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 神の乙女 1






 トネロワスン宮廷の庭園は、世界が屈伏するほどの威容を誇っている。
 その一区画、西宮中庭さえ、つっきるのに三分はかかる。西宮の用事を終え、本殿へ戻るために、アネスはこの中庭を通る道を選んだ。

 トネロワスンの上流階級は、その資産や権力に比べ、風雅なもの……たとえば絵画、美術建築、詩歌などには疎かった。
『イバス大陸の二雄』
 としてトネロワスンと並び称される、キシトラーム王国が花の咲き誇るような文化を持つ分、なおさら帝国の無粋さは際立った。
 だが最近は、造園の面で著しく関心が高まっている。皇帝カナーの趣味に追従して、またはカナーが公開した世界一級の庭に単純に心震わせて。トネロワスン人の本質である質朴と、植物というものが、融和しやすかったということもあるかもしれない。
 三分かかる道を五分……と少しばかり穏やかな時間を与える工夫。時折その中に、はっと目を引かれるような季節の色合いが揺れる。
 アネスはふと中庭の蔓棚の方へ目をやった。
「あれは……」

 宮廷に潜むように作られた菜園。
 葉と蔦が青々と登り這う棚の向こうに、人影が見える。十を少しばかり過ぎた子供程度の背丈の上に、すっかり元通りになった角が生えている。
 己の可愛い人を見つけて、アネスは微笑んだ。

 中庭に差し込む日の光と、蔓棚を覆う葉から落ちる影が交錯して、淡々と葉を摘む彼を照らす。それはなんとも清い光景で、
(こんなに綺麗だったんだな)
 と、毎日鑑賞している姿を、またうっとりと眺めた。
 薬草になる植物を摘んでいるのだろう。以前ボロウェが宮廷に住んでいた時に育てていたものを、カナーが気に入ってそのまま植えてあるのだ。アネスは声をかけずに、ただ見つめていた。仕事に集中するボロウェの姿を見るのは好きだ。
 アネスがボロウェに惚れたのは、ボロウェが今のように少し眉間に皺をやって、黙々とアネスの部下に医術を施してやった時だ。あの時は惚れたという自覚が起きないくらい、淡い感情だったが。

 そして今は、かけがえのない存在になっている。
 あの小さな体から服を取り払って、組み敷き貫いた時の欲情と一体感。あの難しげな顔がほころんで、甘えるように縋りついてきた時感じる愛情と幸福感。どちらも幾度となくボロウェがくれてきたが、こうやって眺めているだけでも、温かく切ない思慕が込みあげてくる。
 嫌われていると思っていた頃は、切なさばかりが募った。アネスの怪我を治した手で、胸に針を仕込んだのではないかと思うくらい、アネスの想いを支配した。
(今だって……支配されている)
 そう思いつつ、アネスは微笑んだ。
 見つめていたボロウェの髪に、夏の花の花弁が落ちた。秋の風がボロウェの茶色い髪を揺らして花弁を落としたが、また一枚乗っかってしまった。ボロウェは気づきもせず、いつもの仏頂面で作業している。
 小さな風に遊ばれる、小柄な恋人を、アネスは一枚の絵のように鑑賞していた。


 何かの気配が中庭に侵入した。
「アネス将軍」
 道を歩いてきたのはスラリと洗練された男だった。
「アル」
 この男アルは、アネスの補佐……っぽい立場にあるルガオロの、そのまた補佐だ。優秀な男で、ルガオロのアレなところを、補って余りある働きをしてくれる。
「先に行かれたのではなかったのですか」
(そうだ)
 アルと共に西宮での仕事を終え、別件で用事のあるアルと別れて、先に本殿に戻ろうとしたのだが。
(どれだけの時間、ボロウェに見蕩れていたんだ……)
 アネスは軽く頭を押さえた。
「まだ謁見の時間には間に合うよな」
「はい。ですがお急ぎになった方がよろしいかと」
「ああ、分かった。助かったよ」
「助かった?」
「お前が来なかったら、色惚け将軍っていう噂の通りになるところだった」
 アネスはちらっと菜園の方を見て、一瞬目を見開いて、そして微笑むと、本殿の方へ向き直り、早足で進みだした。
 アルもアネスの見た方角が気になってそちらを向くと、いつか会ったことのある異形が、緑の中ぼんやりと立って、アネスが立ち去るのを目で追っていた。確か、将軍に囲われていると噂の。
「……まだ色惚けじゃないつもり気かな」
 辛辣なことをぽつんと呟いて、アルもまたアネスを追った。


