季節は夏を過ぎ、夜風は冷たさを帯び始める頃。
木の葉がそれの到来を感じ、色付き始める。
魔法都市ゲフェンも秋の足音をそこかしこで感じる事が出来た。
プリーストの正装に薄手の肩掛けを纏い、ナルは先を歩くステアに声を掛ける。
「そろそろハロウィンの季節、かしら?」
二人が歩く露天街にはカボチャをあしらったオブジェや、オレンジを基調とする菓子類が並べられている。
その彩を感慨深そうに見たステアは「ふむ」と声を曇らせた。
「確かに時期だが…、今年は趣向を凝らそうか?」
「え?」
視線は並べられている菓子から話さず、ステアは考え込んでいる様子。
ストレイキャットに入隊してから始めての秋を迎えるナルは、ギルドのイベントは始めてである。
それ故にステアの「今年は」という単語に首を傾げるしかなかったのだ。
「いやなに、毎年のんびりと食べ散らかしてるだけでさ」
ステアの言葉にメンバーが食欲の秋をいい事に、山のような料理を平らげる所を想像する。
『確かにありえる…』
敢えて口には出さないものの、一人納得したナルはステアに問う。
「今年は企画でもするの?」
その問いに名案が浮かんだのか表情を明るくしたステアは、いかにもたくらみを含ませた笑みを見せた。
ナルはごくりと喉を鳴らし息を止める。
そしてステアの口は開かれた。
「決めたぞ、今年はかくれんぼだ!」
死者の街ニブルヘイム。
彷徨える行き場を無くした魂が留まる、いわゆる死者の世界。
息づく物は皆無であり、日の光さえも届かない。
奇妙に立てられた建物は家の意味を無くし、日々の感覚を失った死者が徘徊して回る。
いつしか闇に捕らわれた住人たちは、生ける物を憎み、死を振りまくようになる。
そんな街に足を踏み入れたのは、ゲフェン迷ギルド「ストレイキャット」のメンバー。
街の中から時折聞こえる悲鳴にビクリと身体を震わせるのはナル。
傍らにはイベントを理由に無理矢理連れてきた、あのゲフェニアの悪魔。
黒猫を彷彿とさせるメイド衣装に身を包んでいるのは、トゥエラーシュ家令嬢ミカ。
彼女の後ろに隠れるように寿が立ち、先頭を歩くのはギルドマスターであるステアとユグ。
ちなみに影丞は先日ミカが買ったばかりの石像を壊してしまったので、罰としてゲフェンに留守番となっている。
寿とナルの怖がりように「にひひ」と笑い声を上げると、ステアは振り向き声をあげた。
「さぁ、ルールを説明するぞっ!」
わざと声量を大にした甲斐があり、寿とナルはメンバーの中でひときわビクリと跳ね上がる。
それを満足そうに見たステアは説明を続けた。
「ウチが鬼をやるから、全員ニブルヘイム内に隠れろ、いいな?」
ステアが言うのはいわゆる「かくれんぼ」で、それをニブルヘイムを使ってやるらしい。
最後まで見付からなかった者には褒美で、プロンテラで話題の特別なスイーツを食べられるのだという。
褒美のスイーツに即座に反応したのはミカである。
「…まさかイグドラシルロールケーキ?」
ミカの言葉にこくりとステアは頷く。
その名の通り、入手困難なイグドラシルをふんだんに使ったロールケーキである。
飽きの来ない甘さ、低カロリー、そして美容にも効果があると評判で、予約をしても入手は1年も先なのだという人気。
世のセレブご用達スイーツであるゆえに、一部の王族でしか口に出来ないと言われている。
かの名門トゥエラーシュ家でもその入手は簡単には叶わず、ミカも一度は食べてみたいと思っていた矢先なのだ。
ステアの頷きに確信を持ったミカは頬を紅葉のように染める。
「一体どうやって入手したの?!」
「人伝に…としか言えないな」
ステアの言葉は確かに信用足るモノである。
彼女の人脈は侮れないものがあるのだ。
ケーキの美味しさを想像し、ミカは「期待してるわよ」とだけ告げる。
