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小十佐18禁SS「烏との再会」前編19

続き
明るい日差しが瞼ごしに目に差し込み、俺は顔を顰めた。
薄く目を開ける。首を曲げて外を見ると、もうすっかり日が高く昇っていた。
俺はぼんやりと見慣れぬ天井を眺める。
ここはどこだ?
起き抜けのせいか記憶が上手く繋がらない。
――そうだ、村外れの神社に泊まらせてもらったのだ。祭の途中で雨が降ってきて、それで…
――それで夜、真田の忍が俺の寝具の中に入ってきたのだ。
俺は弾かれたように飛び起きた。忍を探して部屋を見渡す。
忍は俺の隣りで寝息を立てていた。
掛け布団から裸の肩が覗いている。
そこで気がついたが、俺も身体に何も纏っていなかった。
そうだ。
夕べ、こいつと情を交わした。
激情に呑まれ、夜が明けるまで彼を犯した。その後いつの間にか眠ってしまったのだ。
顔から血の気が引いていくのがわかる。
――なんという事をしてしまったのか。
傷ついて温もりを求める彼に付け入るようなやり方で、彼を陵辱した。
最低だ。俺は……
呆然としていると、「うう」と唸って彼が寝返りを打った。
掛け布団がめくれ、彼の鬱血だらけの胸部が露わになった。
俺は思わず目を背ける。
どうすればいいのか。彼が目を覚ましたら何と言葉をかければいい。
頭の混乱は深まる一方だ。
やがて彼は薄らと目を開け、ぱちぱちと数度瞬きをした。
「あ、右目の旦那、おはよー」
「………」
「どしたの?苦虫を噛み潰したみたいな顔してるよ」
忍はふあーあ、と盛大に欠伸をしながら身体を起こした。
「あー腰痛え」などと言いながら部屋の隅に丸まっていた着物を引き寄せて着込んでいる。
「旦那も着たら?着物」
「あ、ああ…」
俺は慌てて自分の着物を手繰り寄せた。


朝餉を用意するという宮司の申し出を丁重に断り、早々に屋敷に向かった。
雨はいつの間にか止んでいた。道端にはいくつも大きな水溜りができている。その中を二人で並んで歩いた。
屋敷に向かう間中、二人ともほとんど無言だった。
しかし、よくよく見ると忍の足取りが重たい。顔色も心持ち血の気が失せているように感ぜられた。
「大丈夫か、猿飛」
思わず声をかけると、忍は頭を振って
「平気平気。忍の体力は底無しなんだから」
と笑うが、やはり具合があまり良くなさそうだ。
「負ぶってやろうか」と言うと、「冗談やめてよー」とからからと笑い飛ばされた。


屋敷に着き、時間がないので俺は朝餉を摂らずすぐに城に向かうことにした。
忍は自分の部屋に戻ったきり出て来ない。
心配になり、出掛けに忍の部屋を覗いてみると、忍は寝具も敷かずに床に横たわっていた。
「やっぱり具合が悪いんじゃねえか、てめえ」
部屋に踏み込んで声をかける。すると忍は億劫そうにこちらを振り向き、
「大丈夫、大したことないって…ちょっと寝りゃすぐ治るよ。あんたは早くお城行きなって、昨日も早く上がったんだしお仕事溜まってるんでしょ」
としっしっと手を振って追い払われた。
「…猿飛、昨日のことは…」
「やめてくれよ」
忍は俺を言葉で制し、
「詫びの文句なら聞きたくないぜ。俺は別にあんたに酷いことされたなんて思ってない」
「………」
「お仕事、頑張ってね」
忍は横たわったまま薄く微笑んだ。
俺は忍の傍らに膝をついた。
「猿飛、俺は城に行って来る。さすがに今日は休めねえからな……だがな、」
それきり口を噤んでしまった俺を見ながら、忍は俺が何を言いたいのか悟ったらしく、
「大丈夫、あんたがいない隙にここを出てったりしないから。約束するよ」
俺の手にそっと己の手を重ねた。
俺は彼の手を握り締めた。
そのまま抱き寄せて口付けたかった。しかしなんとかその欲求を押し殺し、彼の手を離し、
「…行って来る」
踵を返し、彼の部屋を後にした。


城に上がったものの、まったく仕事が手につかなかった。
文書を読んでも一行も頭に入って来ない。
ともすれば彼の泣き顔や薄明かりの中で見た姿態が脳裏に浮かび、そのたびに慌てて頭を振って雑念を追い払った。
政宗様は他の家臣と視察に向かわれ、この日は城にはおられなかった。
丁度良かったと思った。今の俺の状態を見られたら、何を言われるかわかったものではない。
苦心しつつ、どうにか仕事を進めた。しかしその間も彼のことばかり考えた。
――彼と身体を重ねるべきではなかった。
後悔が胸の内に渦巻いていた。
俺は彼の自立を助けるために彼を家に置いたのだ。それなのに肉体関係を持ってしまっては、ただ俺に依存させることになるのではないか。
それに、彼は真田が好きなのだ。しかと確認したことはないが、おそらく彼は真田の情人だったのだろう。真田が存命の頃、真田と忍が二人でいる時に醸していた空気は二人が只の主従ではないことを如実に示していた。
彼の様子から察するに今も真田を忘れられず、その深い思いが彼を苦しめている。
その彼と寝るのは、余計に彼を傷付けることになりはしないか。
どの角度から検討しても、彼とこうなるべきではなかった、という結論になる。
今からでも遅くはない。夕べのことは一夜限りの過ちだったということにして、今後は一切の性的な関係を絶つべきなのかもしれない。
しかし自分が本当に彼のもう一つの姿を忘れることができるのかと己が心に問いかけると、そこで思考がぴたりと止まってしまうのだった。


「片倉様、どうしたんスか?どっか体の調子でも悪いんスか?」
部下に声をかけられ、俺ははっとして顔を上げた。
「なんか顔色悪いっスよ?早めに帰られて休まれた方がいいんじゃないっスか?」
「……いや、大丈夫だ。なんてことねえ」
俺は愕然とした。部下にまで今の有様を心配されてしまうとは。
「これ、良かったら食ってください。元気が出るっスよ」
と部下は懐からふかし芋を取り出し、俺の前に置いて去っていった。
芋から甘い香りの湯気が立ち上っているが、まったく食欲が湧いてこなかった。
あいつは今どうしているだろうか。
部屋でまだ横になっているのだろうか。どう考えても夕べは無理をさせすぎた。
真田への嫉妬に狂い、ほとんど憎しみをぶつけるようなやり方で犯してしまった。
己が内にこんなにも醜い心情があったことを、俺は久しく忘れていた。
彼は俺に優しい言葉をかけてくれたが、内心では呆れ果てていたかもしれない。
俺から受けた恩を返すために俺と寝てみたが、やはり自分には真田しかいないと思い至り、屋敷を去ってしまうかもしれない――
どんどん暗くなっていく思考を、俺は慌てて堰き止めた。
それでも心はぐずぐずと暗く沈んでいく。
そうだ。彼は俺のことが好きで俺と身体を重ねた訳ではない。
彼は俺の恩義に報いるために、いわば義理で己が身体を開いたのだ。
彼は俺を愛してなどいない。


そのことが、心臓が凍りつきそうなほど悲しかった。