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小十佐18禁SS「烏との再会」後編06

続き

少しずつ冬の気配が近づいてきていた。
奥州は冬になると雪で固く閉ざされる。今のうちに冬を越す準備を整えなければならないのだ。
城も屋敷も次第に慌しさを見せ始めていた。
「小十郎。どうだ、猿の様子は」
政宗様が政務の手を止め話しかけてこられた。
「あいつ、本格的に奥州の冬を越すのは初めてだろ。ここの冬はきついからな…参らないようお前がちゃんと見といてやれよ。身体で温めてやったりとかな!!」
と嫌な笑みを浮かべておられる。
「そのことなのですが、政宗様…」
俺の渋面を見た政宗様が怪訝そうな顔をされる。
「あいつ、どうかしたのか」
「どうも、体調が思わしくないようで…」
忍は最近身体の調子を崩していた。
顔色が悪く、元々細い食がさらに細くなり、体力が落ちていた。
畑仕事に連れて行ってもすぐに疲れて蹲ってしまう。
政宗様には言えないが、身体を合わせていてもすぐに根を上げてしまう。そのため、夜は共に眠るだけの日が増えていた。
忍の身体は頑丈に鍛え上げられている。しかし、前に彼が言っていた通り寿命は常人よりも短い。
彼の生命力そのものが弱ってきているのではないかと、俺は気が気でなかった。
「医師には見せたのか」
「猿飛が断固として拒むのです。忍は滅多なことでは他人に身体を見せないのだと言って」
「滅多なことって、今まさに滅多なことになってんじゃねえか…無理やりにでも見せろ。後悔してからじゃ遅いんだぜ」
きつい目をする政宗様を、俺は不思議な気持ちで眺めた。
「…正直に申し上げて、政宗様が斯様にも猿飛のことを気にかけられるとは、当初は思ってもみませんでした」
「Ah?俺はこう見えて優しい男なんだぜ?」
「それは重々承知しておりますが…」
「…あいつは真田の忘れ形見だからな」
政宗様は目を細め、窓の外を眺めている。
――忘れ形見。
「…それは、普通は子息などに使う言葉かと」
「まあそうだけどよ、そんなようなもんだろ、あいつは」
政宗様の仰りたいことはよく分かる。
彼の精神と身体の隅々にまで、真田が息づいているのを強く感じる。そのたびに俺は嫉妬に駆られるのだが…
「正室よりも子よりも、真田の全てを吸い尽くしている。あいつが死んだら、その時にこそ真田幸村という男の痕跡がすべて失われるんだろうよ」
政宗様がそのようにお考えになっていたとは――
俺は感歎の念に打たれ、何も言えずにいた。政宗様に倣い、窓の外に目をやった。
空には薄い雲が張り、淡い雪がちらちらと降り始めていた。


俺は忍に強く言い、口論までし、最終的には拝み倒す形で医師にかかることを了承させた。
その日のうちに医師を屋敷に呼び、忍の身体を診させた。
「どうだ。何か異常はあるか」
俺はその場に同席し、診療の様子を眺めながら医師に尋ねた。
医師は顎鬚をさすりながら考え込んでいる。
忍は他人に身体を触られるのが嫌らしく、終始無表情ではあるが、機嫌を損ねているのが手に取るようにわかる。
「血がかなり減っていますな」
と医師が言った。
「血が減ってるだと?なぜだ?」
なぜ怪我をしたわけでもないのに血が減るのか。
「わかりません。これといって他に血虚の症状はないのですが…ひとまずは薬を処方します」
あとは水をよく飲み獣の肉を食べさせるようにしてください、と言い、医師は帰っていった。
「あーあ、やっと終わった。疲れた~」
軽口を叩き、忍はその場に横になった。しかしその顔は色を失い、彼が本当に疲弊していることが見て取れた。
「…夕餉に猪の肉を用意させる」
俺が呟くと、忍は
「えー、俺様獣の肉ってイヤなんだよね、身体に匂いが付いちゃうから」
などと不平をこぼす。
しかし俺の険しい顔を見ると、さすがに気が引けたのか黙り込んだ。
「…右目の旦那、あんた、優しすぎるよ」
俺に背を向け、ぽつりと言う。
「なんだと?」
「俺なんかをこんなに大事にしてどうすんのさ。こういうことは早くお嫁さん見つけて、その人相手にやってあげなさいよ」
「…なんでそんな事を言う」
俺にとって大事なのは、貰ってもいない嫁などではなく、お前だというのに――
「…あんたに大切にされるたび、俺、苦しいよ……」
忍は弱々しい声で呟いた。