乗り気になったミカに勢い付いたのか、ステアは各自に小さな金色の懐中時計を渡す。
「ケーキは念の為に人数分用意はしてあるが、時間制限もつけるぞ」
モンスターも徘徊する危険な場所という事もあり、2時間で全員が見付からなければ終了なのだそうだ。
不気味な町並みに怖気づいていた寿とナルは、人知れず安堵の息を付く。
「こ、こんな場所で見付かるまでとかムリだもんね…」
ふいにナルから掛けられた言葉に寿は首を横にふる。
「オ、オレは怖くないんだけどなっ」
裏返った声はステアの耳に届き、寿は30分の延長を言い渡される事となった。
そして秒針が重なるとステアの声が響く。
「今から5分以内に各自隠れろよー?」
楽しそうに全員に背中を向けたステアを合図に、全員ニブルヘイムの街へと走り込む。
ミカは敢えて先頭をユグに譲る仕草をナルに伝え、それを見たナルはこくりと頷く。
「うふふ!ぼくが一番いい場所隠れちゃうからね!」
何も気付かなかったのか、ユグは一番手に町の中心へと足を踏み入れる。
すると建物の影から湧き出るように、死者の群れが這い出てくるではないか。
一体ずつ相手にしていたらキリがないと踏んだユグは、即座に大魔法の詠唱へと入る。
辺りはすぐに冷気に包まれ、ユグの詠唱する息に白が混じる。
「ストームガスト!」
ユグを中心に氷の嵐が吹き荒れ、死者の群れを一掃した…かに見えた。
マントの下からふわふわの尻尾を覗かせ、辺りの異変に気付く。
一掃したかに見えた死者はぐずぐずと音を立てながら、ユグへと迫り来る。
「くっ、もう一度…!」
またも氷の大魔法の詠唱に入ったユグを遠巻きに見守りながら、ミカが残りのメンバーを促す。
「ユグには悪いけど、ステアに見付かるまで遊んでてもらいましょう」
しれっとした口ぶりですたすたと歩くミカに裏切りの恐怖を感じ、寿は別の道を進む事を決意する。
そう、ユグはミカの巧妙な作戦にまんまと乗せられたのだ。
足止めと生け贄。
その二つをユグに任せたミカの後姿に、ナルはごくりと息を飲む。
「どうする?」
ふと傍らの悪魔に声を掛けられ「うーん」と唸ってしまう。
このままミカに付いて行っても、トカゲの尻尾切りにあうのは明白である。
かといって寿の後に付いて行くのも、どこか気が引けた。
そっと悪魔を見上げてナルは問う。
「別々に行動する…?」
その言葉に、一人でここのモンスターを相手になど到底出来ないナルの力量を判断した悪魔は首を横に振る。
別行動に否定を示され、少し安心したナルは町外れへと歩き始めた。
街を抜け川を渡ると、古びた教会の前へと辿り着いた。
周囲を見回してもモンスターの気配は無く、寿はふぅとため息をつく。
「めんどくせー、去年みたいにピザ食いたいだけなのに…くそっ」
今年の突拍子もないイベントに不満を顕にすると、気配を消して教会の壁に背を預ける。
見上げると空に浮かんだ、美しい月が目に留まる。
立派な三日月で美しい黄色を発しているそれは、確かにハロウィンに相応しい気がした。
「ん、いや…待て…」
ここはニブルヘイム。
空など在りはしないのに浮かぶ月。
寿は気付いたのだ。
それもモンスターの類であると。
素早く腰の短剣を二刀構えて、相手の出方を伺う。
何かが首めがけて迫る気配を感じ、咄嗟に回避してみる。
するといつの間に現れたのか、三日月にちょこんと腰掛ける一人の少女がいた。
頭には黒猫を乗せ、その手には身丈ほどもある大きな鎌を持っている。
『さっきの斬撃、あなどれない…!』
完全に避けたつもりでいたが、刃が少し触れたのだろう。
寿の頬にはうっすらと血が浮かんでいる。
その様子にニコリと笑顔を見せた少女は、不安定さを感じさせずに空から寿に斬りかかった。
