あの後、ファルが試験のほとんどを手伝ってしまったせいでトーマス司教からすこしばかりの小言をもらったものの、ナルは無事にプリーストへの転職を迎えた。
司教による心構えの指導、そして心を試す質問の数々はナルの責任を問うものでもあり、改めて聖職者たる者がすべてに等しく手を差し伸べる強さを知った。
「祝福しよう、プリーストの道を歩くことを!」
トーマス司教の祝福を受け、支給された服もアコライトからプリーストのものへと変わる。
その様子はさながら羽化する蝶のような美しさを秘めており、見守るファルは感慨深く転職の儀を胸に刻んだ。
プリーストの師弟は大聖堂の扉をくぐり、夜でも賑わうプロンテラの街並みに瞳を輝かせる。
出会った場所も、また新たに旅立つ場所もいつも同じで、なんだかくすぐったく思えた。
「お師匠様、どうですか私!似合ってますか?」
隣で月明りに紺碧の髪を揺らし、プリーストの正装を身に纏ってくるりと回って見せる弟子はなんだか大人の雰囲気で。
「ふふ、とても似合っているよ」
「あ、すこし笑ってるじゃないですかー!」
そんなやりとりすら幸せなナルは、ファルの口から告げられた明日以降の予定に絶句することになる。
「明日から退魔魔法を覚えるまで、ゲフェンダンジョンでみっちり特訓するからね」
すっかり忘れていたが、ファルの師としての一面は厳しいの一言に尽きる。
厳しくする理由としてプリーストはパーティを支える重要な役割を担う職であり、また、退魔師ともなれば前線に出る場合もある。
どちらにせよ適切な判断力を問われるうえ、その采配一つで命の危機に瀕したり、最悪の場合ダンジョン内でパーティの決壊を招くこともある。
命を繋ぐという使命はファルにとって妹のネスの一件もあり優先度の高いもので、なによりも弟子に教え込みたいもの。
また念願のプリーストになったともなれば、その気持ちはさらに強くなり、その指導にも熱が入ってしまうのは仕方がなかった。
ゲフェンダンジョン、そこは魔法都市ゲフェンの中央にそびえるゲフェンタワーの地下にある遺跡を封じたダンジョンである。
過去にはゲフェニアと呼ばれる魔法に満ちた都市があったのだが一匹の悪魔の手により陥落し、その悪魔ごとタワーを建てる事で封印したのだと歴史書には書かれていた。
ゲフェニアにはエルフの秘宝と呼ばれる魔力増幅炉があり、そのお陰でゲフェニアでは大地から吸い上げた魔力を還元し、無限に魔法を使えることができたともされる。
しかしそれも今やタワーの下にゲフェニア遺跡ごと封じられ、もはや通じる道はない。
そんな言い伝えがあるダンジョンの地下二階にて、ナルは師に連れられ退魔魔法の特訓に日々励んでいた。
「うぅ…師匠みたいに詠唱できない…」
ウィスパーの群れをなんとか撃退できたものの、魔力のほとんどを使ってしまったナルはその場に座り込んでしまう。
「詠唱に関しては慣れもあるけど、精神回路の問題もあるからねぇ」
魔力の自然回復を促すマグニフィカートの祝福を授け、力尽きそうな弟子を狙いふたたび姿を現したウィスパーの群れにファルはマグヌスエクソシズムを与える。
冷静に闇を祓うファルの姿は勇敢な戦士にも劣らぬ魅力に溢れ、ナルは彼が自分の師であることを誇りに思う。
(師匠、すごすぎるよ…)
ファルが言っていた精神回路の問題とは身体に流れる魔力の道筋、その流れの良し悪しのことで、師弟で比べた場合でも明らかな差があり、それは生まれつきの差も大きいのだろうと師は語った。
ファルはアサシン時代に改造ともいえるほどの肉体強化をしているため、常人よりもその回路が開きやすいのだろうと言っていた。
(私もそんな訓練しないと、だめなのかな…)
「でもナルはまず、聖書の退魔術に関するページを正しく逆引きできるくらいにならないと、かな?」
「うっ!」
余計なことを考える暇など与える気のないファルは、正攻法にて弟子の強化をしていくつもりであることを積極的に伝える。
これこそがナルがファルの指導にて、短期間で力をつける事ができる理由でもあった。
