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第13話 火の女神と小さなスモーキー

 「正規メンバー加入ということで、まずは…ええと」
ステアは引き出しからなにやら書類がたっぷり挟まれた本のような厚さのファイルを取り出し、中の数ページをめくりはじめる。
探し物に夢中になるステアを不思議そうに眺めるナルに、ユグが邪魔にならぬようこっそり話し掛けた。
 「うちのギルド、久しぶりのメンバー加入なんだ」
ミカも頷き、ユグの話に参加する。
 「私が最後に入ってから、ほぼ一年ぶり…くらいかしら?」
 「うん、それくらい経ってる」
ユグの話ではナルを含めてメンバーは六人になるらしく、まさに気の合う少人数のみで構成されているギルドなのが伺える。
 「そうなんだ…それでステア様は今、なにを探してるの?」
ナルの質問にユグとミカはお互いを見合わせ、首を傾げ合う。
 「…たしか創設のなんちゃら、とかだっけ…」
 「どうしてギルドが創られたか話すみたいな約束があったわよね、たしか…」
 「あったあった!このページだ!」
そうこう話してるうちにステアがとうとう目的の一面を見つけたらしく、テーブルの上にそのページを広げ見せてくれた。
そこにはギルド加入した者に伝える約束事が書かれており、小さいギルドながらルーンミッドガッツ王国に正式に登録している冒険者ギルドである証明でもあった。
 「わ、すごい細かく書いてある…!」
文字の量にナルは思わず眩暈がしそうになったが、隣でそれを読み上げねばならないステアはもっと眩暈を起こしそうな表情で、ユグに至っては長期戦の構えのため新たなお茶を準備しにキッチンへ向かってしまった。
 「そうなんだよ、手間が掛かるが…よし、読むぞ!」
順を追って読み上げられる規約は、他ギルドとの抗争には不参加であること、また定住地を設けることで所属するメンバーの所在を明らかにできること。
そのほとんどがギルドに所属することで、冒険者として有利な条件を揃える事ができる内容であり、そのひとつひとつを読み上げられることにより、ナル自身も冒険者として改めて認められたような気持ちになれた。
特に孤児院育ちであり、独り立ちしたあとはファルから師弟として保護を受けていたため、存在意義を見出せるような意味のある言葉ばかりが耳に飛び込んでくる。
 「さて、これくらいにして…創設の話をするぞ」
ステアは嬉しそうに笑顔を浮かべ、全員分のお茶を淹れ終えたユグをちらりと見た。
 「まず創設者はうちとユグだ」
ステアの視線に気づいたユグは頷きながら、お茶菓子のクッキーを口に運んでいる。
 「このタヌキとは、うちがアーチャーの頃からの腐れ縁ってやつでな」
 「ん、タヌキ…ユグがタヌキって、どうして?」
ナルの言葉にステアは待ってましたといわんばかりにミカにウインクを送り、ミカも満足気に頷くと傍に置いておいた杖を手に取り、ユグに向けた。
 「え、え、え!ミカ?!ちょっと!!」
慌てに慌てたユグに対し、ミカは容赦なく杖に魔力を込めはじめる。
 「焼きタヌキにされたくなかったら、本当の姿に戻るのよっ」
 「ひぇっ!」
ユグの小さな悲鳴のあと真白の煙が立ち込め、すっかりユグの姿は見えなくなってしまった。
あまりの突然の事に驚くナルへステアは大丈夫だと告げ、煙の先へ視線を投げる。
 「いいか、よーく見てろよ?」
次第に煙りは濃度を薄め、そのシルエットが浮かび上がってくる。
 (こ、これって…!)
ナルの目に映るのは、小さな身体ながらに二本足で立ち上がる、頭に木の葉を乗せたスモーキーが一匹。
 「もう!ミカは強引なんだから!!」
スモーキーは飛び跳ねながらユグの声を発し、ミカへ怒りを顕わにしているではないか。
 「だってこうでもしないと、元の姿に戻らないでしょう?」
ミカは満足そうな顔つきでスモーキーを見下ろし、優雅に紅茶を口にした。
今も状況が理解出来ないナルは目をなんども瞬きさせ戸惑い、その姿は期待通りだと言わんばかりにステアは楽しそうに笑いながらスモーキーを抱き上げる。
 「笑っちまうだろ?このスモーキーがユグなんだ!」
 「そんな!?」
人懐こく、またその愛くるしい姿で人気の高いタヌキのモンスター。
それがスモーキーである。
人間に悪さをするような事は無く、大人しい性格でペットとして愛でる人がいるほど人馴れするのも特徴で、人里近くに住む習性も相まって、姿を見掛ける事が多いモンスターだ。
しかし、人間の言葉を話し、あまつさえ人間に変化するスモーキーなどナルは聞いたことが無い。
 「ユグがスモーキーって!…ええッ?!」
ステアに撫でられ幸せそうに目を細める姿は間違いなくスモーキーで、ナルは目の前で起きた出来事を理解できず、ただただ混乱するばかり。
その様子に苦笑しつつ、ステアはソファに腰を下ろすとゆっくりと語り始める。
 「まずはうちの身の上話からしよう」



