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外伝 シオン

決して乗り気ではなかった。
 「お願い、買い物を手伝ってほしいんだけど…」
ゲフェニアの悪魔が心を許した唯一の人間に頼まれ悪い気はせず、ただ乗り気ではないと思いながらも二つ返事で承諾しただけだった。
ただ、頼まれ事を済ませる、それだけのつもりだった。
 「…ナル、まだ掛かるのか?」
 「うーん、もうちょっと…!」
共だってゲフェンの街へ繰り出したのはいいものの、目的外の店に立ち寄っては道草を食う何度目かのやり取りを経て、彼はようやく理解した。
 (人間の女とは、こうも目移りしやすいものか…)
先ほどはアクセサリーショップ、その前は雑貨店、今に至っては触媒石の店で足止めをされているのだ。
特に急ぎの用事というわけでもないが、放ったらかしにされるのは気持ちの良いものではない。
 (だが、しかし…)
急かせば頼まれた用事などすぐに終わってしまう。
おなじギルドメンバーの誕生日だから花を贈りたい、共に見繕ってほしい、そんな理由で連れられてきたのだ。
おおかたナルの事、一人でゲフェンの街をふらつくのが寂しいのだろうことは分かっていた。
だから乗り気でないのに応えたい、そう思ったのだから。
あれこれ魔法の触媒となる石を懸命に見るナルの後ろ姿に道草も悪くはない…そんな気もする。
待たせている相手が悪魔らしくない思いを胸に浮かべているとは知らず、ようやく満足した様子でナルは立ち上がると笑顔で振り向いた。
 「お待たせ!これで最後、…お花屋さんへ行くよ!」
そして、さも当然であるかのように彼女は悪魔の手を取る。
種族の違いなど感じさせぬ彼女の行動は、それが抑止力ゆえか元来のものなのかは分からない。
引かれる手を甘く受け入れ、悪魔は目を細める。
指と指が重なり合う温もりは、なにものにも代えがたい確かな安心感がそこにはあった。
 (魔王の嘆き、この心地よさ…あぁ…)
ゆるやかに流れてゆくゲフェンの街並みは、すれ違う人々を彩るかのように秋の訪れをただよわせる。
ほどなく西門ちかくの花屋へと到着した二人は、店先にある花束用に切り揃えられた花に視界をうばわれた。
 「わぁ…秋だからコスモスが多いかと思ったけど、ちゃんとバラもあるね!よかった!」
 「花とは季節によって差があるものなのか?」
悪魔の問いにナルは頷き、バラを指さしてつげる。
 「そうだね…バラは春が見頃かな、今は秋だから香りがつよい品種が多いんだよ」
 「…どれも同じでは…」
 「ふふ、全然ちがうよ!」
そういうとナルはバラを一輪指さし、傍に寄れと合図をする。
つまり香りを自分で確かめろという事に他ならず、悪魔はすこしだけ迷惑そうにバラの香りを確かめてみた。
 「ん…なるほど、確かにこれは…」
花びらの濃ゆさに負けぬつよい香りは、まちがいなくナルが言った通り。
 「えへへ!お師匠様の受け売りだけどね、すごくいい香りでしょう?」
 「ああ、たしかに」
バラの香りに満足した、その時、間違いなく悪魔は目を引かれた。
 「…あそこの花は?」
彼が指さした先、そこには紫色のちいさな花が鈴なりに咲き誇っていた。
決して目立つような花ではないのに、その大人しく秋風に揺れる薄紫の花はあまりに可憐で目が離せなくなったのだ。
 「あれはシオン、かな…」
 「シオン…」
どうやらナルもあまり馴染みのない花のようで、その美しい紫色をなでるように優しい視線を投げる。
 「きれいな色だよね、花の名前とおなじ紫苑っていう色があるって聞いた事あるよ」
そしてナルの紺碧の瞳は気付いてしまった。
 「あ、そういえば、君の瞳もシオンみたいにきれいな紫色だね」
紫電の瞳を震わせ、悪魔はごくりと喉を鳴らす。
言葉にできないとは、まさにこの事。
 「…そうか」
そう言いどもるのが精いっぱいだった。
まさか自分の瞳が花のようなきれいな色だなんて、そんな事言われたことも考えたこともなかった。
 「私は花束みつくろってもらうから、ちょっと待っててね」
頷いたものの、悪魔はシオンというちいさな花から目を背けることが出来ずにいた。
 (シオン…か…)
あれこれ去来する気持ちに翻弄されるなか、ようやくナルが花屋の店員から立派な花束を受け取り「おまたせ」と戻ってきた。
帰路は手こそ繋いではいないものの、共に歩くと名残惜しさばかりが悪魔の心をちくりと刺す。
もうすぐこの逢引が終わりを告げることを覚悟しつつ、見えてきたストレイキャットの借り邸宅を紫電の瞳に映す。
 「…もしかして、ずっとあの花が気になってる?」
 「!」
気付けば隣のナルは足を止め、心を暴いたかの如く問い掛けてきた言葉に心臓が掴まれたような、そんな衝撃だった。
紺碧の瞳は駆け引きなどするつもりはないようで、真剣なまなざしを向けてくる。
 「…そうだな、瞳が似ているなど初めて言われたゆえに…な…」
隠し事などする理由もないため、悪魔は素直に答えを返す。
それが大層気に入ったようで、ナルは納得したようになんども頷くと「わかった!」と結論に至ったようだ。
 「じつはね…君の名前を街中で呼ぶの困ってたから、今から君をシオンって呼ぶ!決めた!」
 「!?」
確かにゲフェニアの外にいる時に名前を呼べば周囲はかるいパニックになるだろうし、下手すると討伐しようと企む輩がいることだって否定できない。
それならば通り名があるのは都合の良いことで、悪魔は冷静にいちど頷き返す。
 「そなたが…そうだな、ナルそういうのであれば仕方ないな」
渋々ながら了承した態度であったが、ナルにはしっかり分かっていた。
 (やっぱりうれしそう!よかった!)
ふにゃりと顔を綻ばせ、ナルはさっそく彼の新しい名前を呼ぶ。
 「ふふ!じゃあシオン、これからユグの誕生日パーティだからね!一緒に盛り上げよろしくだよ!」

第二部に向けてドッペルゲンガーが通り名を使うまでのエピソードでした。
シオンとアスターについては同じ花で、他にはエゾギクともいいます。
うちの二次創作のドッペルゲンガーにとって名前を変えるということは、己の立ち位置の再確認の意味があったりします。
あとは単純に私の趣味なのですが…ふふり。