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第25話 夜明け

簡素な椅子と机、そして陽光の届かない冷たい石畳で造られた一室。
シフェルはプロンテラ城の地下にある幽閉所へと捕らえられていた。
アルケミストの武器にもなりうる薬品を詰めたボトル類はすべて取り上げられ、代わりに与えられたのは大聖堂から支給されたであろう聖書だけだった。
つまらなさそうに神の御言葉に目を走らせ、シフェルはため息を吐き出す。
彼を用意周到に追い詰め、その身柄を押さえたのはプロンテラ城が誇る騎士団に所属する騎士たちであった。
顔が分からぬように買いだしへ出たところを待ち構えていたのだろう、数人の騎士が取り囲み、あっという間にこの幽閉所まで連れられてきてしまったのだ。
 (張られていたんだな…)
研究室にそのままにしてきた中途半端な事象たちに思いを馳せつつ、シフェルは何度目か分からないため息をつく。
 「おい、面会だ」
見張りの兵士の声に顔を上げると、兵士は幽閉所の出口に向かって敬礼をしているのが目に映る。
自分に面会にくる人間など思い当たる節もなく、シフェルは怪訝そうに椅子から立ち上がった。
石畳を規則正しく踏み鳴らす足音。
やがて姿を現した足音の主に、世界を分け隔てる鉄格子のなかのシフェルは喉を鳴らした。
 「魔王よ、久しぶりですね」
現れたセージの男は萌黄色の髪を揺らし、まるで花のような微笑みを浮かべていた。
かたやシフェルは顔を引きつらせ、驚きのあまりずれてしまったミニグラスを掛け直す。
 「…ジャック、一体なんのつもりだ?」
 「あなたの悪魔を封じたいのです、ゲフェニアの…ね?」
笑顔を崩さないジャックと呼ばれたセージの男は、まるで女性のような仕草でシフェルを見つめる。
 「協力しろと?」
 「ええ、その為にあなたを捕らえたのですから」
シフェルは目を閉じ、苦笑すると答えた。
 「おなじ生体工学を用いる人間が必要な理由があるのかい?」
 「共にエルフから学んだ仲ですからね、こちらを見れば気が変わると思いましてお持ちしました」
ジャックは一枚の書状を差し出し、人差し指を口に添えるとその内容に機密事項が含まれていることを示唆した。
ろくでもないことだと分かっていながらも、それを見るしかないシフェルは封書の中身を確認する。
そこには生体工学を用いた人間を強化し、それを兵士または兵器として運用する軍事構想の提示が事細かに書かれており、さらなる戦火の火種を生み出す恐ろしい内容が溢れていた。
 「ジャック!兵器にする人間を培養するなんて、とうとう気が触れたな?!」
鉄格子越しに怒りに震えるシフェルを見て、ジャックは幸せそうに目を細める。
 「モンスターを使って、あなただってしたでしょう?」
 「お前がやろうとしてる事とは違う!ぼくのは世界への復讐だ!」
 「おやおや、さすが魔王ともなると種族で命を重さを量られるのですね?」
生体工学を用いた時点で、シフェルは人として道を外れてしまった、そう聞こえた。
それがどんな理由であったとしても、命をもてあそぶ行為には遜色などなく、倫理を唱えるにはシフェルの手は罪にまみれすぎていたのだ。
それでも魔王は、やはり人間をゆるすことができなかった。
 「人間の愚かさ、それを…よく知っているからな…!」
自分へ言い聞かせるように這い出た言葉は、まるで心臓を突き刺す槍のようだった。
しかしジャックは目を細めるばかりで、決してシフェルへ寄り添うつもりなどない様子。
 「そうですか、それは残念です…」
鉄格子の前にいる兵士に目配せし扉を解錠させると、ジャックは共に連れてきた兵士とともに牢内へと足を踏み入れた。
思いもよらぬ彼の行動にシフェルは後ずさるが狭い牢内に逃げ場などなく、容易く兵士に拘束されてしまった。
 「なにをする!」
そしてジャックは片手にスクロールを持ち、黒い表紙の本のページを開く。
 「協力いただけないとのことで、魔王の記憶を少々こちらへ移させていただこうかと…」
本から綿毛を思わせる光が零れはじめ、シフェルは顔をひきつらせた。
 (こいつ、セージの術式に生体工学を用いたのか…!)