ステアの出身はゲフェンであり、彼女は至極普通の家庭に生まれた。
歳の近い姉が一人おり、ステアは末の次女として可愛がられ育った。
姉妹は父親の強い希望でアルケミストになるよう幼いころから教育され、姉は順調に商売人への道を歩んでいたが、年頃になったステアは両親への反発を始めると運命の歯車は動き出した。
気質的に誰かの言いなりになるのが性に合わなかったステアはとうとう家を飛び出し、勢いのままにアーチャーになると、山岳の都市フェイヨンにて一人暮らしを始めた。
まだ十六歳にもなっていない若いステアは、とにかく日々を生きるのがやっとだった。
満足な部屋を借りれるような手持ちはいつも無かったし、稼ぐための狩猟をするだけで精一杯の日々。
そんなある日、雨上がりの竹林に赴くと運悪く侍の死霊に襲われ、ぬかるんだ地面に足を滑らせたステアは増水した川へと転落してしまった。

 ─ねぇ、だいじょうぶ…?─

雨上がりのフェイヨンの川の流れは速い。
ステアは気を失ったまま衛星都市イズルードの近くまで流され、海に近い所まで流されていた。

 ─…どうしよう…お姉さん、だいじょうぶ?─

意識が朦朧とする。
崖から落ちたのに命が助かったのは増水していた川のおかげでもあるが、運よく岸辺に流れ着いたことも理由の一つであった。
遠い所から自分を案ずる声が聞こえているのに意識は浮上すること叶わず、ゆらゆらと揺れる水面のような浮ついた感覚を持て余している。
 「ケガしてるのかな…どうしよう…」
めげずにステアの頬を叩く小さな手らしきものはやたら暖かく、柔らかい毛のような感触があり、次第に自分を呼ぶ声も鮮明さを増す。
 (だれだ…?ここは…どこなんだ…?)
呼吸はするだけで精一杯、指を動かすにも億劫な身体。
自分が生きているのか、死んでいるのかも分からず、ステアは今にも途切れそうな意識で声の主を探った。
 「ぼくは世界だよ、お姉さん戻ってきた…?」
不思議な答えだった。
人間の子どものような声が耳に届き、ステアの意識はゆっくりながらも浮上を開始する。
 「…世界、だって…?」
ステアの反応と返事に、案じていた声は元気よく「戻った!」と叫ぶと、より一層強くステアの頬を叩いた。
 「そうだよ!ぼく、世界だよ!お姉さん戻ってきて!」
頬を叩く優しい痛みに目をゆっくり開くと、そこには小さなスモーキーがステアの顔を心配そうに覗き込んでいた。
 (…スモーキー…?)
てっきり人間の子ども、それも男の子が助けてくれたのだとばかり思ったが、目の前にいるのは子スモーキー。
冷静に考えれば自分は崖から落ち、川に流された身。
幻聴のひとつが聞こえてもおかしくはない。
ステアはスモーキーの頭をやさしく一撫ですると、痛みを堪えつつ身体をゆっくりと起こした。
水面に激突した際に受けた衝撃はたしかにステアの身体にダメージを与えており、特に左半身は鈍痛が激しかった。
冷静に辺りをみわたせば潮風が髪を撫で、さほど海から遠くない森の中である予想がつく。
自分が寝かされている寝床の感触に、それは木の葉をていねいに敷き詰めたベッドであると気付き、時折きらきらと射し込む光に上を見上げれば巨木がステアを守るように葉を鳴らしている。
 「お姉さん、近くの川で倒れてたんだよ」
ふたたび自分を呼んでいたあの声が聞こえ、ステアは声の主を探す。
しかしいくら気配を探ろうとも、そばにいるのは小さな愛らしいスモーキーだけ。
 (まさか…)
自分は頭を強く打ち、幻聴が聞こえるようになってしまったのだ、そう思った。
しかし子スモーキーは真っ直ぐステアを見つめており、そのつぶらな瞳に応えず無視し続ける事などできる彼女ではなかった。
 「…お前が世界…?」
ステアが喉元を撫でてやると、スモーキーは「そうだよ」と嬉しそうに人間の言葉を話したではないか。
普段の状態であれば驚いているだろうが、今は身体に負った傷も深いステアは疑うことなく「そうか」と己に言い聞かせるよう、穏やかにそれを受け入れた。
世界と名乗るスモーキーは喉元を撫でられ気を良くしたのだろう、大きな蓮の葉を器用にコップ代わりにして水を差し出してくれた。