「アネス……」
 ボロウェは、忙しそうに歩いていた恋人が屋内へ隠れてしまっても、まだ立ち尽くしていた。
 アネス将軍、と声がしてそちらを向いてみれば、ボロウェの胸はドクンと高鳴った。部下だろうか、誰かと話す、大好きな人の姿があった。
(目が合った……)
 アネスは偶然菜園の方を向き、ボロウェに気づいたようだった。ボロウェがいて驚いたのか、少し目を見開いた後、アネスをじっと見つめるばかりの自分に微笑みかけてくれた。中庭に差す白い光は、彼の髪と瞳の黒さをより際立て、
(格好良かった……)
 毎日こっそり鑑賞しているはずなのに、また格好良いところを発見してしまう。
(アネスってどこまで格好良いんだろう……)
「ボロウェさーん。鋏持ってきました。太い茎って手で摘むと痛いでしょう。使って、使って」
 ぱたぱたと、可愛らしい女性が入ってきた。その耳は人間のものと違い、尖っている。
「あ……、エキアリスさん。ありがとう」
 同じ宮廷医師のエキアリスだ。異形という点も同じなので、ボロウェがよく質問などを受け答えしている。
 振り向いたボロウェを見て、エキアリスが目を丸くした。
「どうしました?」
「……ボロウェさん」
 まじまじとボロウェを凝視してくる。
「頬がすっごく緩んでます! ボロウェさんのそんな顔初めて見ました。何かいいことありました?」
 はじけるように言ったエキアリスの言葉に、ボロウェは真っ赤になった。
「なっ何も」
「あ、そういえば廊下でアネス将軍とすれ違いました。そっか、そっか」
「!」
 バレバレなのか。
「よーし、ボロウェさん。気候も涼しくなりましたからね。ここいらで一気に薬草刈っちゃいますか」
 エキアリスはもう話を切り替えて腕まくりしていた。
「う……、そうだね」
 それからの作業は、後輩であるエキアリスにリードされっぱなしだった。


「あ、そうそう。今日の謁見にいらしたお客さん、誰だか知ってます?」
 薬草入りの籠を抱えながら、ボロウェとエキアリスは研究室に戻る最中だ。
「アニナ神国の姫様だそうですよ。見たいなー。すごく綺麗なんだろうなー」
 自分こそ、ライトエルフ特有の透けるような白肌の整った顔なのに、エキアリスは心底物欲しげに言う。
「姫だけ来るんですか。その人は陛下のお妃にでも?」
 高貴な女性が他国に足を踏み入れる場合、父親や兄の付き添いとしてが一般的だ。嫁ぎ先ともなれば一人で来るのが当たり前だが。
「違いますよ。お妃様だったら断固っ入国させませんっ! アニナの姫君ルナ様は、陛下の妹ですよ。それにアニナは女性主導の国ですから、高貴な姫君が外交の場に一人で現れるのもおかしくないですよ」
「そうなのか。詳しいですね」
「はい。ユミンナお姉様の受け売りですが」
「ユミンナ…お姉様?」
「『陛下を慕う会』で仲良くなった女官さんです」
「……そんなものがあるのか」
「はいっ。私もそこで陛下の好きなお茶とか、陛下の好きな服の色とか教えてもらったんです」
 エキアリスはキャッキャと楽しそうだ。よく分からない会だ。エキアリスがそんなものを知ったところで、陛下にお茶を注ぐわけでも、服を仕立てるわけでもあるまいし。だがエキアリスに、宮廷内で人間の女友達ができたのなら良かったのかな。
「御典医ボロウェさんも情報提供お願いしますね!」
「……守秘義務がありますから」
「とりあえずルナ姫見たい! 陛下の妹なんだから絶対美人!」
 ボロウェの断りを聞いたか聞かないかのうちに、もう頭を切り替えている。
 以前、あの調子のいいクントが、友人であるエキアリスについていけない時があると言っていたが、なるほど、意味が分かった。
「ラララン、きれいな、きれいな、お姫ー様ー、ララン」





