女神






これは、カガリがフリーダムに連れ去られた日の出来事。


「カガリ・・・様?」
アークエンジェルの甲板で、以前キラがそうしていたように膝を抱えてうずくまっていたカガリに、以前カガリがキラにそうしたようにラクスは話しかけた。
「ラクス・・・」
「どうなさいましたの?・・・やはり、オーブが心配ですか?」
そう問われて、カガリは一度は向けた視線をまたラクスから逸らした。
心配・・・しないわけがない。今やオーブに残っているのはカガリの意志に反する考えを持った者ばかりなのだから。
「私はこれでもオーブの代表だ。・・・お前たちから見たら頼りないかもしれないけど。でも、誰よりも、オーブのことを考えている。・・・そのつもりだ」
段々と言葉に覇気が無くなっていくのは、今まで言われてきた言葉を思い出したからか。
貴女は結局自分のことしか考えていない、とは幾度となく言われた。現政府の者にも、元オーブの国民にも。
けれどそれは・・・本当にそうなのか?私の意志は、オーブのためにならないものだと・・・?
周りの言葉を信じれば良いのか、それとも、自分の意志を信じても良いのか・・・
カガリの思考に、重く暗い靄が圧し掛かってくる。
「私は、カガリ様は誰よりも、オーブの“国民”であると思いますよ?」
ラクスの言葉は真っ直ぐに、カガリの心に突き刺さった。
「そ、れは・・・私はやっぱり、オーブを統治するには向いていないと・・・?」
そういうこと・・・?
――――何だか泣きそうだ。そうなのかもしれないとは思っていたが、こうもはっきりと言われてしまうとあまりにも自分が情けなく感じる。
父の遺志を継げない自分が。所在の無い自分が。
オーブを立て直すことが自分の役目だと、それが出来なければ自分がいる意味は無いと、そう思っていた。いや、そう思っていたことに気がついた。
自分は、オーブのためにあると。
それを否定されてしまっては、自分の意義も価値もどこにも見出せなくなってしまう。
私はオーブのためにならないのか・・・―――――
「違いますわ」
再度放たれたラクスの言葉は、やはり真っ直ぐなものであった。
「誰よりもオーブを愛する国民であるカガリ様だから、誰よりもオーブのためにと考えて理想を掲げることができるのですわ」
誰よりもオーブの国民だから。
誰よりも、オーブを愛しているから。
だからカガリは誰よりもオーブに必要なのだとラクスは言う。
「・・・本当に?・・・本当に、そう思うのか?」
「えぇ」
理想と現実はうまくかみ合わないものですけれど・・・とラクスは付け加えた。
けれどそれはカガリのせいではない、と。
理想を貫くにはそれに見合った力が必要だから。
「だから私はキラにフリーダムをお渡ししたのですわ」
ラクスの渡したフリーダムは、今もキラの意志を紡ぐために、そこにある。
「カガリ様に力が無いとは言いません。けれど・・・力があるとも、言いません」
ラクスの言葉は真っ直ぐで、そこには嘘もおだても無かった。
だからこそ、信じられる。
「ラクス・・・」
力が無いのなら、これから蓄えていけばいい。
それでも駄目だと言うなら、周りに助けを求めればいい。
思いだけでも、力だけでも。
理想を貫くためには少しの犠牲は覚悟していなければならない。
けれど今は、犠牲を増やしたくないがための、猶予期間。
「これから考えていけばいいのですわ。どうすれば本当に良い未来を築けるのか。どうすれば自分の心に正直に生きられるのか・・・」
そう言いながら、目を閉じて胸にそっと手を当てる。
穏やかなその顔はまるで・・・
「女神様みたいだ・・・」
カガリの呟きに「え?」ときょとんとした顔を返す。その様はどうみても人間そのものなのに――――――
「・・・カガリ。カガリ・ユラ・アスハだ」
「カガリ様・・・?」
ラクスが怪訝な表情でカガリを見つめる。その反応に、カガリはそれは当然の反応だなと言わんばかりに軽く苦笑いをした。
「いや、さ、ちゃんと、自己紹介ってしてなかったなって思って」
この人に、自分の存在をちゃんと認めて欲しい。そう、思ったから。
自分という存在を、この人の中に位置付けて欲しかったから。
ラクスは「あぁ!」と納得した様子で笑顔を見せた。
「私は、ラクス・クラインですわ」
「知ってる」
「・・・」
2人で顔を見合わせて、一瞬の沈黙の後、笑う。
笑うことがこんなにも人の心を軽くするものだとは知らなかった。
「カガリでいいよ。様はいらない。柄じゃないし」
「では、カガリ」
「何?」
「何でもありませんわ」
2人はまた、一緒に笑った。




――――向こう側から、華やかな笑い声が聞こえる。
やっぱりラクスに任せてよかった・・・
カガリを泣かせて、落ち込ませてしまったのは、自分。
けれどこれ以上掛ける言葉も見つからなくて。
ラクスに、彼女の側にいてくれるようにと頼んだ。カガリには笑っていて欲しいから。
「オマエモナーテヤンディ!」
「しーっ。もう少し、このままいさせてあげよう。2人とも楽しそうだから・・・」
笑うことは、人の心を軽くする。
キラはこの日、久しぶりに心から穏やかな笑みを浮かべることが出来た。
2人の、楽しそうな笑顔のおかげで―――――









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カガラクです。えへ。
女の子は華やかでいいですね。



2005/2/9


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