一方、一人で歩みを進めていた事に気付いたミカは、酒場とおぼしき建物へと足を踏み入れる。
中には既に死んでいるのであろう。
腐敗色を醸し出すニワトリとコウモリが一匹。
「ニンゲンがきた、ニンゲンだ」
ミカをその淀んだ視界に写すと、人間の言葉で騒ぎ立てた。
あまりの煩さに近くに転がっていた椅子を、ファイアーボルトで消し炭にするとピタリと声は止む。
二階への階段に気付くと、ミカは努めて愛らしい声を発する。
「探し人が来ても教えないでね?」
その手に握られた輝く杖に火の魔法の気配を感じ、ニワトリとコウモリは頷くしかない。
黒猫のような出で立ちのミカが二階に消えたのを見て、二匹はひそひそと話し始める。
「ありゃニンゲンか?」
「ネコかもしれない?」
とうの昔に腐りきってしまった頭では、人間と猫の区別もつかないのだろう。
二匹は討論にもならない議題に夢中になっていった。
その頃、ナルと悪魔は道に迷った挙句、墓場へと来てしまった。
死者の街の墓場なぞ、ただ雰囲気が悪いだけでしかない。
時折チラチラと人魂のような光が飛び回り、ナルはおずおずと後ろへ下がってしまう。
怖がりのナルを庇うように先行していた悪魔だが、その様子に思わずため息がもれてしまった。
ゲフェニアの悪魔を連れ歩く事に、恐怖は無いのだろうか?
自分がかつて殺してきた人間達は、自分を見るだけで恐怖に慄き、死の絶望を明らかにしていたというのに。
ふと墓場の方を見れば、巨大な枯れ木が一本寂しそうに佇んでいるのが見えた。
『からかってやろう…』
らしくない考えが頭をよぎり、悪魔はナルの手を引くと墓場の門を潜った。
「こんな所、隠れられないよぅ!」
見付かってもいい、むしろ早く見付かりたいと思っていたナルは街の中心地へ引き返そうと提案する。
しかし悪魔の「自分はケーキを食べたい」という意見に、度肝を抜かれた。
まさかの食欲にナルは泣きそうなのを必死に耐え、小さく「分かった」と返事をすると引かれるままに付いて行く。
従順な様子に微笑むと、二人はとうとう巨大な枯れ木の根元へと到着する。
木の真裏に回ってしまえば、軽く大人3人は隠れられそうである。
その太い根は、生前は大地から沢山の栄養を吸い上げていたのだろう。
地表に顔を出す一部分から、その姿が窺い知れた。
地中から顔を覗かせる、人が腰掛られそうな程大きな根元にナルを座らせると、悪魔は彼女の前に膝まづく。
恐怖で震える手を取り、そっと彼女の表情を伺えば辺りを気にする事で精一杯だったようだ。
『手を握られている事も気付かない、か…』
少しつまらなく思い、悪魔はナルに問い掛ける。
「恐怖を感じるのか?」
ふいな問い掛けにビクリと身体を震わせたナルは、追って首を縦に振る。
「私、怖いの苦手なの…」
言ったと同時にぎゅぅと目を瞑る様子は、恐怖が真実であると物語っていた。
その答えにふふんと鼻を鳴らし、悪魔は続ける。
「ゲフェニアを陥落させた悪魔は怖くないのか?」
「…え?」
含みのある言葉に目を開くと、下から自分を伺う真剣な紫電の瞳が見えた。
何事かと考えを巡らせていると、いつの間にか頭に手を回されているのに気付く。
その手から逃げ様にも力の差は歴然で、ナルに抗う術は無かった。
「ど、どうしたの?」
耳元で心臓が脈打つかのような鼓動に、ナルは焦りを感じる。
両手で悪魔を押し返そうとするも、いとも容易く彼の片手で封じられてしまった。
それよりも、ゆっくり彼の顔が自分の顔へと近づいてくる事に漸く気付く。
『こ、このままだと…っ!』
少し角度を変えて迫る唇に目を瞑り、ナルはそれへの覚悟を決める。
しかしいつまでも訪れるであろう自分への唇への感触は無く、そっと目を開くと罰の悪そうな顔の悪魔が映る。
「…なーにーを、してるのかな?」
