狂気 無限城って知ってるか――――? 「無限城?」 いつもと変わらない、ごく普通の昼下がりだった。 そういう話題に繋がる何かがあったわけでもない、穏やかな一時。 穏やかな、だからこそ焦燥感が募るような、そんな昼下がり。 邪馬人は唐突に―――あいつにしてみればいろいろと思うところがあったのかも知れねぇけど、オレにしてみれば唐突に、だ。 ―――本当に唐突に、その話を切り出してきた。 「あぁ・・・あそこは一種の無法地帯でな。足を踏み入れたら最後、何が起こるか分かったもんじゃない――――そういうとこさ」 薄笑いを浮かべながら、どこか虚空を見つめて話す邪馬人。 「・・・行ったことでもあんのか?」 何を・・・考えてる? 「さぁな」 「何だよそれ」 軽く笑って誤魔化すのは、あいつがいつも使う手だ。 オレには言い難いことや言いたくないことを言おうとしているとき、あいつはいつもそうやって時間を稼ぐ。 「ま・・・何にしても、仕事でもねぇ限りあそこには近づかねぇほうがいいさ・・・・・・」 あいつはそう言ったきり、煙草をふかしながら黙り込んだ――――― 雨の中、独り佇む少年がいる。 美堂蛮―――それが彼の名前だ。 「邪馬人――・・・」 その端正な顔を歪めて、微かにそう呟いた彼の目線の先には―――裏新宿の象徴とも言うべき巨大ビル群『無限城』が聳え立っていた。 「・・・無限城に」 「ん?」 「そこに近づいたら、どうなるってんだ?」 いつまでたっても話の続きを切り出そうとしない邪馬人に、言葉を選びつつ慎重に聞き返す。 無限城に、何があるってんだ――――? その質問は邪馬人の言おうとしていることの核心を突いているわけではなかったらしく、あいつは微妙な顔で笑って、からかうように言葉を返してきた。 「何だよ、気になるのか?」 「あんな言われ方すりゃ誰だって気になるだろーがよ」 「ははっそれもそうだな」 自覚があるのかないのか、邪馬人は曖昧な返事ばかりを繰り返す。 そこに何か嘘でもあるかのように。 「近づいたら・・・そうだな、まぁとりあえず襲われるんじゃねぇか?」 「襲っ・・・いきなりかよ」 歯切れの悪い口調。それでも少しずつ見え隠れする、本音。 「曲がりなりにも裏新宿の最奥だからな。迷い込んだ奴を歓迎してくれるほど優しくはないさ」 「ふーん・・・」 無限城―――恐怖と殺戮に満ちた悪鬼の巣窟。 名前くらいなら聞いたこともあるが・・・一体そこに何があるというのか。 「・・・ま、あれだな。お前の場合は違う意味でも襲われそうだけどな」 そうやってからかう、いつものような意地の悪い瞳。 「やぁまぁとぉ〜・・・!」 ずいぶん余裕じゃねぇか!そう思って睨み返すと、やっぱりその笑顔には翳りがあって。 「まぁそーゆー危ねぇとこなんだよ、無限城ってとこはさ」 「だから、近寄らねぇ方がいいって?」 「そういうこった」 その翳りは何を示している? 「・・・でも、そうだな」 「―――――?」 その表情に、息が詰まりそうになる。 「こーゆー話もある」 いつになく真剣な表情。 「無限城ってのは何でもアリの無法地帯だから、世間一般での常識なんてもんはまるで通用しやしねぇ。だから―――だからこそ・・・一度死んじまった奴にも逢える、かも知れねぇ、っていう話があるんだよ・・・」 軽く微笑む、その顔は。 何かを待ち望んでいるかのように歪んで。 「アンタそんなの信じてんのかよ、うさんくせー」 必死で応えた声は、不覚にも震えていて。 「別に信じちゃいないさ。ただ・・・」 「た、だ・・・?」 一瞬の沈黙。 焦燥を募らせるだけの、残酷な時間。 「お前に逢えるんなら、行ってもいいかも知れねぇとは思うな・・・」 聞きたくない。 「は!