砂漠の都市を南東に抜け、砂嵐の向こう側。
ファルはアサシンギルドを目指し、ただひたすらに歩いていた。
その胸に秘めたるものは妹への懺悔とアサシンギルドへの不信感であり、彼の綺麗な空色の瞳は曇天のように濁っている。
ようやく来る者を拒むかのような砂嵐を越え、姿を現したアサシンギルド。
その階段を駆け上れば、まるでファルを待っていたかのようにアサシンマスターが腕を組み、その入り口に佇んでいた。
供回りはいつもと変わらぬ二人のアサシン。
「まるでぼくが来るのを知っていたかのようですね、マスター?」
カタールを抜き、ファルはただそうするのが当然であるとばかりにアサシンマスターへと牙をむいた。
供回りのアサシンの一人がファルの刃をフォーチュンソードと呼ばれる短剣で払いのけ、ファルを拘束しようと手を伸ばす。
しかし、それを見越していたファルはバックステップで回避すると、諦める事なく再びアサシンマスターの首へとカタールを向ける。
「そりゃそうだろう、妹を殺すよう仕組んだのは俺だからな」
アサシンマスターの一言。
たったそれだけで、ファルは理性の一線がぷつりと切れるのを感じた。
足は震え、頭は真っ白になり、もはやこれまでだと所持していたバーサクポーションを飲み干すと、ファルはまずは供回りを仕留めるべくカタールを振るう。
幸運の祝福に守られるフォーチュンソードを操る相手は厄介で、ファルの太刀筋をことごとく捌ききる様子は短剣自体が意志を持つかのように複雑な軌道を描いていた。
「くそっ!」
無理に摂取したポーションにより一時的な肉体強化を得たのはいいが、まるで全身の血が滾るような感覚は眩暈にも似ている。
諦める事のない腕は敵を屠るため、その刃を休める様子はない。
「そろそろいい頃合いだ、やれ」
アサシンマスターの合図に棒立ちしていたもう一人のアサシンが、錐と呼ばれる暗殺向きの短剣になにやら吹きかけると、ファルめがけてその腕を振るってきた。
カタールでブロックするにはいささか難色のある得物であるが、バーサクポーションで過敏なほど神経が研ぎ澄まされているファルにとってはさほど問題ではなく、突き刺すように繰り出される攻撃の数々をひとつひとつ確実に止めてゆく。
ただし、相手の数が問題であった。
幸運の短剣と、針のような短剣。
その二つを同時に相手できるほど、今のファルは冷静ではなかったのだ。
ファルの隙を縫うように繰り出された幸運の一撃は彼の右足を引き裂き、針のように鋭い突きは狙い通りに左腕に深く刺さる。
「!!」
悲鳴こそ耐えたが、自分の足が膝から崩れ落ちるのを感じ、ファルはアサシンマスターを睨みつけた。
毒に耐性のある自分に効果があり、さらに即効性の強さから巷で噂される新毒なのだろうと、痺れる脳で状況を把握すべく必死にもがくが、それこそ意味のなさない無駄な行動であった。
「アビスレイクのドラゴンを麻痺させるほど強いやつだが、正解の濃度だったな」
(パラライズだ、くそ…)
錐を持っていたアサシンの言葉と、次第に麻痺していく感覚に思い当たる新毒の一種を脳裏に浮かべたが、受けてしまった毒を即座に分解できるほど器用な身体ではなく、ファルはその場に倒れ込んだ。
「足のケガはすぐに治せ、致命的だ」
アサシンマスターの声掛けにフォーチュンソードを持っているアサシンが頷き、白ポーションと呼ばれる高級な回復薬をファルの傷口に塗り込んでくれた。
さわるなと声を上げたいが、麻痺毒は舌の自由さえも麻痺させ言葉にならない声だけが上がる。
供回りを下げたアサシンマスターはファルの側に近寄ると砂嵐の轟音が鳴り響くなか耳元に口を寄せ、ファルにだけ聞こえる声量で告げた。
「ファル、そのまま耳を傾けろ、いいな?」
アサシンマスターから聞いたのは、耳を疑いたくなる内容だった。
ネスの暗殺依頼は彼女が所属していたイグドラシル研究所からのものであった。
所属するアサシンの家族がターゲットともなればだまって依頼を受けるほど人の情は忘れた集団ではないギルドは不穏な動きを察知し、研究所への調査を行うと出てきたのはリヒタルゼンとレッケンベル社の名前。
しかもアサシンギルドに動きがみられないと思ったのだろう、調査の間にも怪しい動きを見せており、それはいつネスへ災厄として降りかかってもおかしくないほど、相手側の本気が伺えたのだとアサシンマスターは告げた。
「有能な人間を集っているという…お前の妹もそうなる間際だった」
人間をどうにかして兵器化する目論見があるという噂話も、もはや噂話には聞こえなかった。
「大きな力が動いている、お前は行方をくらませろ」
「ネスを…なぜ…」
渾身の力を振り絞り問えば、アサシンマスターは目を閉じる。
「家族がおもちゃにされるなんて、お前じゃ耐えられんだろう…」
兄が知らない間に有能な妹はとんでもない事に巻き込まれて、その痕跡を消すには死でしか道がないほど深い毒牙にかかっていたのだと、そう告げられた。
