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第4話 フェイヨンダンジョンのおばけ

ファルに起こされ大聖堂についたのは、まだプロンテラに朝市の商人たちの活気がのこる早朝。
緊張と期待に胸を膨らませるナルは、本日のパートナーとなる剣士がどんな人物なのか、また自分が期待通りの支援がこなせるかどうか、様々な不安要素で頭の中を埋め尽くしていた。
 「ナル、肩に力が入りすぎじゃない?」
隣のファルは落ち着き払った様子で、ナルはさすが経験者は違うと尊敬の想いを募らせるがそれはファルが自ら行った根回しのせいであり、その事にもちろん気付くはずのない弟子の初々しい姿はファルにとって大変微笑ましいものであった。
ナルは深呼吸をして心を落ち着けると、改めてファルを見た。
 「お師匠様は初めての支援のお仕事、緊張しなかったんですか?」
 「ぼくかい?そりゃ人並みにはしましたとも!」
そんなナルの気持ちを汲み取るかのようないつもと変わらぬ師の姿に、先ほどまでの緊張が少しずつほぐれてゆく。
自然と顔はほころび、肩の力もゆるりと抜けたナルは、東門の方向よりこちらへ向かってくる剣士の姿に気付いた。
 「師匠、もしかして…あれ…!」
弟子の指さす方角、それはマルシス神父から受け取った依頼通りの男剣士で、ファルはその出で立ちから彼で間違いないと確信すると頷いてみせる。
師弟の元にて足を止めた剣士はナルの髪色より薄い青色の髪をしており、年齢もファルよりはいくらか若く見える青年で、剣士にしてはめずらしく眼鏡を掛けていた。
 「ナルさん、ですかね?」
 「はい、今日はよろしくお願いしますっ」
上ずった声で握手を求めるために手を出したナルの様子に、剣士の男はすぐさま緊張に気が付くとよろこんで手を差し出してくれた。
 「ノインと言います、こちらこそよろしくお願いしますね」
二人の邂逅は快晴の空の如く爽やかなもので、隣でその様子を見ていたファルも穏やかに見守りながら安心した。
いくら保険を掛けたとしてもやはり弟子の初パーティは心配であるし、相手の人なりなど実際に会ってみるまで分からないもの。
二人のやり取りを見る限りノインと名乗った剣士はナルと相性の良さそうなタイプで、ナルも積極的に今日の段取りなど確認している。
 (これなら大丈夫そうだな…、うん!)
ようやくパーティ二人の話がまとまり、すこし冒険に慣れてきた剣士と初々しさ残るアコライトはフェイヨンダンジョンの三階、そして反魂の札と呼ばれるアイテムの入手を目指すことになった。
 「お師匠様、ワープポータルをお願いしてもいいですか?」
 「ああ、もちろんだとも!」
旅立つ二人に祝福の支援魔法を唱えたファルは、触媒のブルージェムストーンを取り出すとフェイヨンへのワープポータルを開く。
律義に頭を下げる剣士の姿は好感が持て、またほんのすこし寂しそうな顔を浮かべたナルの姿もまた堪らないもので、ファルは二人に手を振って送り出した。
二人の姿が消えて間もなく、大聖堂の周りに植樹された木の裏手より銀髪のアサシンが姿を現すとファルは新たなブルージェムストーンを手にする。
 「寿、どうだった?」
アサシンは昨夜、護衛の依頼をした寿であり、彼は唸りつつ目を閉じて答えた。
 「んー…似てるっていえば似てたかもな」
 「ふふ、そっくりだろう?」
はぐらかしたつもりだったのに、逃がさないと言わんばかりに断言したファルに顔をしかめつつ、寿はアサシンマスクを口元に装着した。
 (まあなんにせよ、お熱になってるのは間違いないけどな…)
あえて口にしないのは自分が巻き込まれない為の保険で、付き合いの長いファルが己が信じるものに没頭すると抜け出すのに時間がかかることを寿はよく知っていた。
装備や所持品を再確認しつつ間違いなく準備が整ったことを伝えると、ファルは惜しげもなく支援魔法を唱えてふたたびフェイヨンへのワープポータルを出現させる。
