「・・・・・・ん、ばーん!蛮ってば!!」 聞き慣れた声にふと気付くと、そこはいつもの道端で。 「・・・何だよ」 「はぁ?!何だよじゃないでしょ!?あんたがぼさーっとしてるから呼びかけてあげたん じゃない!」 心外だという顔で脹れる卑弥呼。 「まーまー。卑弥呼は蛮が構ってくれなかったのが悔しかったんだよな?」 「なっ!!馬鹿言わないでよ馬鹿兄貴っ!!」 「あんまり兄を馬鹿馬鹿言ってくれるなよ・・・」 ぎゃーぎゃーと文句を言っている卑弥呼の頭を愛おしそうに撫でる邪馬人。その顔は、い つものように穏やかで・・・ 見慣れたはずのいつもの光景。 そこに浮かび上がる、薄紅の、華。 (何だ・・・?) 訝しがる暇も無く、華は邪馬人の背後で大輪を開いていく。 穏やかな顔とは裏腹な、毒々しい紅―――― 「邪馬人・・・っ!!」 蛮の声に振り返る邪馬人は、その面影もないほどに紅い血の色に侵食されていった―――― 呪縛 ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ 恐怖に飛び起きた蛮は、そこでやっとそれが夢だったと知る。 (気持ち悪い・・・・・・) お世辞にも寝覚めが良いとは言えない。 止まない恐怖、襲い続ける不安。 (嫌な悪夢だ・・・) 夢、と言葉にしてから改めて思う。 今のは本当にただの夢――――・・・? ――――いや、違う。夢じゃない。 あれは現実。過去に見た幻影。そしてその“嫌な予感”は、更に嫌な“抗えない現 実”として彼らの身に襲いかかった・・・―――― (夢じゃ、ない・・・) 全ては現実。 紅く染まった邪馬人も、染めあげた腕も、もう元には戻れない。蛮は、邪馬人を最期に愛 した右腕を辛い表情で抱きしめた。 「・・・蛮ちゃん・・・?」 隣ですやすやと寝ていたはずの銀次が、いつの間にか目覚めてこちらを見ている。 「銀次・・・わりぃ、起こしたか?」 青ざめた顔でそれでも銀次を気遣う蛮。 「んーん・・・蛮ちゃんどうしたの?顔、真っ青だよ?」 言いながら蛮の額に手を添える。 「風邪とかじゃないみたいだ。よかった」 柔らかい笑顔で安堵する銀次に、蛮はほんの少し和らいだ心に気付く。 「何で・・・」 「何が?」 「いや・・・何が“よかった”なんだよ、お前。オレの気分が良かろーが悪かろーがお前 には関係ねーだろ?」 その言葉に、銀次は心外だと言わんばかりの呆れ顔をする。 「関係あるだろー?蛮ちゃんの機嫌が悪いとオレの怪我が増える」 でしょ?と蛮の顔を覗き込む銀次。その顔は何だか誇らしげだ。 蛮は無言で銀次の言葉を肯定する。 微笑む銀次。 嬉しそうな銀次の顔に――――夢の中の邪馬人が被った。 「・・・っ」 右腕が、疼く。 お前は殺してはいけない人を殺してしまったのだと訴え掛ける。 再び右腕を握り締めて塞ぎ込むように俯いてしまった蛮に、銀次は問い掛ける。 「蛮ちゃん、大丈夫・・・?」 大丈夫、なはずがない。 愛する人をこの手で殺した痛みは、まだ癒えない。 蛮は、銀次の問いには答えない。 「・・・言いたくなかったら、いいよ。蛮ちゃんに辛い思いさせてまで聞きたいわけじゃ ないし。でも、言ってくれればどんな言葉を掛ければいいか分かるんだ。・・・だから、こ れはオレの我が儘。目の前で蛮ちゃんが苦しんでるのに何もできないのは、オレは嫌だ な」 「銀次・・・」 2人目だ・・・と、そう思った。 こんなにも自分を気にかけてくれる他人は。こんなにも優しい人は。 1人目はもちろん―――― 「――――邪馬人・・・・・・って奴が、いてな・・・」 蛮はぽつぽつと語り出した。 邪馬人を殺してからもう、1年。いい加減誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。 でも、邪馬人の話をしている自分が浮足だっていることが判るから・・・銀次の顔は見 れない。どうしても、見れないのだが。 「辛かったんだね・・・」 掛けられた言葉に、思わず銀次を見てしまう。 銀次は、同情・・・というより蛮に同調してしまったかのような痛みの表情をしていた。 どうして・・・―――― その顔に、いつかの邪馬人が重なる。 『オレを、愛してくれるか――――?』 未だに分からないんだ。 「約束を・・・」 「約束?」 蛮の発する言葉を一つも逃すまいと、銀次は蛮の言葉を繰り返す。 「した、んだ・・・――――」 約束をした。けれど、蛮は今もまだ納得できないでいる。 「どうして・・・あいつ、オレが苦しむって分かってたくせに・・・卑弥呼を泣かせるこ とになるって分かってたはずなのに・・・っ!!」 どうして、あんな約束させたんだ。 オレが逆らえないって分かってたくせに・・・―――― 蛮の悲痛な叫びに、銀次が答える。 