小十佐18禁SS「烏との再会」後編01
- 2011/10/01 23:27
- Category: 小十佐::SS18禁「烏との再会」後編
前編から続けて読まれる方がほとんどとは思いますが、
一応注意書きです。
・幸佐前提の小十佐です
・幸村が亡くなっています
・18禁描写を含みます(18禁描写がある回には冒頭で注意します)
以上の事がOKな方のみ「続きを読む」からお進みください。
秋になった。
この頃は世情から戦の気配が遠ざかり、奥州も平和な秋を迎えることができた。
俺も己の畑を見る余裕ができ、真田の忍に収穫を手伝わせたりしていた。
幸いにも忍び里からの追っ手が奥州にまで及ぶことはなく(俺が偽の情報を流して錯綜させているというのはあるが)忍はあの祭の日以来、特に取り乱すこともなく淡々と日々を過ごしている。
書を読み、薬を作り、畑仕事に精を出す。
現在の彼の行動だけ見れば、人の目には実に健やかな青年としか映らないだろう。
あの精鋭真田忍隊の長だったとは到底思われないに違いない。
彼の今の姿を見るたび、俺はいつも不思議な気持ちになる。
現在のこの有り様はすべて夢で、本当はまだ石田も真田も滅びておらず、東西の戦も未だ終わっていないのではないかと。彼もこんな所でのんびりと暮らしてはおらず、忍び働きのために全国を目まぐるしく駆け回っているのではないかと。
しかしそんなものは感傷にすぎない。
すべては終わり、生き残った者には時間が流れ続ける。
ただそれだけのことなのだ。
死なない限り、すべては変化し続ける。忍も、俺も。
ただその変化を受け入れることができるかどうかは、人によってかなり差がある。
忍は己を取り巻く状況の変化を今どう捉えているのか。
俺は土をいじりながら溜息をついた。
「どうしたの、右目の旦那」
収穫した茄子を盛った笊を小脇に抱え、忍が俺の傍にやってきた。
頭には手拭いを巻き、何処から見ても立派な農夫姿をしている。
「なんだ」
「眉間の皺がいつもの二倍増しになってるよ」
ほらここ、と言いながら忍は自身の眉間を人差し指でぐりぐりと押す。
「なんでもねえ、気にするな。それよりそっちの収穫は終わったのか」
「とっくに終わったよ。ほら見て、大豊作。旦那の作る野菜はどれも見事だよねえ」
美味しそう、と言いながら忍は笑顔を浮かべている。
「美味いなんてもんじゃねえ。俺の作る秋野菜を一口でも食ってみろ、変わるぞ」
「変わるって何が」
「世界観がだ」
忍は怪訝そうな顔で俺の顔をじっと見ていたが、やがて弾かれたように笑い出した。
「…なんで笑う」
俺は憮然として忍を睨む。
忍はひいひい言いながらどうにか呼吸を整え、「だって旦那面白いんだもん」と言った。
「俺が何か面白い事を言ったか?」
「いいっていいって。旦那って普段はまともを絵に描いたような人なのに、野菜に関しては時々訳わかんない事言うよね」
「何言ってやがる。俺がこの茄子を作るのにどれだけ試行錯誤を重ねたか――」
野菜作りの奥深さについて俺が言い募れば言い募るほど、忍はもうやめて腹が痛いと笑い転げる。
「俺、右目の旦那のそういうとこすっげえ好きだよ」
「すっ…」
思わず絶句する。頬が赤らまないよう努めたが、うまく行ったかどうかわからなかった。
「なんでそこで照れるわけ?いつももっとすげえ事言ったりやったりしてんのにわっかんねえなあ」
「言うな、猿飛」
こいつは俺が昼間にそういう事を言われるのを嫌がると知っていてわざと言うのだ。
「旦那か~わいい」
顔を背けた俺の頬を忍が指でちょんちょんと突付く。
「いい加減にしろよ、てめえ」
堪りかねて俺が拳骨で忍の頭を小突くと、忍は「いてっ」と大げさに頭を押さえる。
「いいからさっさと帰るぞ。遅くなる」
「はあい」
俺たちは収穫した野菜を笊から背負い籠に移し変え、籠を担いで畑を後にした。
「So delicious」
政宗様が膳に盛られた茄子の天麩羅を次々と平らげる。
普段はやや食の細い政宗様だが、俺の作った野菜だけはよく召し上がるのだ。
「お前の作る野菜はいつも最高だな、小十郎」
「恐縮至極にございます」
俺は深々と頭を下げた。
「なあんか納得いかねー」
忍が不満気な顔でぼやく。
