにその返し方はどうなんだよ!」 新八は時々鋭い。 こと体の不調に関してはズバリと見抜いてくる。 ただ今回は、特にどこが不調というわけではなかったから、新八も確信がもてなかったようだ。 「まぁいいんですけどね、元気なら」 まだどこか心配を残した顔で軽く笑う。 その優しさがありがたくて、このまま寄り掛かれたら楽なのかもしれないと思うけれど・・・どうしてもそんな気分にはなれなかった。 「お前に心配されるようじゃまだまだだねぇ」 俺は腰を浮かし、通りざまに新八の頭を軽く叩いた。 新八は少々不満そうに自分の頭に手をやり、伏し目がちに呟いた。 「・・・もっと頼ってくれていいんですよ、家族なんだから」 そいつは難しいな・・・という言葉は、思うに留めた。 家族というものは、こういうとき頼れるもののことを言うのだろうか。思い巡らせても、それに該当する相手が浮かばない。 (唯一近いのは坂本か?) 一人くらいそんな相手を作っておいてもよかったかという考えが頭を過ぎり、俺はそれをすぐに打ち消した。 (いやいやないない、それはないって。俺が誰かに寄り掛かるとか、不自然じゃねェ?) 自分で導き出した答えに頷きつつ、俺は万事屋を後にした。 行く当てがあるわけではなかったので、単なる散歩感覚である。 甘味屋を巡って、馴染みの所に顔を出して帰るか。と、そんな気分でいた。 だから、あいつと会うことは想定外で、あんな結末も、想定外だった。 「銀さん寄ってかな〜い?」「最近冷たいのね」 「銀さんツケ払え!」「銀さ〜ん」 甘い声で呼ぶ声に、金がないからと断りを入れるのも日常化してきた。ああ、財布が寂しがっている。 何も変わらない日常。常にそうだから、日常と言うのだ。 その日常に、違う色を挿す声があがった。 「げっ」 聞き覚えのある声に顔を上げる。 「・・・あ、じゃあ俺はこれで」 その顔を見た途端に、さぁ今すぐに帰ろうという意識が働き、踵を返した。 こいつといるとろくな目に合わない。 「そいつぁ随分な対応だなぁオイ」 けれどその反応のよさは仇となったらしく、声の主は俺を引き止め、いちゃもんをつけにかかった。 引き止められた腕が妙に温かい。人肌って、こんなにあったかいもんだったか? 「なーによ多串君、先にげっとか言ったのそっちでしょーが」 頭を掻きながら声の主―――――土方の方に向き直る。 早く、腕を離してほしい。 「俺はいいんだよ俺は」 道理の通らない言い訳をして、片手で煙草を探る。土方は器用に煙草を1本抜き取ると、慣れた仕草で火を付け、うまそうに含んだ。 俺はその間成す術もなく、腕を掴まれたままその様子をじっと見ていた。 「あん?何だ、てめぇも吸いてぇのか?」 土方が俺の視線に気付き、問い掛ける。 「いや・・・ってゆーか、そろそろこれ離してほしいんですけど」 俺は自分の腕を指差し、抗議するように土方を見た。 土方は一瞬「何のことだ?」とでも言いたげな顔をしたが、すぐに自分が俺の腕を離さないでいたことに思い当たったらしい。バツが悪そうに顔を背け、腕を離してくれた。 掴まれていた部分が、熱い。 「その、あれだ・・・お前こんな時間に何でこんなとこいんだ」 「何でって・・・」 暇、だから?そう答えるのは違う気がした。 かといって、このなんともいえない感情を、言葉で伝えられるとは思わなかった。 「なんだろね・・・たまたま?」 たまたま気分が乗らなくて、たまたま仕事がなくて、たまたまこの辺を歩いていた。それだけだ。意味なんてない。 「たまたま、ね・・・じゃあ何でお前そんな顔してんだよ」 ―――――一瞬、言われた言葉の意味がわからなかった。 「そんな顔・・・?」 どんな顔だというのだろう。 いつも胸の辺りでどろどろに渦巻く感情は、奥底に押し込んで見えないようにしているはずなのに。 「自覚ねーのかよ・・・タチ悪ぃな」 土方が呆れたように俺を見る。 そういえば今日は新八にも見抜かれていた。自分が思っているよりもずっと、今の俺は脆くなっているのかもしれない。 「ホント、タチ悪ぃな・・・」 自嘲気味に苦笑し目線を反らす。 脆くなっている自分なんて見せていいものではないのに。 俺がそうやって落ち着こうとあがいていると、土方は煙と一緒に大きく息を吐き出して言った。 「お前そんなんじゃ、身がもたねぇんじゃねーの」 心配してる風でもなくそう言う。 俺は・・・こんなことでダメになるほど落ちちゃいない、と思った。 「たまにあんだよ。発作的なもんだ。しばらくすりゃ治る」 いつものことだ。 悔いる間もなく人を殺し続けた分、今になってその重みに引きずられそうになっている。ただそれだけのことだ。 ふと土方を見ると、あいつは苦しいような悲しいような顔をしていた。 ・・・どうしてお前がそんな顔するんだ? 「てめぇ・・・」 「何だ?」 「・・・独りで生きてるような面してんじゃねぇよ」 ―――――言葉が突き刺さり、ジワジワと入り込む。 ヒトリで生きているようなツラ・・・? 「・・・多串くん何言っちゃってんの?」 意味が飲み込めなかった。 所詮人は独りだ。独りで生きて、独りで死んでいく。当然、俺も。 違うのか? 「わかんねーのかよ・・・ったく、手間の掛かる奴だな」 土方はガシガシと頭を掻いて、ため息を落とす。 わからない。何が? 俺が何をわかっていないというのか。その意味さえも、わからなかった。 「もっと周り頼れよ、いい仲間に恵まれてんだろ?」 仲間・・・新八、神楽? 「いんだろーがよ、家賃払わねーでも置いてくれるばばぁとか昔の仲間とか、よ」 やー・・・ジミー君の情報網は侮れないねこれ。 そして、目の前のこいつも・・・きっとその勘定に入れていいんだろう。 ・・・気がついたら、さっきまで重くのしかかってきていたものが、ふっと軽くなっていた。なるほど、頼るってーのもあながち悪くない。 「土方ぁ」 「あん?」 苛立ちを含む表情でこちらを睨む。 こいつって生き方で損するタイプじゃねえ? 「今度マヨネーズおごってやるよ」 「・・・は?」 呆けたような土方の表情がおかしくて、思わず吹き出したら刀を抜かれかけた。 でも――――― 笑えるならまだ生きていける。あの頃よりもずっと人間らしく。 そう思えた。 |
久しぶりの更新ですね。これなぁ・・・いつ書いたのか記憶がないくらい前に書いたものです。携帯で書いたのをPCメールに送ったのですが、その日付はとりあえず去年の2月になってます。今になってUPするとか時差があるにもほどが(笑) 土銀と呼べるかどうかも謎ですが、まぁたまにはほのぼのする感じで。(ほのぼのか?これ・・・) |