 「元気になる水だよ、飲んでね」
差し出された水を飲み干せば、痛みはたちどころに消え、重かった身体が軽くなったのを感じた。
 「有難う、世界…お前が助けてくれたのか?」
ステアに尋ねられた子スモーキーは嬉しそうやら恥ずかしそうやら、あちこちに目配せしながら小さく頷く。
広がってきた視界で周りをよく見ると、磨り潰した薬草や、団扇になりそうな大きな葉が目に付き、彼なりに自分を介抱してくれていたのが伺えた。
 「ビックリしたんだよ、火の女神様が倒れてるかと思って…」
スモーキーは潮風が流れ込んでくる方向を小さなふわふわの指で指し示し、ステアが流れ着いたであろう場所を教えてくれた。
 「火の…女神だって?」
ステアが呟いたと同時、強い風が駆け抜け、彼女の真紅色をした長い髪を宙に舞わせる。
小さなスモーキーはその様にうっとりとため息をつき、自然の中では経験することのないその美しい姿に見惚れた。
 (ああ、うちの赤髪のことか…!)
ステアの家系は緋色の髪色を持つ者が多く、特にステアは真っ赤に燃え盛る炎のような髪と瞳で生まれた。
スモーキーにとって緋色の髪は自然界ではみる事のない色であり、その鮮烈な美しい赤色を火と見間違えたのだろう。
 「お姉さんの髪と目、すごい綺麗だよ!神様みたいだ!」
小さなスモーキーの真っ直ぐな言葉は迷いなくステアへ届き、その言葉を嬉しく思ったステアが「有難う」と笑うとスモーキーは喜んで頬を摺り寄せた。
世界と名乗ったスモーキーによる手当ての甲斐があり、ステアはその日の間にフェイヨンへ戻れることが出来たのだが、縁とは不思議な物。
時は流れ、ハンターへと転職したステアがフェイヨンの森で狩りの最中のことである。
狩猟用の罠に引っかかっているスモーキーを見つけ、その痛々しい光景に胸を痛めたステアは迷う様子もなく、罠の解除をしてやることにした。
 「どれ、動くんじゃないぞ、今はずしてやるからな…!」
あの日、自分が喋るスモーキーに助けられたのは夢のような奇跡であったのだと、ひと回り成長したステアは思っていた。
あの不思議な体験を話す身内は今のステアの側には居なかったし、日々の生活に忙殺され、時折思い出すことはあっても夢だったのかもしれないと、そう思っていた。
 「よしよし、いい子だ」
スモーキーはステアが罠を外す様子を大人しく見ており、ようやく罠から解放されるとステアを見上げ、まるで石の様に動かなくなってしまった。
 「…なんだよ、死んだフリか?」
ステアは手馴れた手付きで、罠により負ったと傷の手当てもしてやる。
途中、気遣いの言葉をかけつつ、優しく頭を撫でると柔らかな毛質はあのスモーキーを思い出させ、ステアは包帯を巻いてやりながら懐かしい気持ちに浸る。
 「…世界は元気にしてるのかな…」
ステアの呟きにスモーキーはビクリと身体を震わせ、全身全霊を込めてステアの顔を覗き込んだ。
 「…お姉さんなの…?」
 「…んあ?」
それは確かに聞き覚えのある声。
もう長いあいだ、ずっと夢だと思っていた声。
 「ぼくだよ、世界だよ!」
まるで運命と言うべき、ステアとの再会。
 「おまえ、生きてたのか!」
 「野生の生き物をなめないでほしいね!この通りだよ!」
スモーキーは二本足で立ち上がり、胸を張って健在さを誇示したが、先ほどまで罠にかかっていたのを指摘するとすぐに耳を折り、尻尾を下げてしまった。
それから二人は意気投合し、定住する家を持っていないステアはスモーキーと共にフェイヨンの森で生き、その中でどんな状況でも生き抜く術を身に着け、スモーキーはとうとう「変化の術」を覚えた。
スモーキーが人間の姿に変化できるようになってからは縄張りの森を捨て、二人は人の世へと生活の場を変えた。
適応するのに時間はそう掛からず、スモーキーは人間として生きることを選び、ステアから新しい名前を貰うこととなる。
 「そうだな、世界樹から取って…ユグドラシル…はどうだ?」
ステアの名案に新たな名前を貰ったユグは嬉しそうに頷き、満面の笑みを浮かべ「いいね!」と喜んだ。
その姿はステアより頭一個分ほど背の高い、金色の髪をした男ウィザードの姿であった。