「世界観が変わるほど美味しいって言うから凄く楽しみにしてたのに、竜の旦那と一緒じゃろくに味なんか味わえないよね」
「猿飛」
「だってさあ」
「政宗様はお前の様子を見に来てくださったんだぞ」
「どうだか…野菜食べに来ただけだって言ってたじゃん、さっき」
畑から戻ると、政宗様が何の予告もなく俺の屋敷に来られていた。「よう、小十郎。お前の野菜を食いに来たぞ」と土産の酒を渡された。
本来ならば俺が野菜を持って城に上がるのが筋なのだが、忍の様子を見るために自ら出向かれたのだ。
俺が忍を連れて城に上がれば、忍を家臣たちの目に晒すことになる。家臣の中には忍の顔を知る者が多数いる。部下たちは俺に忠実だが、他国の忍に対する考え方は人によって異なる。不用意に忍の情報を洩らさないよう、政宗様なりに気遣ってくださっているのだ。
そもそも抜け忍である彼を追放せずに身近に置くだけでも寛大すぎる措置なのに、それを知ってか知らずか相変わらず彼は政宗様への嫌悪の念を露わにする。
「そう突っかかるなよ、猿」
政宗様は酒を飲みながらにやにやと笑う。
「木に登れない猿ってのはどんな塩梅なのか見に来てやったんじゃねえか。足が悪いんだってな?いよいよお前も年貢の納め時だな」
「お生憎様、薬を工夫し続けたんでね、もうだいぶ良くなってんだよ。そう遠くないうちにあんたの寝首も掻けるようになる」
「そりゃあ楽しみだ」
「お二方とも、お喋りはそのくらいになさいませ」
俺はぴしゃりと言い放ち、二人を黙らせた。
「猿飛、お前も黙って味わえ。どうだ。美味いか」
「うん、すごく美味しい」
「変わっただろう、価値観が」
「んー………まあ、ちょっとびっくりするくらいには美味しい」
俺は満足して頷く。
「そうだろう。どんどん食え」
「そんな勧めないでよ。そもそも俺様、旦那んちに来てからいいもん食いすぎなんだよね…」
そう言いながら、忍も次から次へと天麩羅を平らげる。彼にしては珍しいことだ。彼は敏捷性を維持するために、普段は食事の量を調整しているらしい。
美味しい、美味しいと言いながらいつになくよく食べる忍を見ているうちに、俺はいつの間にか笑みを浮かべていたらしい。
はっと気づき、慌てて政宗様の方を伺い見ると、政宗様は人の悪い笑みを浮かべてこちらをじろじろ眺めていた。
俺はげんなりした。政宗様が何を考えているか、手に取るように分かったからだ。
「ここに来るたびに面白いモンが見られるからな。実に楽しいぜ俺は」
俺は俯いて恥辱に耐えた。
帰り際、玄関で政宗様が「小十郎」と手招きした。
「何でしょうか」
「小十郎、あいつな、以前と比べればだいぶいい顔するようになったと思うぜ」
「そうでしょうか…」
「お前は毎日顔を突き合わせてるから分からねえかもしれねえがな。距離のある方が見えることってのは存外多いもんだ」
「それは、弁えております…」
政宗様の仰る通りだった。離れている方が対象をよく理解することができるのだ。今の俺は近付き過ぎだった。
「お前はいろいろ思い悩んでんだろうが、正攻法でいけばなんとかなるってもんでもないしな。人の心ってのは…」
「………」
「時に、小十郎」
政宗様が俺の肩を抱き寄せ、耳に顔を近付ける。
「忍ってのはあっちの具合がめちゃくちゃ良いんだってなあ?実際のところはどうなんだ?」
「政宗様っ!!」
俺は政宗様の腕を振り解いた。
「ただのjokeだろ?小十郎。coolにいこうぜ」
政宗様はくっくっと口の端から笑みを零している。
「それにしても、お前らが本当に出来ちまうとはなあ…」
俺は穴があったら入りたい心境だった。
「でもまあ、頑張れよ。あいつを立ち直らせることができるとすれば、きっとお前くらいのもんだろ…逆に言えば、お前に無理ならもう誰にもできないってこった」
政宗様は急に真顔になり、ぎらりと俺を見据えた。
何も応えることができない。俺は今、まさにその事について悩みの底に堕ちているのだ。
政宗様は無言になった俺をしばらく眺めていたが、おもむろに親指を突き立てた握り拳を俺の眼前に突きつけ、
「Good luck」
そう言い放ち、そのまま御付きの者を連れ、我が屋敷を立ち去られた。
俺は政宗様のお姿が見えなくなるまで見送り、それから深い溜息をついた。