「約束・・・しただろう?」
荒い息の中、苦しげに声を絞り出す邪馬人。
約束――――――
その言葉が蛮を縛りつける。
「蛮」
「っ嫌だ!!」
苦しむ邪馬人の姿を見ないようにしながら、伏目がちに、けれどきっぱりと拒絶の意志を見せる蛮。
「イヤだ・・・っ!!」
約束を反故にするつもりはない。
それでも。
頭のどこかで理解ってはいるけれど、逆らいがたい恐怖。
邪馬人を失うという、恐怖。
「イヤだ・・・・・・」
このまま約束を果たさなかったとしても、邪馬人を、ここにいる工藤邪馬人を失うことには変わりないのに―――――
蛮は気が狂いそうになりながら、狂っていく邪馬人の前で何もできず立ち竦んでいた。
何もできず。
そこから逃げることも、邪馬人を殺すこともできず、ただそこにいた。
邪馬人の前に、いた。






約束ねがい




いつだったか、流行りの映画を2人で見た後、ふらふらと喫茶店に入りあの俳優がどーだあの話の流れはどーだと他愛もない話を何時間もしていたことがあった。
その時、深刻な話なんて何もしていないはずなのに、邪馬人の顔はどこか真剣で、しかし蛮はそれには気がつかなかった。
「オレだったらあーは持っていかないけどなぁ」
「あ?じゃあ邪馬人ならどーすんだよ」
それに気がついたとしたら、邪馬人がそれを自分に置き換えた瞬間の、眼。
「オレだったら、苦しまないように一思いに殺してやるさ。それが愛ってもんだろう?」
何かを捕らえるような鋭いその眼は、蛮にゾクリと少しの恐怖をも与えた。
「殺、す・・・?何で」
「生きてたって苦しみが続くだけだ。なら、殺してやることが救いに繋がることだってあるさ。だろ?」
邪馬人の言葉に、蛮は不愉快そうな表情を顕にした。
「・・・どうした?」
「オレは、それ、理解んねぇ。だって愛してんだろ?何でそれを殺せるんだよ・・・」
納得のいかない顔で素直に疑問をぶつけてくる。
それに対して邪馬人は明らかな驚きの表情を見せた。
「愛してるから、殺すんだろ?」
「愛してるから殺さねぇんだよっ!」
噛み合わない会話。
ズレのあるぎこちない空気の流れる中、先に意見を譲歩したのは邪馬人の方だった。
「なるほどな。そーか、そーゆう考えもあんだな。何つーか、お前の意見を聞いてっと自分にはない感情が学べて楽しいもんがあるなぁ」
邪馬人は楽しそうに笑いながら、感心しているようなおどけているような口調でひとりごちた。
愛してるから殺す。
愛してるから殺さない。
理屈は同じだった。どちらも相手のためを思ってのこと。
ただ、その表現方法が少し違っていただけ。
「オレはな、殺すってことは愛するってことと似てると思うわけだ」
殺戮と愛情。一見相容れない対称に位置しそうなこの2つを、邪馬人は似ていると言う。
「どっちも相手のことしか考えられなくなるだろ?」
だが邪馬人のその考えを、蛮には理解することができなかった。
蛮は怪訝そうな表情を崩さずに邪馬人を見つめる。
「わっかんねーかー・・・ま、しょうがねぇな。でもよ、オレは少なくとも思うんだ。オレが苦しんで死にたがっているとき、オレなら、愛する人に殺されてぇ。殺されることでオレは相手の愛情を感じ取るんだ。幸せな最期だろ?」
「・・・そんなの、歪んでる」
「かもな」
納得の行かない思いが蛮の中を駆け巡る。警報を鳴らす。
しかし邪馬人はそれを押し切ろうとしていた。
「だから、オレならきっと蛮に殺されてぇと思うぜ?今は御免だけどな」
軽い口調で吐くその台詞は、物凄く重い。
明るい雰囲気である気はするのに、蛮はどうしても笑えなかった。
「なぁ、蛮は、オレが望んだらオレを殺してくれるか?」
殺すことは愛することだと言う邪馬人。
ならばこの質問は「オレを愛しているか?」と同じ意味を持つ・・・?
もちろん、邪馬人のことは愛している。
けれどイエスと言えない、言ってはいけないような不安が蛮を襲い続けていた。
「オレは・・・」
そんな蛮の戸惑いを知ってか知らないでか、邪馬人は畳み掛けるように尋ねる。
「殺して、くれないのか?」
認めてはいけない。そんな想いとは裏腹に邪馬人への愛情を否定したくない自分がいる。
「殺して、くれるか?」
そんな愛情は歪んでいる。
そう思っているのに、言葉が出てこない。
「殺して、オレを愛してくれないか・・・?」
そして蛮は遂に言った。


