小十佐18禁SS「烏との再会」前編13
- 2011/09/24 19:38
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こうして忍は再び俺の屋敷で暮らすことになった。
忍は薬草を摘んできて製薬したり、書を読んだりと、何事もなかったかのように以前と変わらぬ生活をしている。
むしろ変わったのは俺の方だ。
朝起きるとまず忍の顔を見に行く。
どこにも行かずにちゃんと部屋にいる事を確認し、それから朝餉を共に摂る。これまでは食事は別々に摂っていたが、変えさせた。
忍は最初「ご家老様と一緒に飯を食うなんて落ち着かねえよ」と愚痴を溢していたが、だいぶ慣れたようだ。
俺はあの一件以来、こいつに黙って去られるのを警戒するようになっていた。しかし朝餉を共にしたところで、前のように政務中に去られたらどうしようもない訳だが、せめてもの対策として共にいる時間を増やす事にした。こいつの事を少しでも多く知りたいというのもある。
ただ、どうして己がここまで忍に去られるのを恐れるのか、我ながら判然としなかった。
きっと一度抱え込んだものを中途半端に終わらせたくないからだ、と己に言い聞かせた。
変わった事はもう一つある。
あの日の夢をしばしば見るようになった。
崖に身を躍らせる彼の手を力任せに引き寄せ、組み敷いた時の夢だ。
夢の中で俺は、あの日と同じように彼の身体を草むらに押し付けきつく抱きしめる。彼は何も言わず、ただそれに応えている。
それだけの夢だ。
目を覚ますと、何故か酷い罪悪感に襲われる。
何故あの日の夢を繰り返し見るのだろう、と訝しむ。
多分俺は、あの日初めて彼が生身の肉体を持つ人間だという事を実感したのだと思う。
それまで俺は彼の事を、人間というよりも忍というどこか抽象的な存在として捉えていた。
それがあの日彼を抱きしめ、彼の肉体の感触を知る事によって、彼が自分と同じ人間だという事を思い知ったのだ。
常人離れした身体能力を持つとは到底思えない、体温の低い痩せぎすの身体――
「どうしたの?ぼんやりして。ご飯全然進んでないよ」
向かい合って食事を摂る忍が怪訝そうにこちらを見ている。
「……いや、なんでもねえ」
俺は沸き上がる羞恥を誤魔化すために飯を一気に掻き込んだ。
どうも最近俺はおかしい。
あんな夢を見るせいか、忍と顔を合わせると妙に動悸がする。
そのくせ顔を合わせていないと不安になる。俺の目の届かないところで独り泣いているのではないか、絶望して死を選ぼうとしているのではないかと不安が沸々と湧いてくる。
どうも俺は彼に対して、心情的に肩入れしすぎているようだ。
身分こそ違えど、俺も彼もこれと心に決めた主に仕えているというよく似た立場にある。
だからこそ、必要以上に今の彼の状況に感情移入してしまうのかもしれない。
これから長い付き合いになる以上、もう少し心理的に距離を置いた方が良いだろうとは思うのだが、ではどうすればそれができるのかが分からずにいた。
「明日、麓の村で祭があるな」
政宗様がそう仰った。
「盆祭ですな。もうそんな時期になりますか」
先の戦から今に至るまで、忙しすぎて季節を味わう余裕もなかった。気がつけばもう送り盆が差し迫っていたのだ。
「お前、猿を連れて祭にでも行ってみたらどうだ」
「猿飛とですか…」
「あいつも長い静養生活でくさくさしてるんじゃねえか。あいつには能だか舞だかなんて格式ばった趣向はわかんねえだろうし、そういう庶民のeventでrefreshさせてやれよ」
政宗様には猿飛の身の上についてはお伝えしたが、あの日何があったかについては詳しくはお話ししていない。しかし人の心の動きに敏い政宗様のこと、猿飛の心境について何か密かに感じておられることがあるのかもしれない。
猿飛と一緒に出かけるというのは確かにいい考えだった。彼にとっても、それから俺にとってもいい気分転換になるのではないかと思えた。
「へー、お祭りねえ」
夕餉の時に祭の話をしてみると、忍は興味深そうに身を乗り出してきた。
「でも俺様一応追われてる身だしねえ…そんな呑気に出かけちゃっていいのかなあ」
「少しぐらいなら構わねえだろう。なんなら得意の変装をしていけばいい。俺も多少の変装をすることになるしな」
武人は本来は村の祭に関与してはならないため、行くとすれば服装を替えて身分を隠さねばならないのだ。
「うーん…」
忍は顎に手を当ててしばらく考え込んでいたが、
「まっいっか!お供しますよ、右目の旦那」
と言ってにっこりと笑った。
その後は食事を摂りながら軽く明日の打ち合わせをした。仕事は早めに上がることにし、屋敷で落ち合ってから共に祭に向かうことにした。
話をしながら、俺は次第に心が浮き立ってくるのを感じた。
祭が楽しみなどと、子供の時以来の感覚だ。