小十佐18禁SS「烏との再会」後編15
- 2011/10/15 06:45
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奥州にようやく春が訪れた。
厚く降り積もった雪が融け始め、この国が再び外界と繋がる。
世情が俄かに慌しくなった。
徳川幕府から直々に使者が遣わされ、手紙を寄越してきた。先の戦の慰霊祭を行うため、ついては奥州筆頭も参加されたしという内容だ。
慰霊祭とはいうが、要は幕府の威光を各国諸侯に示したいというだけのことだろう。
「いいじゃねえか、小十郎。江戸でまとめなくちゃならねえ話も溜まってるしな。ちょっとした sightseeing と洒落込もうぜ」
こうして俺たちは江戸に向かうことになった。
慰霊祭はつつがなく終了し、俺たちはしばらく江戸に滞在することになった。
といっても観光をするわけではない。奥州の物品の移出について、江戸の諸侯と話をまとめなければならないのだ。
江戸に滞在する間、昼は面会に商談、夜は宴への同席と、毎日予定がびっしり詰まっている。
予定の確認をすべく政宗様の宿所を訪れたのだが、
「……?政宗様はどうなされた?」
部屋はもぬけの殻だった。
「え、片倉様の所に行くと言って出て行ったッスけど…会えなかったんッスか?」
部下はきょとんとしている。
……やられた。
「てめえら、ちゃんと政宗様についてろと言ったろうが…」
「え、片倉様の所に行ってらっしゃらないんッスか…」
「おそらく、お忍びで江戸の町に遊びに出たんだろうよ。しかもたった一人で」
「………」
部下の顔がみるみる青褪める。
俺は政宗様を捜すべく部下たちを四方に散らせ、自らも捜索のために江戸の町に出た。
俺は政宗様のお姿を捜しながら、江戸の町を歩き回った。
政宗様はああ見えて時間にはきちんとされている。面会の時刻までには戻られるつもりなのだろうが、だからといってお一人で出歩いていいということにはならない。
政宗様の単独行動癖には、俺を始めとした奥州の者達がこれまでにもさんざん手を焼かされてきた。
「大勢の部下を連れての物々しい視察では見えないものがたくさんある」というのが政宗様の言い分であり、そのお考え自体は俺も素晴らしいと思うのだが、御身にもしものことがあったらと思うと手放しでそれを受け入れる訳にはいかない。
現に今までも単独行動に出た結果、深手を負って戻られるということが度々あった。
もうあのようなことは起きてほしくはない。
――それにしても、少し見ない間に随分と華やかになったものだ。
俺は久々に見る江戸の町を物珍しい気分で見回す。
以前はここはもっと質素な町だった。それがここ数年で見違えるように様変わりした。
もう京や大阪の時代ではない。ここが日の本の中心になるのだ。
飲食店が連なる通りを抜けると、歌舞伎座が見えた。
「真田十勇士」という看板がかかっている。
江戸で真田の話が流行っているという噂は本当だったらしい。傍らののぼり旗に「大好評につき第三回公演」と銘打ってるところを見ると、かなり長期にわたって公演しているようだ。
看板の絵を見ると、不思議なことに主人公の真田源二郎幸村は髭の生えた不惑がらみの壮年として描かれている。また、真田の忠実な下僕であるところの猿飛佐助はなぜか十歳かそこいらの少年として描かれている。
本物の猿飛は成人しているし、真田にいたっては少年の面影が残るあどけない顔の青年だった。
それがどうして子供と中年になるのかよく分からないが、おそらくその方が観客受けが良いのだろう。
この看板をもし猿飛が見たら、
「俺様こんなに麗しい美青年なのに、なんでこんなガキんちょになってるわけ?失礼しちゃうよなあ、もう」
というようなことをきっと言うだろう――そこまで考えて、俺はうっかり沈みそうになる心を慌てて叱咤した。今はそんな雑念に気を取られている場合ではないのだ。
政宗様を早く見つけなければ――そう思い、歌舞伎座を通り過ぎようとしたその時、道を歩く薬売りの声が聞こえた。
「薬ーぃ、薬はいらんかねえ」
ふと俺の足が止まる。
今の薬売りの声。――あの忍に似ている気がした。
まさか、似たような声色の人間はいくらでもいる。そう思ったが、俺は声のした方を振り向いた。
薬売りの男がこちらに背を向け、「薬、薬ぃ」と客呼びの声を上げている。
目深に笠を被っているためその顔は窺い知れないが、体格や着物から覗く手足から彼がまだ若いことが察せられる。
――その体つきが、猿飛に似ている気がした。
彼の身体については、閨の中で嫌というほどあらためた。だから俺が彼を間違えるということはない。――だが、しかし。まさか。
「おい、そこの薬売り」
俺は声をかけ、薬売りに歩み寄った。
「へい、お侍様。何の御用で――…っ!?」
俺は男の被っている笠を掴み、ぐいと持ち上げた。
「あ………」
笠の下にあったのは緑の光彩を持つ瞳。
そこにいたのは、赤い髪の真田の忍だった。