小十佐18禁SS「烏との再会」前編11
- 2011/09/23 16:24
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馬を速駆けさせながら、奴の行き先に頭を巡らせた。
しかし、奴の行きそうな場所など見当もつかない。
真田は死に、遺族の落ち延びた薩摩を当てにすることもできず、忍び里からも追われている――どこにも行き先のない男が一体どこへ向かうというのか。
手紙にほのめかしていたように、どこか人知れぬ場所で独り死ぬつもりなのか。
しかし、仮に奴が自らの命を絶つとして、この奥州を最期の地に選びはしないだろうと思えた。
勘でしかないが、奴は上田に戻る気なのではないか。真田と過ごしたあの地へ。
かつ、奴は今足が悪い。烏も思うように使役できない。となれば、普通の人間のように足場のいい関所を通って南下するのではないか。奴ならば手形を偽造することくらい造作もないだろう。
何の確約もなく、心許ない状態ではあったが、ともかくも俺は関へ向かうことにした。
関へ向かう山道を馬で進みながら、神経を集中させて奴の気配を探す。
しかし、奴は忍だ。隠密行動だけなら俺の能力を遥かに凌ぐ。奴が本気を出せば気配など完全に消せるし、俺を撒いて奥州を出ることなど訳もないだろう。
そもそも、奴が本当に関に向かったかどうかも怪しい。すべては俺の決めつけなのだ。奴を無事に捕まえることなど、そもそも不可能なのではないか――
人気のない山道に山鳥の声が木霊する。
焦りがちりちりと臓腑を燻るが、どうすることもできない。
俺はこのまま奴を見失ってしまうのか。もう二度と会うことも適わなくなるのか。
俺は抗いようのないものに対して、ただ地団駄を踏んでいるだけなのか――
懐の上から奴がくれた小瓶に触れる。かちりと硬質の手応えがあった。
その感触に顔を歪めたその時、目の前を巨大な物体が掠め飛んだ。
俺は驚いて仰け反り、危うく落馬しそうになったが持ちこたえた。見ると俺の体を掠めたのは巨大な鳥だった。
両羽を合わせて五尺はあろうかという大烏――
彼の烏だ、と気づいた。
烏は俺の前方、関に向かう道に沿ってまっすぐ飛んでいる。
俺は脇目も振らずに烏の後を追った。
烏はしばらく道なりに飛んでいたが、関の手前で脇へ逸れた。
鬱蒼と茂る木々の上を悠々と飛んでいく。
俺は馬を降りて木立の中に入った。
暗い木々の間を抜けると、開けた草原に出た。
草原の向こうは切り立った崖になっている。
その崖の縁に、今やすっかり見慣れた背姿があった。
手拭いで赤い髪を隠しているが、間違いない。
彼は淵に立ち、崖の底を眺めている。
声をかけるのが躊躇われ、俺は音を立てないようにそろそろと彼に近づいた。
と、その時、
彼の体がぐらりと揺れ、崖の方へと傾いた。
落ちる――
「猿飛っ!!」
俺は一気に駆け寄った。
落ち行く彼の手をすんでのところで掴み、力任せに引き寄せた。
「馬鹿野郎ッ!!」
忍を組み伏せ怒鳴り付けると、彼はぽかんとして
「なんで旦那がここに…?」
などと言う。
「二度とこんな馬鹿な真似はするな」
俺は手が震えるのを誤魔化すために、忍の身体をぎゅっと抱き締めた。
「自殺なんて馬鹿な真似は…」
「え?」
腕の中の忍が心外そうな声を出す。
「俺様死のうとなんかしてないよ?」
「嘘つけ、今まさに飛び降りようとしてたじゃねえか」
俺が抗議すると、忍は俺の腕の中で肩を竦めて、
「死のうとしてたわけじゃない。あれは烏を呼ぼうとしてたのさ」
「烏を…?」
「そう。関所まで行こうとしたけど足の調子が悪くてしんどいし、烏を呼ぼうにも言う事全然聞かないから、俺が危険な目に遭えばさすがに助けに来るかなーと思ってさ」
「危険な目にって…もし助けに来なかったらどうするつもりだったんだ」
「いいや、来るね。烏は情けが深い。主を見捨てるなんて事は絶対にしないさ」
忍はぐるりと首だけ動かして空を見回す。
「でもまだ怒ってるみたいだ、自分で来る代わりにあんたを寄越すなんてね」
烏が俺をここまで導いたというのか?
確かに、俺が彼を探して途方に暮れていた時、見計らったかのようにあの黒い鳥は俺の前に姿を現した。
しかしそれがすべて鳥の独断だというのか?烏というのはそこまで利口なものなのか。
「じゃあ、本当に死のうとした訳じゃないんだな」
「死なないよ。俺様は真田の旦那から死ぬなと命じられたんだ、絶対に死なない」
忍は凛とした声ではっきりとそう言った。
俺は脱力し、深い息を吐き、そのまま忍の首筋に顔を埋めた。