おそらく相手の魔法を書き換え発動を阻害するスペルブレイカーを改造したのだろうと当たりをつけ、シフェルは拘束から抜け出そうと身体を強張らせる。
 「そんな魔法があればドッペルゲンガーに使って、直接、力そのものを吸い出せばいいだろう!」
シフェルの言葉にジャックは盛大にため息をつき、首を横に振ると否定をした。
 「あなたが相手の力を吸って成長させるように作ったゲフェニアの悪魔は、もう人の手には負えない状態ですよ…」
 「…手に、負えないだと…?」
ドッペルゲンガーをゲフェニアに送り込んで数週間、それほどまでに急成長するとはどう考えても辻褄が合わない。
確かにシフェルにとっての最終作品ともいえるが、その特性から考えると先に作ったバフォメットの方が身体能力も桁違いに高く、そちらを先に封じたと聞いていたシフェルには納得がいかなかった。
怪訝な表情を浮かべるシフェルに対し、ジャックは困ったような表情で口を開く。
 「ゲフェニアに残っていた少数のエルフたちと共に、魔術師を中心とした部隊を送り込んだのです」
 「それがどうして手に負えないと?」
 「部隊の中には、我らの同胞がおりまして…」
その言葉にようやく納得したのか、シフェルは眉をひそめた。
 「生体工学で強化を行った人間を喰ったという訳か、なるほど…それは狂ってしまうな」
 「ええ、先輩はご理解がはやくて助かります」
説明する手間が省けたと微笑むジャックを睨みつけ、シフェルは考えを巡らせる。
 (それなら話の流れが変わる…どうするか…)
ドッペルゲンガーには少しずつ成長を遂げ、やがて完成に至るという道を歩ませるため、相手を姿見を盗み、力を吸い取る能力を備えさせた。
相手の力とは、元来備えられた能力のことを指しており、後に開花する才などに関しては得ることは叶わない。
それはつまり、何らかの方法を用いて植え付けられた能力などは、想定外の事象を引き起こす毒のようなものだと言える。
魔王の知識欲は貪欲であり、それを見抜いていたジャックは様子を伺うように尋ねる。
 「…気になりますか?」
その言葉に魔王の肩が震えたの見たジャックは確信した。
 「ご協力いただけるのならば、配慮はします」
間違いなくシフェルが乗ってくる手ごたえを感じたジャックは本を閉じスクロールをしまうと、兵士に拘束を緩めるよう目配せをする。
拘束が解かれたシフェルは唯一、どうしても腑に落ちないことを問う。
 「…私の記憶を探れば、幽閉を解く必要はないんじゃないのか?」
 「表向きの理由として、あなたが罪を償う必要はありますからね」
すぐに答えたジャックの様子に、シフェルはため息をつく。
 「…表向きか、王も一枚かんでいるんだな…?」
自分を捕らえたのはプロンテラ騎士団であり、捕らわれている場所も城の地下。
さらにこの場にいる兵士たちを考えただけでもキナ臭い香りを隠すことなど出来ないうえ、むしろ隠すつもりもないのだろう事が伝わってくる。
 「どうでしょうか…、とにかく協力いただけるのなら安全の保証はします、大事な御方ですから」
はぐらかされてしまったが、否定をしない様子を答えと受け取るのは間違いではないだろう。
 「…わかった、協力しよう」
 「その言葉、待っていましたよ!」
ジャックは嬉しそうに瞳を輝かせると供回りの兵士に指示を出し、シフェルにはマントを手渡し頭から被るように伝えた。
あっという間に牢獄から連れ出されたシフェルはすれ違う間際、ジャックに当てつける為、言葉を投げる。
 「なにからなにまで用意済みか、ジャック・バリズ…」
 「ふふ!これも悲願達成のためですから!」
萌黄色の髪をゆらし、ジャックは嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。



シフェルはジャックに連れられるまま隠し通路を通り、プロンテラ城の南門より外へと出ることとなった。
 「このままイズルードへ向かいます、いいですね?」
 「衛星都市に?」
 「ええ、今宵中に準備を整えます、事態は急を要しておりますから」
逃げようにも手元になにもないシフェルに抗う術などあるはずもなく、ジャックの指示に従うしかない。
言われた通りに共にイズルードへ向かうと、剣士協会へと案内をされた。
入口にてなにやら告げたジャックの様子を見て、自分が思うよりずっと大きな何かが蠢いているのを察し、シフェルは眉をひそめる。
 (随分と大掛かりなことが行われようとしている…)
それでも他人事のように思えるのは、研究者としてゲフェニアの悪魔の現状への探求が勝っているからだろう。
 「こちらへ」
物思いにふけっている間に話は進んでいたようで、二人は小部屋に案内された。
厳重に扉に鍵をかけ、ジャックはようやくといった面持ちで数々の書面を手持ちのバッグより取り出す。
 「まずこちらからご確認を、現在の状況です」
それは魔法都市ゲフェニアの惨状が記載されており、シフェルが思ったよりもあの悪魔はうまくやっている様子が伺える。
盆地を利用して作られた魔法都市はすり鉢状になっており、中央にむかうほど大地より集まる魔力が高くなる傾向がある不思議な都市だ。
報告書によると、悪魔はその中央を拠点とし、数多の人間より力を吸い取っているようだった。
 「周囲にデビルチが増えたとは…?」
 「悪魔の魔力の欠片が魂を取り込み、新たな悪魔を生み出しているのですよ」
 「ほう、それはなかなか興味深いな…」
渡された資料に次々と目を通し、ある日を境にして記録が途絶えたところまで読み進めたシフェルはジャックの顔を見つめた。
 「…それで、ぼくに具体的にどうしろっていうんだい?」
 「悪魔の中にある、我らが同胞の記録の削除を…」
己の身体に用いた生体工学の記録を抹消したいのが本音であろうが、都合よくそう事が運ぶわけはない。
 「おそらく無理だ、ただ口封じがしたいのか?」
 「口封じは最低限の条件ですね、可能な限りゲフェニアの外には出れないようにしたいのです」
シフェルが作った他の悪魔同様、魂を土地に縫い付けたいのだろう。
しかしゲフェニアの悪魔は魂を吸収して強くなるのであり、糧になればそれは悪魔の一部となったといっても過言ではない。
 「口封じか…隔離封印なら、あるいは…」
 「方法があるのですね!?」
期待に瞳を輝かせ、ジャックは思わず椅子から飛び跳ねた。
 「ゲフェニアの悪魔を作ったと同じ材料で、今度は力を吸い取るがそれを封じ込め結晶化させる専用の結晶体を作れば封印の可能性はある」
 「それは素晴らしい!すぐにとりかかりましょう!」
つらつらと材料となるアイテムを告げるとジャックは大慌てでそれらを記憶し、今日中に準備をすると宣言しシフェルを小部屋に監禁して出掛けてしまった。
一人残されたシフェルはなんとか事態が好転したことを、心の底で微笑んでいた。
 (ゲフェニアの悪魔、君を後世に残すための秘策…!)
窓の外、沈む夕日に照らされる海面は、どこまでも美しいものだった。