「でも今日は宿屋にもどろうか、ぼく、ちょっと用事があるんだ」
「また、例の調べ物…ですか?」
ようやく回復してきた魔力を感じつつ、おぼつかない足取りで立ち上がったナルは、ここ三日ほどファルが昼過ぎから夜まで不在にすることに不安を感じていた。
今朝、勇気を出して理由を聞いてみれば、どうやらゲフェニアの悪魔に関する事件について調べ物をしているらしく、どうしても共に連れていけないと告げられたばかり。
ファルが唱えたワープポータルに乗り込むとそこはゲフェンの宿屋イフリートの前で、薄暗いダンジョンから一転した世界は陽光で目が眩みそうだと、ナルは目を細める。
「寂しい思いさせてごめんね…」
「大丈夫です、お気を付けていってきて下さい」
心配させまいと無理に笑顔をつくった弟子の額に祝福の口づけをし、ファルは夜には戻ると告げワープポータルでどこかへ出掛けてしまった。
ナルは一人でチェックインを済ませ、用意された部屋へと足を向ける。
東向きの出窓がある部屋はプロンテラの宿屋のネンカラスに比べるとすこしばかり狭いが、一番いい部屋であるのは確かでナルはため息交じりにソファに腰を下ろした。
夜まではまだまだ長く、師から受け継いだアークワンドに指を這わせ、その元の持ち主を思いつつゆっくりと撫でる。
昨日は露店でこっそりツインリボンを買って身に着けていたら、弟子が欲しがるものは師として用意がしたいらしく「先に教えて!」と懇願されてしまった。
(無駄なお買い物しない方がいいの、よく分かった…)
無駄遣いの反省というより、ファルに余計な心配を掛けると我が身に返ってくることを痛感したのだ。
(師匠ったら、ちょっとばかり心配性すぎるんだもの…もう…)
一人の女性としてではなく、年の離れた妹のような扱いをされていると感じつつ、ナルは窓から見えるゲフェンの露店街を眺めてみる。
首都プロンテラで窓など開け放てば人が行き交う雑踏が聞こえるが、ここ魔法都市ゲフェンは商売人の露店数自体も控え目であり、どちらかというと住民相手の商品の扱いが多いことに気が付く。
果物商人から買ったリンゴはプロンテラのものより酸味がある品種で、爽やかな口当たりはナルの好みであった。
(あのリンゴ、また食べたいな…)
酸味とともに口の中に広がった華やかな甘味を思い出すだけで口寂しくなり、意識はリンゴ一色に塗られてゆく。
窓の外を見れば天候は崩れそうな気配であるものの、雨が降り出してしまえば宿屋にこもらなくてはならなくなるので、せめて雨が降り始めるまではとナルは出掛ける決意をしたのだった。
宿屋を出るころには曇天であった空模様も、南噴水に着く頃にはぽつりぽつりと小粒の雨が降り始めてしまった。
この程度の雨ならばと、まだ店じまいをする様子もない露店を見て回っているうちにやがて雨粒は大きくなり、遠くで雷の音も聞こえる。
(これは諦めて戻った方がいいかも…)
雨により冷えた身体で体調を崩しでもすれば、きっと師はものすごく心配するだろう。
目に浮かぶ過保護なファルの姿を振り払うように、ナルは宿屋へ向けて走り出した。
しかし雨足はさらに強まり、とても宿屋までは自分の足が持ちそうにない。
(どこかで雨宿りしていこう!)
すこしでも弱まった頃合いを見計らうべく、ナルは鍛冶屋の軒先で雨宿りをすることにした。
雨に濡れた紺碧の髪はしっとりと肌に張り付き、湿気を含む空気はほんのり寒かった。
(やっぱり部屋で聖書の逆引きの練習でもしてればよかったよぅ…)
気休めだとばかりにスリットのある長いスカートが吸った雨水をしぼり出しながら己の浅はかな行動へため息を吐き出しつつ、すっかり濡れてしまった足元へ視線を落とす。
そこには濡れた靴と、クリーミーの蛹であるプパがいた。
「…え?」
なんど見直してもやはりプパはプパであり、まるで自分の足に寄り添うようにそれは脈打っていた。
街中でモンスターを見掛けるなんて、それはつまり…。
(古木の枝だ…!)