 ルガオロは震えていた。
 謁見の間に居並ぶ諸侯。降格されたルガオロは、以前よりカナーの玉座から遠い場所に並んだ。それにも関らず、カナーの不機嫌さがひしひしと伝わってきた。
「アニナ神国皇女のお越しです」
「…………」
 謁見者の訪れを告げる言葉に、カナーは嫌々頷いた。カナーは人と会うのが好きで、いつもは誰も彼も鷹揚に招き入れる。幾人かの臣下がおかしいと思ったが、謁見の間に招かれた者を見て、その思考は遮られた。
「お美しい……」
 端の方で、誰かが小さく呟いた。
 白いドレスとベール。青い布と金刺繍がベールの縁を彩るのみの服が、それを着た少女の可憐さを引き立てている。長くつややかな髪には花の簪が慎ましやかに飾られている。諸侯は溜息をつくように彼女に見蕩れた。
(うう、やめろー。あまり見惚れるな。カナー様の機嫌が……っ)
 感動的な兄妹の再会のシーンに見えて、カナーの中にはおぞましい怨恨が渦巻いているに違いない。
 少女は玉座を見上げる段の下まできて、膝を折った。
「ルナでございます、陛下」
 伏せがちの顔を、ゆっくりと上げる。
「陛下、いえ、お兄様、お会いしとうございました……」
 花が綻ぶような笑みが、そこにあった。
 だがカナーはそれを、いつも花に対する時のように愛でるつもりはない。
「アニナ皇女、来国歓迎する」
 歓迎という言葉とは合わない、冷たい響き。だがルナは涼しげな笑みを崩さない。
「温かきお言葉、感謝いたしますわ」
(あぁっ……)
 ルガオロの目には、二人の間の凍れる壁が見えた。



「うーむ」
 誰もいない大広間で、祭礼官エインビールは唸っていた。祭礼官、と名は付いているが、やっていることと言えば式典、パーティの企画。特にエインビールは、お祭り好きのカナーに気に入られて、『皇帝一味』と呼ばれる仲だ。
(何故陛下は何も仰らないのだろう)
 今夜はルナの歓迎パーティだ。いつもなら、どのようなパーティにするかカナーからリクエストがあるのに、今回は一切ない。
「せっかく見目麗しい主役がきたんだから、盛大にやりたいが……」
 どうもカナーが乗り気ではなさそうだ。今夜はおとなしくした方がいいのか。
 そこは“奸臣”と呼ばれることもあるエインビール。生きがいであるお祭り事を任せてもらえるなら、媚びへつらいも嫌いじゃない。
「だがそれも仕事人として味気ない。うーむ」



 本殿二階、月の間。開放的なテラスに立てば、眼前に広大な庭が広がる。皇帝執務室から近く、眺望と防音性が両立されているため、カナーが好んで使う。部屋の中央には重厚な素材でできた丸机と五つの椅子。
 カナーがまず奥に座った。
「話し合いの場をお作りいただきありがとうございます」
 と言ってルナがその正面に。
「いえ、同盟国として話し合わねばならぬものでございますから」
 宰相オルフィネが机上に地図を開き、
「総帥のベフィーナリシアスキアは体調が思わしくなく、軍部からは私のみとなります。申し訳ございませんが、ご了承ください」
「まあ、貴方の指揮された戦のお話はよく聞きます。お会いできて嬉しいですわ」
「こちらこそ」
 ルナの微笑みを受けて、アネスは席に着いた。ベフィーナ分の椅子は空席となる。
 オルフィネが地図の上に目印の駒を一つ置いた。

「メザ王国……。キシトラーム配下の国ですが、二年前、国情不安に陥っていたセンユタムを吸収するなど、キシトラームを無視する行動が増えていました」
「キシトラームの影響力が衰えた、ということですか」
「ええ、衰えていました。ですが、今回メザで起こった革命の首謀者ジャックは、
 キシトラームと取引している様子があります」
「キシトラームに友好的だと」
「いえ、今はお互い利用しているだけでしょう。足並みが揃わないことも見受けられます。とはいえ、このまま二国の関係が安定するのを見ているだけというのも何かと。せっかく亀裂が入っていたものが修復されるのはもったいない」
「ジャックとメザ王の動向は?」
「メザ王は行方知れずです。メザ国内はすでにジャックが制圧しておりますし、無い駒と考えた方がよろしいでしょう。ジャックは即位は望まず、議会を掌握する形で政を行っています。すでに議会から各国へ、国交の取り付けの使者が派遣されています。トネロワスンにも三日前に」
「私がアニナを出た時には、情報は入っていましたが正式文書はまだでした。そろそろあちらにも着いている頃でしょう」
 ルナが一言添えた。

