『アルっ!!』


一瞬、自分が呼ばれたのかと思って、声のする方へと振り返った。そして、彼は確かに僕を呼んでいた。
僕じゃない僕を。彼の呼ぶその人と見間違えた僕を。
彼は人混みを掻き分けながら真っ直ぐに駆けて来て僕の腕を掴んだ。
切ないほど必死に。悲しいほど強く。


その時にはもう、僕は彼に惹かれていたのかもしれない。彼の瞳を見てしまった、その時には。






その時彼は僕を見つけた。




僕が彼の探し人とは違うと分かり、名残惜しそうな様子を隠すこともないまま彼はその場を離れた。
しかし、再会はあっけなく訪れた。彼が僕らの研究の見学に現れたのである。
なんでも雑誌で読んでとても興味を持ったとかで、研究に関わらせて欲しいとオーベルト教授の元を訪れたらしい。そしてここに連れてこられた。
「お前・・・!」
彼はどこか悲しそうな瞳で僕を見た。
これが、2度目の出会いだ。
その後、教授の采配により、彼が押しかけるような形で僕らの生活が始まった。
いろいろなことを話しながら一緒に食事をとったりしているうちに、彼はとても頭のいい人なのだということが分かった。
けれど、利発な論理展開をみせるその裏で、同時に彼は夢の中の話をする。
可能性の一つでしかないんだ、と後に彼は言っていた。
『もしかしたら生まれ変わりかもしれないとか、そしたらお前だけじゃなくて皆そうだってことになるんだけど・・・』
僕が誰かの生まれ変わりだとか、彼と別の世界を旅していたのだとか、そんなことは僕には夢の中の話としか思えなかった。
けれど彼はそんな夢の世界を現実のように話す。
『でも多分、別人、だな』
夢の中の“弟”と比べて、僕は別人だと言う。
違う存在、違う魂だと。
弟と“違う”僕は、だとしたらこの人の中でどんな存在なんだろう。
「エドワードさん、僕に「兄さん」って呼んで欲しい?」
一度だけ聞いてみたことがある。
僕が彼の中で弟の代わりであるなら、そうされることは喜びになるんだろうか。
「何バカなこと言ってんだよ。お前が生まれ変わりであろうとそうでなかろうと、お前はお前で、弟じゃねーよ」
少し無理をして笑いながら言うけど、そこには明らかな嘘があった。
「じゃあ聞き方を変えるね」
「アルフォンス・・・?」
「僕があなたの弟になったら、そうしたらエドワードさんは僕を認めてくれる?」
「なっ・・・!」
彼は元々感情の起伏が激しい人なんだろう。
僕と出会ってからは、というより、こちらの世界に来てからは、だろうか、あまり表情を崩すこともなかったんだけど、その時は違った。
いつもどこか辛そうな顔を泣きそうに歪めて、否定することで抵抗を見せた。
本当は気付いている僕たちへの抵抗を。
「お前はお前だろっ!認めるとか認めないとか、そんなんじゃねぇよ!お前はアルとは違うんだ!だからっ・・・」
言いながら、それでは「弟と違うお前には何も求めない」と言っているのと同じだということに気がついてしまったらしい。
本心ではそう思っているのだと、意図せず語る。
「だから・・・っ」
語尾が力無く掠れる。
必死で言い訳を考えるけれど、言葉が纏まらないのか、何度か何をかを言いかけては口を噤んだ。
きっと彼としてははぐらかしておきたいことだとは思うけれど、僕としてははっきりさせておきたい。
僕は更に追い撃ちを掛けるようなことを言った。
「だって・・・僕は“別人”なんでしょう?」
弟と別人の僕は、僕であって弟じゃない。
「別人の僕は、いらない?」
弟でない“アルフォンス”は、彼を惑わせるだけの虚像だろうか。
それとも、弟とは違う何かもあるのだろうか。
「違う、違うんだアルフォンス!オレは・・・っ!」
彼は否定の言葉を繰り返す。
自分の気持ちを否定して、なんとか僕を認めようとする。
僕という存在を、一つの“個”として。
けれどそれは無理な話だ。僕と彼の弟は、切り離して考えることができないほど似ているらしいのだから。
「そんなに、無理に否定しようとしなくてもいいよ」
「でもっ!!」
「そりゃあ悔しいけどね。僕を見てくれないこととか、他の世界に還りたがっていることとか」
僕のいる世界ではなく、弟のいる世界へ。還りたいという念いは、僕をそれはそれは苦しめるのだけれど。
「でも仕方のないことだから」
僕を見てくれないのは、僕を通して弟を見ているからで。
僕を見てくれるのは、弟と似ているからで。
なら、その瞳に僕が映ることに感謝しなくては。瞳に映る弟にいくら嫉妬しても何も得られない。
「ごめん・・・・・・」
ふいに、涙の零れる音がした。
いつの間にか外していた目線を元に戻すと、そこには僕を見て涙を流すエドワードさんがいた。
「ごめん、アルフォンス・・・ごめん・・・・・・」
僕を見て、泣いた。
弟ではない僕を。
「エドワード・・・さん」
その時彼は、初めて僕を見た。
僕も初めて、彼の瞳に僕を見た。









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こういう、ぐるぐるしてる話が好きなんです。ハイエドはみんなそんな感じ。うん。



2006/7/22


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