ナルの脳裏に浮かぶのは、ファルと出会ったプロンテラでの一件。
すかさず周りに他のモンスターがいないか見渡すが、モンスターなど気配すらも感じない。
ならば一体なぜここにプパがいるのか思考を巡らせていると、南噴水の方角から一人の男性プリーストが雨にも負けず走り寄ってきた。
「あー、いたいた!動かないでね!」
ナルの前に辿り着いたプリーストは、アイアンドライバーと呼ばれる聖職者が持つことを許されている鈍器を振りかぶり、迷うことなくそれをプパに叩きつけた。
蛹のモンスターがそれを防ぐ方法などなく、想像する必要もなくプパはプパだったものへと無残に砕け散り、その体液をナルの周囲に撒き散らせて命を終えた。
「ちょ、ちょっと…!?」
「あちゃー!ぐちゃぐちゃだ、汚しちゃってごめんよ!」
謝罪の言葉を口にしたプリーストはハンカチを取り出すと、さらに汚れてしまったナルの靴を拭おうとしゃがみこむ。
「わわ、大丈夫です!気にしないで!」
なんとかプリーストのハンカチを汚すのを阻止し、ナルは彼に立ち上がるようにお願いする。
反省している様子のプリーストは頭をかきながら立ち上がり、改めて謝罪をしてくれた。
「ごめんよ、もっとうまく倒すつもりだったんだよ…本当だよ?」
よくよく事情を聞けば、うっかり古木の枝を踏み折ってしまった彼はプパの出現を確認したものの武器が手元になく、仕方なく南噴水ちかくにあるカプラサービスの倉庫までアイアンドライバーを取りに行っていたのだと語った。
「そしたら雨宿りしてるプリ子ちゃんがいるし、これは急いで倒さないといけないと思ってさ!」
(ぷ、ぷりこちゃん…!)
突然の呼び名に思わず固まってしまったが、どうやら悪い人ではなさそうで、ナルはたまらず吹き出してしまった。
「うふふ!私はナルと申します、親切をありがとう、プリースト様!」
ナルの反応に気を良くしたのか、プリーストはアイアンドライバーを器用に回転させて持ち直すと、頭にのせている聖職者帽をとり深くお辞儀をする。
「こちらこそ祝福されし名前をありがとう、オレは影丞っていうんだ」
ファルよりも薄い金色の髪はくせ毛なのだろう、前髪の一部をうまく整髪料で整えており、先ほどの一件さえなければ、いたって真面目そうなプリーストである。
「で、ナルはどうしてここで雨宿りを?まさか一人なの?」
聖職者帽をかぶり直した影丞は、冒険者にしては連れもおらず、たった一人で雨宿りをしているナルに問う。
魔法都市ゲフェンは西方にグラストヘイムと呼ばれる朽ちた古城、北には国境都市アルデバランがミョルミール山脈を越えた先にある。
そのため冒険者パーティの中継地として利用されることが多く、プリーストが悪天候のなか、たった一人でいるというのは非常に珍しい光景なのだ。
「うん、宿屋を借りてるのだけど、ここからはすこし距離があって…」
「ああ、宿屋ってイフリートか…ふむ…」
二人の会話も途切れた合間にちょうど雨足も弱まり、雨粒の小ささもこの程度であれば問題なさそうである。
「あ…ちょうど雨も弱まり始めたので、私、行きますね」
会釈をしてその場を立ち去ろうとした、その瞬間。
「ちょーいと待って!こっち!」
影丞はナルの手を握り、弱まった雨の中へ迷う事なく駆け出した。
強引すぎる誘導に驚きつつ、ナルは引かれる手のまま影丞とともに雨のゲフェンの街中を走り抜ける。
進む道筋は確かに宿屋に向かっているが、とうとう東門の辺りで彼は進行方向を変更した。
「こっちこっち!」
角地に建てられたひとつの家を指差し、影丞はナルをそちらへと誘導する。
雨はふたたび強まりをみせ、二人のプリーストはずぶ濡れになりながら一軒の家を目指して走った。
「ど、どこに行くんですか!」
「オレの帰る場所!お、ちょうどいるぜ!」
家の前にある街路樹の影、そこには真紅の長い髪を雨にぬらす女ハンターが諦めた表情を浮かべて空を見上げていた。
