小十佐18禁SS「烏との再会」前編06
- 2011/08/25 06:15
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次の日の朝、忍を馬に乗せ己の屋敷まで運んだ。
忍には昔姉が使っていた部屋をあてがった。屋敷の奥まった所にあり、俺の部屋から近く人目にもつかぬので丁度よい。しかし奴は馬も部屋も、忍なんかにこんな待遇もったいないとしきりにこぼしていた。
忍を己の屋敷に移したその日の午後、待ちきれぬとばかりに政宗様が来られた。
政宗様はずかずかと部屋に上がり込み、忍の前にどっかと座ると、全身包帯姿の忍の頭から爪先までをじろじろと眺め回した。
「猿、まさかてめえにもう一度会えるとは夢にも思わなかったぜ」
「そりゃこっちの台詞ですよ竜の旦那。まさか右目の旦那に拾われるとは夢にも思わなかったんでね」
忍は形ばかりはきちんと正座し、政宗様の視線を受け止め軽口で応じる。だが、
「なんでお前が死なずに真田幸村が死んだ?」
いきなり核心を突かれ言葉を失う。
「主の代わりに死ぬのがお前の役目だろうが。何故できなかった?主に先立たれた忍なんざ犬よりも哀れだな」
「………」
忍は顔を蒼白くさせ、己の膝頭に爪を食い込ませなおも沈黙を保つ。
「政宗様」
さすがに見かね、間に入ろうとした俺を政宗様が手で制した。
「黙ってろ小十郎。今言った事は猿の本音だ。そいつが痛いほど実感してる事を俺が代弁してやっただけさ」
You see?と意地悪い笑みを浮かべる。
主はそのままずいと身を乗り出し、忍をさらに睨め付けた。
「幸村が俺に遺した言葉があるはずだ。今日はそれを聞きに来た。とっとと教えろ」
「……って言われて、俺様がはいそうですかと素直に教えると思ってるの?」
忍は蒼白い顔のまま口端のみに取って付けたような笑みを浮かべ、ぎりぎりのところで矜持を保っていた。
心なしか息が荒いように感ぜられる。まだ彼はまったく本調子ではないのだ。
「お前の心境なんざ知ったこっちゃねえ。早く教えろ」
「政宗様、猿飛は傷が治っていないのです。そのように無理を強いては…」
たまりかねて忍を庇うと、主は少し驚いたような顔をした。
「なんだよ小十郎、まるで深層の姫君でも扱ってるみたいだな。情でも移ったか?」
「そうではございません。ただ…」
「…俺は、これ以上あんたに一欠片でも旦那のものを渡したくない」
いつもの軽口の時とはまったく違う、低くしわがれた声で忍がつぶやいた。
「あんたは俺から旦那を奪い続けただろ。これ以上何を奪えば満足なんだ」
忍の瞳にはいつの間にか鋭いほどの光が宿っている。
「奪い続ける…ねぇ」
政宗様がふっと息を吐いた。
「今となっては奪うも奪われるもねえ。あいつはもういないんだからな」
「……いない」
忍が繰り返した。まるでその事実が不思議でしょうがない、とでもいうように。
「一生をこいつに賭ける、と誓った相手と決着をつける事もできず、しかもそいつに先立たれるってのも惨めなもんさ。猿、お前とどっちが哀れだろうな」
部屋に沈黙が流れた。
遠くで鳥の啼く声が聞こえる。
居心地の悪い、しかし耐える他ない静けさが続き、どう転ぶか分からないこの場の雰囲気に小さく溜息をついたその時、
「……二つ」
ぽつりと忍がつぶやいた。
「…旦那が遺した言葉は二つ」
政宗様がじろりと忍を見る。
「一つは、政宗殿に決着をつけられず申し訳ないと伝えて欲しい、という事」
「…もう一つは」
「もう一つは、自分の家族をどうか頼む、という事」
「…それだけか」
「それだけ。そこで意識がなくなっちまって、それっきりだった」
政宗様は目を細め、思案するような顔をし、その後長い息を吐いた。
「…あっけないもんだな」
「ほんとにね」
「あいつの最期を知れば少しはすっきりするかと思ってたが、そんな単純なもんでもねえな、……いや、これから少しずつ響いてくるのか、…」
終わりの方は独り言のようになっていたが、ふいに顔を上げ、
「猿、てめえは今後どうするつもりなんだ」
「俺様?」
「怪我が治ったらここを出てくんだろ。どこへ行くつもりだ?鬼島津でも頼るのか」
真田の子は薩摩に向かって南下したという。首尾よく行っていれば今頃は島津家に保護されていることだろう。
「まさか。俺様が島津なんか頼れるわけないでしょ」
それはそうだ。真田が島津預かりの身になる以上、真田の家臣はともかく金銭上の契約しかない忍などは切り捨てられるより他ないだろう。元々忍は武家から忌み嫌われる存在である上、島津には末端の存在である忍たちの面倒を見る義理もない。
「これが真田での最後の仕事と決めて囮を買って出たんだ。怪我が治ったら一度里にでも帰るさ」
「忍の隠れ里ってやつか」
「そうそう。これからの身の振り方も考えなきゃいけないしね」
「そうか」
政宗様は片膝をついて立ち上がった。
「邪魔したな。せいぜい小十郎んちで美味い物でも食って鋭気を養うんだな」
突然話を切り上げて部屋を出た政宗様を俺は慌てて追いかけた。
「政宗様、もう行かれるのですか」
「ああ、用件は全部すんだ。ところで小十郎」
政宗様は俺の首に腕をかけグイと引き寄せた。俺の方が上背があるため、屈みがちによろけつつなんとか踏みとどまる。
主は俺の耳元に口を寄せ、低い声でささやいた。
「あいつの言ってる事は半分が嘘だ。面倒を見るつもりなら、あいつの言うことにはくれぐれも気をつけとけ」
「……は」
「それと、あいつに入れ込み過ぎるなよ。ああいうタイプはこじれるとキツいぜ」
「…それは、どういう意味で言っているのでしょうか」
「さあな」
See you, good luckと右手をひらひらさせて主は去って行った。
おそらく面白半分にからかっているのだろうが、どうも政宗様は何事につけても穿ち過ぎるきらいがある。
自分としては拾ってしまった手前、中途半端で放り出すわけにはいかないという責任感のみなのだが。今となってはあの忍の政治的価値はないも同然であるし、怪我が治れば奴の言う通り里に帰ってもらうのがいちばんいいだろう。
――とあの頃の俺は呑気にもそう考えていたのだ。