二人はルーンミッドガルド大陸を冒険し、その最中に手に入れたエンペリウムという鉱石を国に奉納してギルドを創設した。
ユグが「もっと仲間が欲しい」と募集した所、まっさきに飛び込んできたのが影丞だった。
影丞はユグの正体がスモーキーであると打ち明けられても「急な食糧危機が回避できるから便利!」と合理的な理由をつけ、まったく驚かなかったそう。
 「そ、それって…タヌキ鍋…?」
ナルの発言にミカは強く頷き、今もステアの腕にて撫でられいるユグに視線を向ける。
 「いつか食べるわよ、絶対に!」
ミカの視線にユグは目に見えて分かるほど震え、ステアの首に絡み付くようにして聞こえないふりをしている。
苦笑するステアは慣れた手付きでユグの毛並みを整え、特にミカを制する様子もなく話を続けた。
 「それで影の後にアサシンが一人入ったんだ、用事があるとかで今はゲフェンに居ないけどなー」
アサシンと聞き、ナルは師が抱える秘密の過去を思い出し喉を鳴らす。
不穏な印象が強くなってしまった職であるが、すべてのアサシンが憂う仕事をしてる訳ではないのだと理解しつつも、心はほんのり不安色に染まる。
 「んで、その後にミカが入ったんだよな」
ステアの言葉に頷いたミカは、その綺麗な萌黄色の髪の毛を揺らしてナルにそっと耳打ちをする。
 「…だってね、ユグったら尻尾丸出しで街中を歩いてたのよ?」
 「ええ?尻尾?」
ナルの言葉にくすくす笑いながら、ミカはユグの毛量の多い立派な尻尾を指差す。
 「スモーキーがいるギルドだなんて、ナルもとても魅力的だと思わない?」
 「ミカは家から逃げたかったのも口実だろー?」
ステアに痛い所を指摘されたミカは、精一杯の抵抗だと頬を膨らまして抗議した。
 「それはそれ、これはこれよ?」
 「どーだかなー?」
ステアとミカの微笑ましいやりとりと、スモーキー姿のユグ。
その穏やかに過ぎていく時間は師と過ごす時間とは別の幸せに満ちており、ナルは心穏やかに紅茶を口にしたのだった。