「おーい!ステア開けてくれよ!」
「今日、鍵持ってるのはウチじゃねぇよ!」
二人がハンターの待つ街路樹の下まで来た時には雨はバケツを引っくり返したような降り方となり、ナルの靴を汚したプパの体液はそれだと分からぬほどに流れ落ちていた。
遠かった雷鳴も近くなり、雨足だけがどんどん強まる。
宿屋はここより角を曲がった先にあり、ナルはこのまま走り去ってしまいたい居た堪れない気持ちで俯いていると、ステアと呼ばれた女ハンターは気遣うようにナルに声を掛けた。
「…初めまして、か?」
凛とした声に顔を上げたナルの視線はステアの視線と交差し、彼女の髪の色と同じく真紅に染まった瞳は、まるでガーネットのような美しさを秘めてナルを写している。
宝石を閉じ込めたような神秘的な瞳に、ナルの心臓はすこしだけ高鳴った。
「あの…はい、はじめまして…こんにちは…」
雨に濡れたせいで艶が増したステアの髪も宝石のようで、ナルはなぜだか返事をするのが精いっぱいになってしまった。
今までファルと二人きりで過ごしていたせいもあり、女性の冒険者に会うこと自体も久しく、意図せず緊張する心はなんだか自分のものではないように感じる。
「へへ!そんな緊張しなくても大丈夫だよ!」
ステアの隣で笑顔を浮かべる影丞の姿に、ほんのすこし緊張がほぐれ、ナルは自然と微笑むと頷いた。
「ウチはステアだ、よろしく」
右手を差し出して握手を求めるステアにナルも応える。
「ナルと申します、よろしくお願いします」
ナルの手を握り返し、ステアは「にしし!」と悪戯っ子のような笑い声を上げると、優し気に目を細める。
切れ長ながらも優しさを秘めた真紅の瞳は、彼女が根っからのお人好しであることを物語っていた。
ナルは幼いころより他人の気性を察するのが得意で、直感で得た印象と気質がかけ離れていることはほぼなく、自分の人を見抜く力には絶対的な信頼を置いていた。
(この人、すごく良い人だ…)
ゆるやかに握った手を離しながら、ナルはなんだか付き合いが長くなりそうだとぼんやりと思う。
その間にも雨が止む気配はなく、しびれを切らしたステアが呟く。
「…ん、ナルを連れてきたって事はアレだな…」
ステアの呟きにびくりと身体を震わせたのは影丞だった。
「やっぱりか…影丞、お前なにかしたな?」
「誤解だよ、誤解!枝踏み抜いたらプパが出て、がつんと喰らわしたら靴汚しちゃってさ!」
「迷惑を掛けてるじゃねぇか!」
影丞がプパの一件を事細かに説明しようとした、その時であった。
ゲフェン東門から男女のウィザードが一組、雨から逃げる様にこちらへ走ってくるのが見える。
「遅いぞ、ユグ!」
「ひぃ!ずぶぬれぽんぽこだよ!」
ステアにユグと呼ばれた男ウィザードは慌てた様子でマントの中から鍵を取り出すと、迷うことなく家の扉を開けた。
ナルは影丞に手を引かれるまま、一緒に家の中へと入ってしまった。
「あー、もう!ユグのせいでウチの炎矢が全滅だ!」
ステアは乱暴に肩に背負っていた矢筒を床に投げると、手際よく全員分のタオルを渡してゆく。
「いやあ、しかしすごい雨だったぜ!」
「鍵当番がウチじゃなかったせいで、余計に濡れたわ」
「ぐぬぬ…ごめんよ、ステア…」
「仕方なしってやつだな、ナルはこのタオルを使え」
「あ、ありがとうございますっ」
ステアから渡されたタオルに顔をうずめると太陽の陽をたくさん浴びた香りがほのかに鼻をくすぐり、宿屋で借りるタオルよりもずっと心地よかむた。
ユグと呼ばれた男ウィザードは金の髪を一生懸命拭き、雨で濡れたマントを丁寧に脱いでいる。
その傍らにいた女ウィザードがようやくナルに気付いたようで、タオルに埋もれつつ首をかしげていた。
「…新人さん?」
まるで鈴を鳴らしたような綺麗な声だった。
若草のような萌黄色の髪は肩につかぬよう綺麗に切り揃えられ、瞳は深い茶色で宝石を埋め込んだ人形のような可憐さを持つ不思議な少女。
