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小十佐18禁SS「烏との再会」後編05

続き

忍は彼の部屋の片隅に香炉を飾った。
飾ったりせずどこかに仕舞った方がいいと言ったのだが、
「誰かに盗まれる可能性なんかほとんどないんだし、いいじゃない」
と呑気な事を言う。
「よくよく見ると結構味があるよね」
とまで言うので、「俺は好かない。あの僧を思い出して嫌な気分になる」と反論すると
「持ち主と持ち物は別個でしょ」
とあっさり流された。
彼は元来合理的な物の考え方をする方だ。
俺は彼ほど割り切ることができなかったのだが、それ以上反論するに足りる明確な理由がなく、その時は彼の言い分に従った。


あれから怪僧のことを調べてはみたが、手がかりは皆無だった。
それはそうだろう。あの僧の素性は杳として知れず、また彼は何か悪事を働いたわけではない。香炉を残して消えただけだ。
何もかもがはっきりしないので、政宗様にも報告のしようがなかった。
忍もすぐにあの僧のことを気にかけなくなった。つまるところ、俺が一人で悶々としているだけなのだ。
だが俺はどうしても忘れることができなかった。彼が纏っていた禍々しい妖気に、俺はあの時吐き気さえ覚えた。
何か得体の知れない凶事が起きる。その当てずっぽうでしかない予感を、俺は己の胸に仕舞いこみ、しかし手放すことなく抱え続けていた。


ある時、俺は忍の屋敷での行動に変化が起きていることに気づいた。
概ねは今までと変わらないのだが、あの香炉をぼんやりと眺めていることが多くなった。
本人にそのことを指摘しても、「え、俺様そんなに眺めてるかなあ」と意に介さない。
しかしある時は薬を作る手を止め、またある時は読みかけの書を半端に開いたまま、呆とした表情で香炉を眺めているその様に俺は微かな凶兆を感じた。
「――すまねえ、俺はその香炉が嫌いだ」
ある日堪りかねて俺は忍に言った。
「何の変哲もねえがらくただってのは分かっちゃいるが、どうにも好きになれねえ」
「……」
忍は夕餉の手を止め、黙ってこちらを見ている。
「俺が部屋にいる間だけでもいい。その香炉をどこかに仕舞ってくれねえか」
「…そっか」
忍が箸を置き、ふっと息をつく。
「そこまで嫌いだとは思わなかった」
「悪いな…」
「ううん。でもこんなに綺麗なのにね」
綺麗――?
俺は耳を疑った。
そもそも、彼は物の美醜について滅多に言及しない。美しいとか醜いとか、そういう事に拘るのは忍の法度なのだと前に言っていた。
その彼が、見惚れるような目付きで古びた香炉を見つめ、あまつさえ綺麗だとまで言う。
何か、異様だと感じた。
「まあ、しょうがないね…よいしょっと」
忍は立ち上がり、香炉を麻袋に入れ、部屋の片隅の物入れの中に仕舞い込んだ。
「これでいい?」
「ああ…すまねえ。お前の気に入りなのにな」
「いいよ、人の感じ方はそれぞれだもの」
彼が他愛なくこちらの申し出に従ってくれたため、俺は幾ばくか安堵した。
しかしその後、彼は終始どこか上調子な様子だった。