「……メザ議会が他にしているのは?」
「革命の発端となった異種族対策ですね」
「ジャックは親異種族派だったな」
「友好異種族認定を、存在が確認されている種族全てに行ったようです。現在交戦中の種族さえ認定して、捕虜の待遇を人間と同様に守っていると報告されています」
 アネスが目を見開いて、メザの位置に置かれた駒に注視する。
(そこまで徹底して……)
 ジャックという将軍。主君に仇なして政権を得た面はあまり触れたくないが、異種族保護の面では興味を引かれる。
「前々からジャックに権限が集中していましたから、内政は今のところ支障はありません。大きく変わった異種族待遇も、それほど数が多いわけではありませんから。問題は外政……」
「メザはレッゼ山脈を越えた先の最初の大国だ。どうにかキシトラームと反目したままでいてほしいな」
「はい。狭い路の先で、ジャックによる組織立った待ち伏せを受けるのは避けたい」

 トネロワスン首脳の言葉に、ルナははっとした。
「レッゼ山脈を越える……。お兄様、キシトラームとついに……」
「……仮定の話だ」
「仮定?」
「そうですよ、姫様。陛下の即位からいままで、もう何度もこの“仮定の話”をしてきたのですよ」
 オルフィネが含みのある言い方をすると、ルナは何かを悟った。
「ふふ、面白い話ね。もちろんそのお話にアニナは登場するのよね」
「添え物程度にな」
 カナーのあっさりした言い方に、ルナは頬を膨らました。そうしていると敏腕皇女というより、可愛らしいお姫様に見える。

「メザは物語の最初の障害となります。さて、どう解決しましょう」
 オルフィネがおどけた調子で議題を投げかけた。
「ねえ、お兄様、こちらからジャック将軍に冠を贈って差し上げたらいかが」
「ああ、いいですね。トネロワスンがジャックの王位継承を先に認めれば、キシトラームは逆に認めることができなくなる」
「ジャック将軍は王位に拘りがあるように感じません……。逆に警戒されるのでは?」
「私もアネスと同意見だ。ジャックが自ら動いた時を逃さずに後押しすればいい。キシトラームはどちらにしろ認めるのに時間がかかるだろうから、十分先を越せる」
「あら、何故」
「ジャック将軍はメザに仕官するまでの前歴が全く分からないんですよ。キシトラームの血統好みとは合いません」
「トネロワスンとしては山脈の向こうの血統など関わりないものだ。ジャックが何者であろうとも構わない」
 カナーの言葉に、オルフィネは苦笑し、アネスは少し顔を俯けた。兄がキシトラーム王家の血を引いているというのに……。

「ジャック将軍を支持する、という方向性はよろしいのですか」
 アネスの質問に、カナー、オルフィネ、ルナともに頷いた。
「メザにジャックの他実力者がいない以上、彼に頑張ってもらわねばなりません。ジャックが失脚すればメザは弱体化し、近隣のキシトラームに頼る。それが最悪のパターンでしょう」
「そうですね。メザの独立が一番の条件です」
 アネスはそう言いながら、心の中で喜んだ。
「とはいえ、彼の政権が今のままで続くとは思えんな」
「多少強引な方のようですし、敵は多いでしょう」
「ジャック将軍の政策で、メザには異種族の流入が予測されます。ただでさえ革新的な政策です。多くの移民が押し寄せれば、今は安定していますが早晩不安定になる可能性を秘めている」
「それは……」
 異種族対策へのオルフィネの冷静な分析を受けて、アネスは考える。
「レッゼ地方のトネロワスン属国にもその政策を導入させることはできないでしょうか。表向きは、メザの方策に惹かれた移民による人口の減少を恐れている、ということにして」
 アネスとしては、この政策を失敗事例に落としたくない。トネロワスンの広い影響下でも行われることで、定着の可能性も増す。
「孤立無援に近い政策への同調……。なるほど。直接的ではないが、大きな好意を示せる。手間も大きいですが」
 即位を祝福し国交を結ぶのは口だけだから楽だ。所詮は山脈で隔てられた他国のことであるし。だがこの場合自国内の改革も伴う。
「やってみたら何とかなりますよ。今の帝国の異種族の官人採用はもう馴染みだしています」
 勇気づけるように明るい声でアネスが言った。
「そう言えばそうだな」
 カナーもオルフィネも知っている。軍の実質最高指揮官であるアネス自身が、そういった者達を注視して、周りと溶け込むように気を使っていることを。