彼女の質問に髪を拭き終えたステアが肩をすくめ、ため息がてら答えを口にする。
「ああ、ナルの紹介してなかったな…影丞が迷惑掛けたって、ここまで連れてきたんだよ」
「まあ!影ったらなにをやらかしたの?」
「くだらないことだよ、いつものやつさ」
女ウィザードはナルの側へ寄ると、その小さな頭を下げる。
「私はミカ、ごめんなさいね…影、悪いヤツじゃないんだけど…」
「いいの、些細なことだったから!」
慌てて首を横にふるナルに、心から申し訳なさそうするミカは誰よりも影丞のいたずらに胸を痛めているように見える。
そのミカの後ろ、ユグと呼ばれていたウィザードが心痛な面持ちで口を開く。
「悪気がないからってイタズラするのはよくないよね、ぽんぽこもお怒りだよ」
「またそうやってユグは影を甘やかすんだから!」
「ええ?!ぼくに飛び火ですか?!」
ウィザード同士で言い合いを始めたがミカの方がユグより優勢なのは明らかで、ナルはそのやりとりを微笑ましく見つつタオルで身体を拭った。
あれこれ話しているうちに、ナルが宿屋に部屋をとっていること。
そして、この一軒家がギルド、ストレイキャットの溜まり場として借りている場所であること。
そのストレイキャットのギルドマスターがステアであることを互いに話した。
ステアがマスターを務めるギルドとは冒険者同士が集まる団体に与えられる名称であり、各職業が属するギルドとは異なるコミュニティである。
ギルドマスターとなる者はエンペリウムと呼ばれる特殊な鉱石を使い、代表としてその誓いを立てる。
その誓いは所属する冒険者たちに等しく役割を与え、世の中にはギルド間の優劣を極める闘争を目的とした集団もあるのだという。
「うちのストレイキャットは、気の合うやつらの居場所みたいなもんだ」
ユグが淹れてくれた暖かいココアを飲みつつ、ステアはナルに自分のギルドの話をしてくれた。
今はここにいないが、ギルドメンバーはもう一人アサシンが所属しているという。
濡れてしまったプリーストの制服はステアが責任をもって預かり、乾かしてから改めてナルに返すと、代わりに白いワンピースを貸してくれた。
ありがたくそれを受け取り着替えればやがて心も落ち着き、窓の外へ視線を向ければ雨足も落ち着いてきたようだ。
ココアで身体を暖めていると、ステアがナルに問い掛ける。
「ナルはギルド、入って無いのか?」
「はい、ずっとお師匠様と一緒にいたので、考えたこともなかったです…」
未所属なのがなんだか恥ずかしく思え、ナルは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
その様子になにか感じたのか、ステアは何度か瞬きをすると決意をしたように頷き、ナルに向かって告げる。
「影のことは何かの縁かもしれん…ウチのギルド、良かったらどうだ?」
「え…私が…?」
「体験でもいいさ、うちに来いよ」
戸惑いつつも揺れたナルの心を見逃さなかったのは、ステアのギルドマスターとしての才のひとつ。
影丞が連れてきた時の様子は、まさに野良猫のようで、ナルにはどこか人に懐かない雰囲気があった。
話をして打ち解けてゆく間に、どこか世間と壁をつくろうとしているのも伺え、ステアはナルを放っておけなくなったのだ。
ナルの師という人物がナルを大切にするあまり、手離す機会を失いつつあるのだろうことも伺える。
やはり彼女も野良猫なのだと、ステアの勘が告げていた。
「ナルのお師匠さんとよく話して考えてみてくれ、返事は服を返しに来てくれた時でいいさ」
ステアからのギルドへの誘いはナルの心に響く魅力に溢れており、また真っ直ぐな言葉と瞳は迷いなく心に届くもので。
(私が…ギルドに…?)
弱まった雨音が響くストレイキャットの溜まり場にて、ナルの心は揺れたのだった。