決して低すぎない、その甘い声色にナルの頭には一人の人物が浮かぶ。
金色の髪をして、綺麗な青い瞳を持つ聖職者。
そっと悪魔から視線をあげれば、そこにはアークワンドを悪魔の後頭部に押し付ける師の姿が映った。
「し、ししょぅ!」
すっかりナルの唇に意識を奪われていた悪魔は、まさかのライバルの出現に気付けなかった。
ましてや、この街にいるのはギルドの顔ぶれのみ。
誰がファルの存在を想像出来ただろうか。
今にも退魔魔法を発動させそうなファルは強引にナルの腕を取り、その場に立たせると力任せに悪魔から引き離す。
丁度ナルと悪魔の間に立つように、がっちりガードを固めたファルはため息を付いた。
「寿がニブルヘイムでピンチだって呼ぶから来てみたら…!」
ナルがよくよく後ろを見れば、頬を染めた寿がぎこちなく「よっ!」などと手をあげている。
『…い、今の見られてた!』
寿の違和感たっぷりの演技に流石のナルも気付いたのか、顔を真っ赤にして師の背中に抱きついてしまう。
いたずらが失敗に終わった悪魔はといえば、気だるさそうにファルを視界に入れないよう横を向く。
「こんな人気の無い所で二人っきりなんて、絶対に許しません!!」
そういうが早いか、ファルは悪魔に向けてホーリーライトを一発放つ。
しかし当たる事は無く、むしろ簡単に避けられてしまったのが、今のファルには癇に障った。
マグヌスエクソシズムの詠唱に入ったのに気付いたナルが、慌てて悪魔を庇うように前に出る。
…と、その時。
─あーあー、聞こえるかー?─
ギルドメンバーにステアの声が聞こえる。
同じギルドに所属している者に声が届く、一種の通信魔法だ。
─なんかよく分からんが、ユグがぼろぼろだから帰るぞー?─
ステアの言葉にメンバー一同、ハッとさせられたが、結果としてお開きになったのには変わりない。
ふぅとため息をつくとナルはギルドに入っていない師に「帰る、だそうです」と告げてワープポータルを開く。
丁度居心地の悪かった寿は、我先にとポータルへ飛び乗る。
乗る間際、ファルは一際悪魔を睨むと呪いの言葉を放つ。
「戻ったらお説教だからね!?」
その言葉にため息をついて、全く悪びれた様子の見れない悪魔は続いてポータルへと足を向ける。
乗る直前でその足を止め、ナルにニヤリと微笑む。
「…続きはまた今度…」
光の中へ消え行く悪魔に恐怖とは違った何かを感じ、首をふるふると横に振った後にナルはポータルへ飛び乗った。
ゲフェンに戻るとスモーキーの姿でぐったりしたユグと、心配そうにその頭を撫でるステアが前に居た。
寿とナルはごくりと喉を鳴らし、あの不毛なストームガストを続けていたのだと確信する。
いきなり現れて機嫌の悪いファルに驚いたステアだったが、ふと気付いた疑問を投げ掛ける。
「あれ、ミカは…?」
その頃、ニブルヘイムの酒場。
女王気質の黒猫の降臨だと騒ぐ死者達に囲まれ、帰るに帰れないミカがそこにいた。
話に尾びれが付くのは当たり前であるが、とうとう「死者を導く女王」とまでに至っていたのである。
「猫女王陛下、どうかどうか彷徨える我らを導いて下さいぃ!」
「だから私は猫じゃなくて人間なの!」
広場に控えるカプラサービス倉庫から「蝶の羽」を取り出して帰りたいのだが、一向に道を譲る気配が無い。
「もー!帰りたいのにー!」
ミカの叫びはニブルヘイムの闇へと消えた。
+++ あとがき +++
時期イベントに絡めたお話。
あんまりハロウィンしてませんが、ニブルヘイムってそれっぽいよね!という事で一つ…!
後半にラブ度上がりましたが、結局未遂なままで燃焼しきれない感じですね。
その内、まったりらぶでも。
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