「分かって、なかったんじゃないかな・・・」 銀次の予想だにしない答えに、思わず呆ける。 「まさか・・・だってちょっと考えりゃ分かることだろ?」 「そうだけど・・・そうかもしれないけど・・・」 けど、何だというのだ。そんなことも分からないほど、邪馬人は馬鹿じゃない。 「けど、分かって・・・なかったんだよ、きっと。ほら、人間せっぱつまると自分のことしか見 えなくなるじゃない?」 同意を求めて蛮を伺う。 銀次の話は先が見えない。でも、今言っていることは別に間違っちゃいない。 蛮が目で頷いたのを確認してから、銀次は話を進めた。 「だからね、蛮ちゃんや、卑弥呼さん?とかの、人の気持ちまで考える余裕がなかったん だよ、邪馬人さんには」 穏やかな顔であやすように話すので、ざわついた心が、まだざわついているけれど、少し 楽だ。 だからといって納得はいかないのだが。 「てめぇのことしか考えらんねぇから、だからオレに人殺しを頼んだってのか?ハッ、い くら余裕ねーからってそんな突拍子もねぇこと思いつく方がおかしいだろ」 蛮の言い分も最もである。これには、銀次も同意せざるを得ない。 「うん、それは確かに、邪馬人さんは極端だったのかもしれないけど・・・でも、それ だって蛮ちゃんを愛してたからそう思った訳でしょ?」 ――――愛することと、殺すこと。 邪馬人がかつて言っていた極論。蛮とは違う、その感覚。 確かに、邪馬人はそういう考えを最初から持っていた。蛮は決して同意できなかったけれ ど。 でも、銀次の言う通り、余裕がなくなっていて自分のことしか見えくなっていたとした ら――――確かに願うのかもしれない。邪馬人は。 蛮に殺して欲しいと。 「だったら、ホントに蛮ちゃんに殺してもらいたかっただけなんだよ。誰が悲しむ、とか じゃなくて、ただ自分が殺してもらいたかった・・・それだけだよ」 「オレの気持ちはどーでもいいって?」 「どーでもいいとかじゃなくて・・・何て言ったらいーんだろう、蛮ちゃんのことしか、 蛮ちゃんに殺されることしか見えてなかったから・・・」 銀次の言葉に、蛮がその目を閉じて、ゆっくりと開く。 ・・・銀次の必死の訴えは、蛮にはもう届いていたようだ。 「分かって、なかったんだな・・・オレは、殺すことと愛することが同じだなんて思え ねぇよ・・・」 辛そうな笑みを浮かべながら述べる。 邪馬人は分かっていなかった。邪馬人の望みは蛮にとっては今生で最も辛いことなのだと いうことを。 だから望んだ。自分が救われることを。蛮に救われることを。 「馬鹿だな・・・」 「だね」 蛮の呟きに即答する銀次。 「あ?!」 自分が言ったこととはいえ、邪馬人を知らない他人に言われると腹が立つ。 けれど、銀次はそういう意味で言ったのではなかったらしい。 銀次はこう言葉を続けた。 「馬鹿なんだよ、邪馬人さんって。とびっきりの蛮ちゃん馬鹿」 「・・・」 こいつの思考回路は一体どうなっているのか。 「・・・んだ、それ。訳分かんねぇよ」 呆れ半分で言葉を返す。が、銀次は怯まない。 「分かるよ。だってきっと、オレと同じなんだ、邪馬人さんは」 「同じ?」 「そう。オレも邪馬人さんも、蛮ちゃんのことしか考えられない蛮ちゃん馬鹿なの」 ストン―――― 銀次の言葉を聞いた瞬間、何かが落ちた気がした。 「馬鹿、だな」 「うん!」 氷が溶けるような感覚。 あぁ、きっともう邪馬人の夢にうなされる日々は終わる。 邪馬人を忘れたわけじゃない。邪馬人にしたことを許せるわけじゃない。 けれど―――― 「銀次・・・」 「ん?」 「お前で、良かった」 蛮の言葉に、銀次は“?”をいくつも浮かべる。 「分かんねぇんならいいんだよ」 ポンッと銀次の頭を叩く。 今度は銀次が納得いかなくなる番だ。 「どういうこと?どういう意味?オレで良かったの?・・・何が?」 困惑した表情で食い下がる銀次に、蹴りを入れる蛮。 「うるせーな、言葉のままだよ」 「え?え?」 そのまま部屋を出ていこうとする蛮。 「ま、待ってよ蛮ちゃん!全然分かんないよ!どこ行くの?」 「・・・散歩」 「えー?」 銀次を独り残したまま、蛮は本当に出ていってしまった。 「怒って出ていったわけじゃないからいいけど・・・」 だって、蛮ちゃん微笑ってたし。 「・・・“良かった”んなら・・・ま、いっか」 銀次の言葉は、少なからず蛮の役に立ったらしい。 蛮が帰ってくるのを待ちながら、銀次はまた眠りについた。 |
この話は、当初のリストに入ってなかった、つまり書く予定のなかった話です。 何で書いたかって言ったら・・・勘違いしていたから。 この話、めちゃめちゃ書く予定の話だと思って書いてました。違ったらしい。でももったいないのでせっかくだからUPしちゃいます(笑) んーでもこの話あった方が解かり易くはなるかも?私の話解かり難いから(笑)←笑い事では・・・; |