勝手に人を、殺す、な・・・よ・・・」 そんな言葉は聞きたくない。 「逆だよ・・・」 オレが聞きたいのはそんな言葉じゃない。 「ぎゃ、く・・・?」 聞きたく、ないのに・・・ 「なぁ、蛮?お前は・・・―――――」 「見ねぇ面だな」 「ここは坊やの来るようなとこじゃねぇぜ?」 無限城の支配地域に一歩足を踏み入れた途端、蛮は周りを一瞬にしてジャンクキッズの少年たちの群れに囲まれてしまった。 「無視してんじゃねぇよ!」 「その綺麗な顔に傷付けたくなかったら有り金置いてさっさと立ち去りな!」 無限城の入り口に、一歩、また一歩と近づくにつれて、その少年たちの群れも次第に増えていく。 「聞いてんのかコラ!!」 「構わねぇ、やっちまえ!!」 少年たちは、一人の掛け声を合図に爆発し、一斉に蛮へと襲い掛かった。 だが。 「・・・邪魔してんじゃねぇよっ!!」 その麗しい見た目からは想像もつかないほどの殺気。 背後には一匹の蛇を従え、激しい風と共に少年たちを薙ぎ倒していく。 「ぎゃあああーーーっ!!顔がっ顔がああああーーー!!」 「うあああっ!なんだこいつ!!」 圧倒的な威圧感―――― 数分後、少年たちの叫び声が響く中、その返り血を一身に浴びながらも傷一つ負うことなく静かに佇む一人の少年が、そこには居た。 「邪馬人・・・・・・!」 『お前は・・・オレが死んだら、オレに逢いに来てくれるか―――――?』 雷が落ちる。 稲妻が走り、辺りは青白い光に照らされた。 その光の向こう、無限城下層階から現れた人影に、少年たちの間から叫び声とは別のざわめきが生じる。 ―――恐怖にも似た、畏敬。 人影は蛮の方に向かってゆっくりと歩みを進める。 堂々とした足取りで。決して迷うことはなく。 彼が歩くその先では、少年たちが避けるように彼のための道を開ける。 やがて蛮の前へと姿を現したのは――――― “雷帝” 無限城の悪魔とまで呼ばれた、一人の心優しい少年だった。 「ここは“VOLTS”の支配エリアだ・・・すぐに立ち去ったほうがいいよ?」 穏やかな口調に似つかわしくない、残酷な声音。 「死にたくなければね!」 その虚ろな瞳は、全てを疎い、それでもどこか優しさで満ち溢れていた。 「へっ・・・」 豪雷が鳴り響く。 「やってみな・・・・・・」 二人の孤独な少年の刻の歯車が、今 動き出そうとしていた―――――・・・ |
この作品は、私の頭の中にある(私にしては)長ーいシリーズの一部分です。 PIERROTのラストレターという曲を聴いていたときに、ふと蛮ちゃんが邪馬人さんを殺すシーンが思い浮かびましてですね・・・そこから派生していろいろ思い巡らせていた頃にふっと出来上がったものです。 当時この作品は携帯で打ってたんですが、とりあえず打ちながら思ったのは「出会いのシーン思い浮かんだの初めてやなー」でした。 そうなんです。後々原作で語られると思っているからこそ、出会いのシーンは考えたこともなかったのです。自分では。 なのでこれがすらっと出来てしまったのには驚きました。や、まぁラストの無理矢理っぷりは否めないですが; そんなこんなでこのシリーズは原作無視の方向で参ります。今後原作でいろいろ語られても無視です。 そんでもって、これを哀沢くんに見せたところいたく気に入ってくれたので、この作品は彼女のHP開設祝いとして捧げました。ありがたいことにステキに飾ってくれてます。ここで読むのとちょっとイメージ変わるかも? どーでもいいけどメモ帳に保存した時点での題名は「逢瀬」になってますよ碧翠さん。アナタいつ題名変えたんですか。(ふしぎミステリ〜)←更に、紙に下書きした時点での題名は「悪魔の住む城」だったらしいですよ(笑) |