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小十佐18禁SS「烏との再会」前編14

続き
次の日、俺は昼下がりに屋敷に戻り、忍と共に祭に向かった。
俺は紺の着流しに着替え、脇差は屋敷に置いてきた。忍は瓶覗色の着流しを着込み、白い布を頭に巻いて髪の色を隠している。
もっと本格的に変装して別人になりすまそうか、と忍は言ったのだが、俺がそれを止めさせた。
俺はまったくの別人とではなく、猿飛佐助と出かけたかったのだ。


日は高かったが、村はすでに祭の賑わいを見せていた。
いくつもの村が合同で行っている盛大な祭だ。屋台や見世物など、珍しい商いが道にずらりと連なっている。
「すごいねえ…伊達の領地は。こんな盛大なお祭りをやれるなんて、驚いたよ」
忍は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。
「上田でもよくお祭りがあって、真田の旦那がお忍びで行くのにしょっちゅう付き合わされたけど、ここまで盛大じゃなかったなあ…」
口ぶりにどことなく口惜しそうな響きがある。
「政宗様は商売や貿易で外貨を大量に入手し、それを下々にまで行き渡らせておられる。この祭も政宗様の成し遂げられた成果の一つだ」
俺は誇らしい気持ちで辺りを案内して回った。
屋台で餅を二つ買い、一つを忍に渡す。
「焼きたてだ、食え。美味いぞ」
「ありがと」
忍はあふい、などと言いながらはふはふと少しずつ餅を齧っている。猫舌らしい。
縁日を見て回るうちに忍は気分が上向いてきたらしく、
「あっ、りんご飴があるよ」
「あっち、射的があるんだって」
などとはしゃいだ様子を見せ出した。
「珍しいな。祭でそういう風にはしゃぐのはどちらかと言えば」
真田の方が――と言いかけて俺は口を噤んだ。
忍は俺が何を言いかけたのか分かったらしく、
「以前は俺はお付きだったしね。浮かれるわけにもいかないでしょ。でも今はそんなお役目もないし、あんたと二人っきりだし、ちょっとくらいはしゃいでもいいかなって」
なーんてね、などと言いながら笑う。しかしその笑みはどことなく寂しげだった。
それを見て俺は、自分の胸がずきりと痛むのを感じた。
何なのだろう、今の感覚は――
しかし深く考える間もなく、
「あそこ、くじ引きやってるんだって。やってみようよ、運試しにさ」
と忍に裾を引っ張られ、屋台へと連れて行かれた。


その屋台では客にくじを引かせ、くじに書いてあった番号に対応する景品を渡す、という事をやっていた。至って簡潔な商いだ。
「右目の旦那、やってみてよ」
と忍は俺の体をぐいぐいと押す。
「俺はあんまり引きが強くないんだがな…」
「いいじゃない、こういうのはしょぼい景品を引いてガッカリするのが醍醐味なんだし」
そういうものか?と思いつつ、言われるままにくじを引く。
引いたくじの番号を見せると、屋台の男が「おっ」と言った。
「旦那、あなた掘り出し物を引き当てましたよ。ツイてらっしゃる」
と言いながらからんころんと鐘を鳴らす。なんだなんだと周りの人々が振り返るので気恥ずかしい。
男が持ってきた景品は簪だった。百合の花をあしらっている、なかなか高価そうな珍しいしつらえだ。
「誰かいい人に差し上げてくださいよ、旦那」
と男は満面の笑みを浮かべて言った。
「なんだよ旦那、引きが弱いなんつって本当は強いんじゃないの。俺様もやってみよーっと」
忍が脇から顔を出してくじをまざぐる。
「おじさん、この番号どう?一等賞?」
忍が男にくじを渡すと、男は曖昧な笑みを浮かべ、
「あー…まあまあっすね、お兄さん」
男が持ってきた景品は、玩具の狐の面だった。


「ふーん…あんな屋台に置いてあったにしては物がいいね」
道を歩きながら、忍は簪を日にかざしてまじまじと見ている。
「こんなもの貰ってどうしろってんだ…」
俺が独りごちると、忍は
「いいじゃないの、俺様なんか玩具の面だよ?それこそどうしろってんだよ」
と頬を膨らませる。
「つけてみたらどうだ。きっと似合うぞ」
と持っていた面を忍の顔に近づけると
「やだよ、恥ずかしい」
などと言って手で跳ね除ける。
しかし、これを恥ずかしいというならいつぞやの天狐仮面はどうなるというのだ。
「おじさんの言う通り、誰かいい人にあげたら?これ」
と忍が簪をひらひらと振りながら言った。
「そんな女いやしねえよ」
「そうなの?」
「今はな」
「ふーん…」
すると忍は頭に巻いていた布を取り、おもむろに簪を髪に挿して
「どう?私きれい?」
と首を傾げて頬に手を当て、にこりと笑った。
「……」
「……」
「……何をやってるんだ、お前は……」
俺は俯き、ぼそりと呟いた。
「酷いな旦那、そんなにどん引きしないでよ…ちょっとした冗談じゃないの。そんなに引かれたら、俺様馬鹿みたいじゃん」
忍は不平を訴えているが、俺の方はそれどころではなかった。
簪を挿して笑う彼を見て、至極自然に、何の疑問もなく、綺麗だ、と思った。と同時に、そんな己の心の動きが信じられなかったのだ。
確かに彼は女性的とまではいかないまでも、中性的で整った顔立ちをしている。しかしそれにしたって、男に見惚れてしまうとはどういうことなのか。
俺は一体どうしてしまったのだろうか。
きっと祭の高揚感が、訳もなく心を浮き立たせているからだ、そうに違いない、と俺は懸命に自分に言い聞かせた。