「邪馬人がそう望むのなら、オレがお前を殺してやるよ」と。




これが約束。2人の間に交わされた、裏切れない愛の言葉。
そう―――――
「約束・・・しただろ?」
苦しげな表情で、でもそれを見せまいと必死に振舞いながら邪馬人は問いかける。
――――約束しただろ・・・?
それがどんなに酷な事か、邪馬人には痛いほどわかっている。それでも。
「誰かに殺られるくらいなら、お前に殺られるほうがいい・・・分かってくれるだろ?」
「分かりたく・・・ねぇよっ!!」
絞り出すような蛮の声。
それでも、蛮はきっとそれを理解っていた。
邪馬人を苦しみから救えるのは自分だけだと。


たとえ卑弥呼に憎まれることになっても。
たとえ邪馬人を殺すことになっても。




「蛮・・・?」
蛮の瞳に自分の姿が映っているのが分かる。
映っているのに、何も見ていないその瞳に。
いっそこのまま連れて行ってしまおうか。
このまま、蛮を壊して、自分も壊れて・・・そうすれば、ずっと一緒にいられる。
――――そんなことはできないと知っているけれど。
何よりも誰よりも大切な者が、自分のために壊れていく姿なんて見ていられるはずがないのだから。
「蛮・・・っ!」
邪馬人は悲鳴を上げる体を引きずりながら蛮の元まで這いずる。
「蛮・・・」
必死になって蛮の腕を掴み、呼びかける。
「オレを見ろ、蛮っ!」
まるで駄々をこねる子供のように声を荒げて懇願する。
――――理解っているから
もう後戻りはできない。変化は始まってしまった。
もう、蛮しかいないのだ。
「蛮っ!!」
――――蛮しか、いない。
自分を殺してくれるのは。
自分を殺せるのは。
蛮しかいないのだ。
自分を愛してくれるのは。
だから。
「オレを見ろ、蛮っ」
オレを見ろ。そして、オレをその瞳に焼き付けて。
その、藍青の瞳に。
「蛮・・・約束しただろう」
蛮の顔が、ゆっくりと邪馬人の方へと振り返る。
その瞳が、やっと、邪馬人を捉える。
「オレを殺せ、蛮」
――――耳が痛いほどの静寂の中、藍青の瞳が哀しく揺れた。




それは一瞬のことだったのかもしれない。
酷く長く感じた、その時間は。
気が遠くなりそうなその沈黙の中、蛮も邪馬人も必死に意識をそこに留めていた。
蛮に殺されるために。
邪馬人との約束を守るために。
「っ・・・・・・」
邪馬人に掴まれたままの腕が、その存在を主張するかのように熱い。
全身が総毛立ち、震えが止まらない。
それでも・・・この瞬間でさえ愛おしく、切ない。
これが、邪馬人と過ごす最期の時間。
理解ってはいた。
理解りたくはなかった。
「邪馬人・・・・・・」
泣きそうな顔で。
痛々しげに唇を噛み締めて、泣くのを我慢して。
「蛮」
もう、瞳を逸らすことはなく。
「オレを殺してくれ」
邪馬人の言葉に、蛮はゆっくりと頷いた―――――









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第一章が書き終わりました。(UPの順番めちゃくちゃなんで、後書きだけはUP順に読んだ方が分かりやすいかもしれません;)
この話は下書きが散乱していて・・・「言葉」を本書きするときに勝手に付け加えた「殺す=愛する」のエピソードも入れたいし「言葉」からはみ出た下書き分も入れなきゃだしで継ぎ接ぎ継ぎ接ぎしながら作ったのでぶっちゃけ話がちゃんと繋がっているかどうか私には判断できません(オイ)。
でも、自分で言うのもなんですがこういう蛮ちゃんが好きです。追い詰められて苦しみながらそれでも愛する人のために動く、みたいな。えへ。


ともあれ、あと2話。(予定は未定。)ブードゥーチャイルド編が終わるまでには上げたいなぁ。(予定は未定。)



2005/4/17


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