「ジャック将軍が中心でも一応は議会政治を行っているというなら、何人かこちらにとりこみましょう。議会で積極的に友好的な発言をしてもらえるよう」
 他三人とも否はない。
「……レッゼ山脈の向こうが、なんだか近くなったような」
 オルフィネは嬉しそうに言った。何年も前から調査を命じられていて、彼ほどのキシトラーム通はいないが、それを未だ具体的な話につなげられていなかった。
「あ、それとジャック将軍は独身だそうですよ」
 言外に、女性を贈ってはどうかと言っている。うまくいけば血の繋がりを作ると同時に、情報網にもなる。カナーがちらりとルナを見て、ルナは身を強張らせた。
「ルナ」
「嫌です!」
 ルナは反射的に叫んだ。トネロワスン皇帝と最も近い血縁者はルナだ。しかも妙齢の美女。何を言われるかは分かっている。
「女王の継承権が惜しいのか?」
 反抗的なルナに、カナーは冷ややかな声で言う。アニナ女皇はアニナに帰還してからアニナ貴族の男と女児を産んでいる。トネロワスン皇帝の血を引くルナの方が大事にされているが、まあ場合によりけりで外に嫁がせてもいいだろう。
「違う…ちが、う……、私、好きでもない人と結婚したくない」
「馬鹿な事を。もう十五だろう。来年には女王が、お前の好む好まざるに関わらず、決定事項として婿を捕まえてくるだろうな。好きな相手がいようと、あいつを満足させる地位がなければ話にならん」
 アネスは密かにルナの齢の若さに驚いた。この若さで堂々と建設的意見を述べているのはさすがだ。
「地位のある人です!」
「ほう、誰だ」
「それは……」
 ルナはカナーを見つめたが、やがて眼を逸らした。逸らした先にいたオルフィネに目をとめたが、彼のロマンスグレーの髪を見てぷるぷると首を振る。今度はアネスの方を見た。
「……あの、何か?」
「…………」
 じっとルナがアネスを見つめている。アネスの、女性が一目惚れしてもおかしくない凛々しい顔立ちをじっと……。ピンっと思いついたように、ルナはカナーに向き直った。
「私、アネス将軍のお嫁さんになります」
「は?」
 アネスは耳を疑った。
「…………」
 カナーは表情を動かさない。
「それはそれは」
 オルフィネだけが面白そうに笑った。
「姫、申し訳ありませんが、私は決めた相手が……」
 冗談だよな、と思いつつアネスはやんわりと断ろうとした。
「その方より私の方が綺麗でしょうっ」
(ボロウェの方が綺麗だ!)
 と言いたいが、若い姫君に男に劣るなどと言ったらどれだけ傷つくか。さすがに言えない。
「アネス、気にしなくていい。ただの我儘だ」
 カナーの言葉に、ルナは悲しげな表情を浮かべ、アネスはほっと息をついた。
「馬鹿が。何を意地を張っているんだ」
「本当です! 私、絶対トネロワスンに嫁ぐんだから!」
 アネスに嫁ぐと言わず、トネロワスンに嫁ぐと言っている。アネスはうろたえているだけだが、オルフィネはその意味を汲み取り、にやりとした。
 騒ぐルナと、だんだんと機嫌が下降していくカナーと、戸惑うアネスを尻目に、
「では、ジャック政権の支持を基本としまして。レッゼ地方の属国に友好異種族枠の拡大を命じること。メザ議会へ親トネロワスンの楔を打ち込むこと。もちろん国交の確認も。本日のところは以上でよろしいですね。では陛下、今日中にメザへの返書の草稿をお渡しいたします」
オルフィネはさらりとまとめ、会談をお開きにした。


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