それはジュノーに行くもっと前、ゲフェンのマジシャン学校の頃から仕組まれていた毒だったのかもしれない。
もはや分岐点など分からぬほど、そして気付かれぬほど、大きな何かがうごめいていた。
ネスの暗殺は他のアサシンにさせても良かったが、どの道を選んでもファルには後悔しかなかったのだと、そうも言った。
「国家間の関係を揺るがすなにかがあそこにはある、お前はこのまま足を洗え…さらばだ、ファル」
溜め込んでいた金はカプラサービスに預けてあることを告げ、アサシンの証明でもあるアサシンマスクを取り上げると、アサシンマスターはファルの身体に蝶の羽をちぎって振りかけてやった。
途端にファルの身体はセーブポイントへの帰還となり、その場から魔法のように姿を消した。
砂嵐は一層つよく轟音をあげ舞い上がり、アサシンギルドをその奥深くへと隠すように吹き荒れた。
ファルが帰還先として登録していたのは、国境都市アルデバランだった。
まだふらつく身体を引き摺りながら教会を目指せば、そこにはまだマルシス神父と、ネスの荷物を運べるものだけまとめて持って帰っていた寿がいた。
満身創痍のファルの姿にさすがの寿も驚き、声を震わせた。
「ひぇぇ!めちゃくちゃやられてんじゃん!」
「よく命を取り留めましたよ!さあこちらへ、ヒールを!」
傷を癒してもらう間、ファルはアサシンギルドでのことを二人へ告げた。
レッケンベルの名前には二人とも眉をひそめたが、やはりなにか感じるものがあるようでもあった。
「…ネスの事は、ぼくが適任だったと思う…」
ファルの消え入りそうな声に掛ける言葉も見つからず、寿は俯いて「そうか」と答えた。
ヒールを掛け終えたマルシス神父は瞳を伏せ、言葉を選んだ。
「ネスが人体実験になんらかの形で関わっていたのなら、いつか裁きを受ける時はきたでしょう…」
「…それはネスの意図がなかったとしても、ですか…?」
ファルの縋るような声は懺悔のようでもあり、神父は頷いてファルの気持ちを受け止めるべくロザリオを手にした。
「賢い子でしたから、いつか己の過ちに気付いたでしょう」
ネス自身がもう戻ることのできない間違った道へ進み切ったとしたら。
ネス自身が実験対象となってしまったとしたら。
先に広がる地獄の窯の蓋は確実に口を開けており、妹が手を離れた時点で失うのは確実だったのだと、ファルは涙を堪え切れずに零した。
「他の誰でもない、ファル…あなたに課せられた運命だったのでしょう…」
「重すぎるだろ、運命…」
寿の言葉に神父も頷き、その手にしていたロザリオをファルに握らせる。
「ファル、あなたはアサシンを破門にされたと言いましたね?」
「…ええ、足を洗えと…」
ファルの言葉に強く頷き、マルシス神父は神の御使いのように祈りを捧げる。
片手に開かれた聖書は祝福に関するページであり、ファルは不思議そうに神父を見上げた。
「退魔師になりなさいファル、あなたが闇から守りたいと思ったものを守れるように…!」
「…とまあ、ぼくがプリーストになったのはそういう経緯があってね」
過ぎた過去だと苦笑しつつ打ち明けてくれた師の姿は、やはりどこか寂し気でナルは胸をしめつけられる思いで頷くのが精いっぱいだった。
「マルシス神父の計らいもあって、プリーストには一週間程度で成れたんだけど…ナイショだよ?」
穏やかな笑顔を浮かべて内容を付け加えたが、もうナルの気持ちはそれどころではない。
プリーストになるという責任の重さを?みしめていたし、何よりこれだけは彼と師弟であり続けるうえで確認しなくてはならない。
ナルは意を決して師に問う。
「私を弟子にしたのは…顔つきが妹さんに似ていたからですか?」
「ちがうよ」
即答は真実の証明。
空色の瞳は嘘偽りないことを示し、ナルの紺碧の瞳を見つめていた。
「ナルを見て、守り導きたいと思ったから」
手を握る力は真摯であり、その力強さは信頼でもある。
「重ねて見る時がないとは言えないけど、ナルを守っていきたい気持ちは本当だよ」
ファルの言葉は優しさに溢れていたし、なによりもう師の導きなしでは進めないと思い込むほどに心を寄せている自分に気付き、ナルは素直に頷くことしかできなかった。
優しい視線に笑顔を返し、ナルは心のままに答える。
「私、きっと代わりにはなれないけど…お師匠さまのこと、支えられるようにがんばりますね!」
ナルの言葉は真っ直ぐファルの心へ届き、永い事、自分が支えを求めていたことに気付かされた。
言葉はまるで祝福のように降り注ぎ、それは新しく家族ができたようでもあり、ファルは頬を染めて頷いた。
「うん、ありがとう、やっぱりナルを弟子にしてよかった…!」
ファルは弟子を優しく抱きしめると、幸せを噛みしめる。
(ネスにしてあげられなかったこと、ナルにはしてあげたい…!)
二人は手を取り合い、転職試験を終える為、ゆっくりと歩き出したのだった。