312.怒れる魔神を鎮めるには
バラ園に囲まれた黒レンガの洋館──サロン・キティのシャボンディ分館にローはサヤを連れて怒鳴り込んだ。
出迎えた黒服は何か言う前に切り刻み、ドアごと細切れにしてローは押し入った。
「オーハは!?」
寝起きらしい金髪の痩せた女──コルダが、あくびをしながら奥から出てきた。
「なあに? 騒々しい」
以前に出会ったときは親しい人間を亡くしたばかりだとかで狂気じみた凄みがあったが、だいぶ良くなったのか、コルダは眠そうにローたち侵入者を見やった。
「オーハはどこだ!?」
ごそごそとシフト表を持ってきて、「今日は休みね」とコルダは言い放った。
ローは憤死しそうだった。
「どこにいる?」
「さあ。泊めてくれる彼氏はたくさんいるみたいよ?」
「俺のクルーがあいつに変な薬を飲まされた。解毒剤は?」
ローの剣幕にびびって後ろに隠れていたサヤがこわごわ出てきて、「男の子になっちゃったの」とコルダに訴えた。
「ああ……あの子の島の秘薬ね。太古から続く森を守ってきた民族の生まれで、普通じゃ考えられないような不思議な薬がたくさんあるらしいわ。あの子はその薬祭司の家系なのよ。医者のかわりに薬を煎じる、一族の中でも重要な役目らしいわ」
「相変わらずやべぇ娘をぽんぽん匿ってんのか、あのマダム……っ」
以前もそれでえらい目にあったのだ。
「解毒剤は!?」
「さあ。オーハに聞かないとわからないわね。……ま、いいんじゃない? 性転換コースはうちでも人気のサービスよ? お詫びにうんとサービスしてあげるわ」
コルダは身をかがめてサヤにキスしようとした。
能力でサヤを抱き上げてローは阻止した。
「ぶっ殺すぞ!?」
「あらまあ。じゃあ3人でする?」
「どいつもこいつも……!」
なんでサヤとの情事にまざりたがるのか。ローだってまだしていないのに。
というかまずは二人で楽しみたいのにずっと邪魔されてばかりだ。
ROOMを広げると、ローは洋館をぶった切った。
「え、ちょ……っ!」
屋根がずれ落ちたのを見てさすがのコルダも顔色を変えた。
「オーハを呼び出せ。出てくるまでやる」
「キャ、キャプテン……!」
ローに片腕で抱かれているサヤが焦って声を上げた。
「キャプテン直すの得意じゃないし、いっぱい壊すと大変だよ!」
大丈夫だろ、とローは応じた。
「直す気なんかねぇから」
片手でローは洋館を切り刻んだ。
悲鳴を上げてサロン・キティの女たちは逃げ惑った。
コルダはかろうじて立っているが、真っ青で、今にも倒れそうだ。
「オーハを呼び出せ」
「できるわけないでしょ。ここに保護された娘を切り捨てることはできないの。サロン・キティの鉄の掟よ」
「そうかよ。じゃあ死ぬまで貫いてろ……!!」
刀を振り上げたローに悲鳴を上げて、サヤはローにしがみついた。
「なんで!? キャプテン、人食いトラさんみたいになってるよ! また失血病になっちゃったの?」
「……そうかもな」
欲求不満の八つ当たりだとはローも理解していた。
今すぐサヤに噛み付いて血をすすりたい。そんな気分だ。
「アイス買ってあげるから落ち着いてキャプテン!」
「そんなものいらない」
「じゃあ何でも好きなもの買ってあげるから……!」
サヤはローを止めようと必死だ。
今ローが欲しいのは一つだけだった。それが欲しくて欲しくて、どうにかなりそうなのだ。
「……サヤに触りたい」
サヤは拍子抜けした様子でローを見た。
「いいよ? キャプテンならどこでも……あ、今は男の子だけど、それでよければ……」
ローは刀を下ろした。
へたり込みそうな顔色のコルダが「これあげるわ」と大きな化粧瓶を持ってきてローに渡した。
「男同士でするなら要るでしょ」
サヤは何だかわからない様子だが、ローには察しがついた。
「……わざわざどうも」
奥から女たちがワラワラ出てきて、貢物とばかりにゴムやらオモチャやら渡された。
怒れる魔神に許しを乞う儀式のようだった。
「これ全部使うの……?」
籐籠にいっぱいになった貢物を見下ろしてサヤは顔を引きつらせているが、あいにくローはそこまで多方面な指向は持ち合わせていなかった。もちろんサヤがしたいなら頑張るが、あまりアブノーマルなことに興奮出来ないのだ。
「できれば店を直してほしいんだけど。オーハは叱っておくから」
「……」
ローはずり落ちていた屋根を載せ直したが、隙間は開いているし、とてもじゃないが元通りとは言えなかった。
「急いでるからじゃあな」
義理は果たしたので、ローはサヤを抱いたまま、さっさとサロン・キティを後にした。
◇◆◇
サヤを連れてローは一番近くのホテルに入った。高級ホテルではなかったが、ホテルを吟味する余裕もなかったのだ。
せめて一番高い部屋を選んで、そのまま部屋に向かった。
「あ! 遊園地が見えるよ!」
窓に駆け寄ったサヤをそのまま窓に押し付けて、ローは深く口づけた。
「んん……っ」
身長差で首が痛いので抱き上げて、キスしたままベッドに運ぶ。
ケガをしないようにそっと下ろして、ローは宣言した。
「今日は絶対やめないからな。隕石が降っても火事になっても絶対やめない」
「今、男の子だけど……」
「いい。全然問題ない。サヤなら抱ける」
サヤが口の中で悲鳴を飲み込むのがわかった。
ローは急に冷静になった。
「サヤのほうが混乱してるよな……」
ローはサヤなら抱けるし問題ないと思ったが、サヤの方は男の子になるなんて初めての体験だし、いろいろ戸惑って当然だ。
ぎゅっとサヤはローの服を掴んだ。
「男の子から見てもキャプテンはかっこよくて、心臓がきゅうってなって混乱してる……」
赤い顔で言われて、ローのほうが心臓がどうにかなりそうだった。
キスしてキスしてキスしていると、サヤは笑った。
「あの薬、キャプテンが飲んでたら女の人になってたのかな?」
「俺は飲まねぇが……女になってもサヤは抱けるな」
額を合わせて言い聞かせると、サヤは膨れた。
「キャプテンの節操なし」
ぐうの音も出ず、ローは黙った。