小十佐18禁SS「烏との再会」後編14
- 2011/10/14 07:30
- Category: 小十佐::SS18禁「烏との再会」後編
年が明けてすぐのある朝、庭の片隅で一羽の烏を見つけた。
とても小さい烏で、親離れしたてのようだった。足を怪我しているらしく、雪の上にじっと蹲っている。
どうにも他人事と思えず、俺はその烏を保護することにした。
激しく抵抗をする烏をどうにか押さえつけ、足に手当てを施した。
それから烏の住みかを作った。俺の畑のすぐ傍に今は使っていない小さな物置があるので、そこに手を加えることにした。
扉を外し、野犬が入ってこれないように入り口の下部に柵を作った。しかし上部は開け放して、烏がいつでも出て行けるようにした。
烏が賢いというのは本当らしく、その烏はすぐに小屋の用途を理解した。覚束ない足取りでよたよたと飛んではすぐ戻ってくる。ねぐらとしてその小屋を利用するようになった。
あの足では満足に餌を採れないだろうから、小屋に餌を置いてやることにした。
しかし家の者に尋ねて用意した普通の鳥の餌にはまったく口をつけようとしない。野性の烏なので、もっと別なものを好むのかもしれない。
あれこれ餌を試してはみたが、どうも上手く行かなかった。
こんな時、あの忍ならもっと上手に世話をするのだろう。
烏といるとしきりに彼のことが思い出され、そのたびに気分が落ち込んだ。少しは気晴らしになるかと思って保護したのだが、まったくの逆効果だった。
烏にはあえて名前をつけなかった。可能ならば野性に帰したかったし、それに迂闊に彼の名前でも付けようものなら、取り返しがつかないほど己が落ち込むだろうことは目に見えていたからだ。
烏はまったく俺に懐かなかった。俺が小屋に入るたびに警戒し、威嚇する。下手に人間に慣れる方がまずいだろうから、それについてはあまり気にしなかった。
しかし畑の手入れをしている時、視線を感じることが多くなった。振り向くと、少し離れたところに烏がいる。俺のしていることを見ているらしかった。
小首を傾げ、俺の手元をじっと見ている時など、俺のしている事が分かるのだろうかと訝しみたくなるほどだった。
(だから言ってんじゃん。烏は賢いんだよ。下手な人間よりずーっと利口なんだよ)
空耳が聞こえ、俺は慌ててかぶりを振る。
俺が近づけば飛び去るが、俺が追わないと近くで様子を伺っている。烏の距離の取り方は不思議だったが、同時にどこか心地よくもあった。
俺は畑に鍬を入れ、土を掘り返す。
冬の間も畑の手入れを怠ってはならない。寒いうちに土の状態を整え、春に備えるのだ。
ざく、ざくと雪のかかった土を掘り返し、天日に晒す。
その様子を烏が見ている。
一息つき、空を仰ぎ見る。今日は気温は低いが天候はとても良い。青空の下を細い雲がゆっくりと流れている。
春になったら、と俺は考える。
――春になったら、あの忍を探しに行こう。
今はまだ雪に阻まれ、思うように動くことができない。しかし春になればもっと自由に動けるようになる。
俺には国を守る使命があるので、自らあちこち訪ね歩くわけにはいかない。しかし己にできる限りのことをして、彼を探そう。そう思った。
例え俺の元に戻って来てくれなくとも、情人に戻れなくとも、ただ一目会えさえすればいい。この心は今とは比べようもないほど軽くなるだろう。
俺は傍らに生える木々を見る。
木々は未だ冬の装いのままだが、枝の蕾がわずかに芽吹いている。春が近づいてきているのだ。
俺はいずれ来る春に思いを馳せ、深く息を吐いた。