 「じゃあ頼んだよ、寿」
 「ああ、間違いなく護衛してみせるぜ」
ワープポータルの光の彼方へ消えた寿を見送り、ファルは露店があふれる南十字路を目指し歩き出す。
 (さてと…一人での買い物、ゆっくり楽しませてもらおうかな)


送り届けられたフェイヨン弓手村、その奥に口を開ける洞窟がフェイヨンダンジョンである。
遠い過去に遺棄された古い街は永い時を経て今や土中にあり、土地柄のせいか魂が迷いやすく、朽ちた死体が動き回る洞窟は天然のダンジョンとなっていた。
内部は弟子入りしてからずっと特訓に利用していたナルには見慣れたものであり、また剣士もはじめてのダンジョンではないとの話の通り危ない場面もなく、着実にその歩みを深部へと進めている。
 「お師匠様って呼んでたけど、ナルは随分と若い人についているんだね」
ノインの言葉にナルはくすりと笑いながら、彼の真面目な考えを推測した。
師事を担うのは経験豊富な老年の人物が多いと後に聞いたナルも驚いたもので、恐らくノインと年の差がなさそうな青年が師事するのは珍しく思えるのであろう。
 「私のお師匠様、若いけどちょっと有名な退魔師みたいなの」
 「若い退魔師…、もしかして!ファル・スカイ?!」
ノインの驚きっぷりに思わず腰を抜かしそうになったが、なんとか頷いて応えることができた。
そんなナルの反応にノインは顔を青くし、口をわなわなと震わせ、後悔を絵に描いたようながっかりとした表情を浮かべる。
 「そんな…まさかあの人が…!握手してもらえばよかった…!」
なんという落胆ぶりであろう。
そういえば以前、大聖堂へ支給品を受け取りに師弟で伺った際、黄色い悲鳴をあげてファルに駆け寄るアコライトたちが数名いたのを思い出し、その時と同様、言い表せないモヤモヤした胸の煙を持て余したナルは、曲がり角より出現したグールに気後れする事なくホーリーライトを浴びせた。
 「ノイン、集中して!」
 「ああ、ごめん!」
自覚はしていなかったが、師から教えられた視野の広さは二人を結果として救った。
 (誰よりも周りに気を配り、決して気配を探るのを怠らないこと…!)
ノインには後で握手をしてもらえるよう頼むと伝え、二階と呼ばれるフロアを抜けつつあることにナルは緊張していた。
この先に出現するボンゴン、そしてムナックとよばれる少年少女のゾンビだ。
彼等ゾンビはこの階層に潜む数がとても多く、迂闊に進むと致命的な事態に陥るのをナルはよく知っていた。
しかし、ノインがどうしても手に入れたいという”反魂の札”とよばれるそれはムナックを倒さねば手に入らぬ希少なもの。
 (自分の魔力のコントロールで滞在時間が変わる、気をつけなきゃ…)
先ほどナルに活を入れられたノインも目が覚めたのか、互いに慎重になりながら洞窟内を進んでゆく。
遭遇するのはファミリアばかりで、二人はとうとう開けた小部屋のような広い空間へと辿り着いた。
 「…なんかおかしくない?」
 「こんなにムナックたちに遭遇しないなんて、今まで経験にないんだけど…」
二人で顔を見合わせ、状況の異常さに緊張が高まる。
明らかな異質。
いつもなら五体や六体まとまって出現する事がほとんどであり、時には攪乱されるほどの群れが襲い来ることもある。
しかし今日はその気配すら消えてしまいそうなほど弱々しい物で、あまりの異常事態にナルは先日のピラミッドの一件を思い出し身体を震わせた。
 (フェイヨンダンジョンの地下には、狐の古代モンスターが封じられている…)
すこし前、師であるファルから教えられた言葉は恐怖を呼びよせ、ナルの視界は緊張により狭まる。
油断をした、その時であった。
物陰より薄汚れた桃色の道着に身を包み、大きめのキョンシー帽に札を張り付けた少女のゾンビ、ムナックがナルを目掛けて飛び出してきたのだ。
 (しまった!)
紺碧の瞳にムナックの白い爪が映る。
心の隙を見せてしまったナルにそれを防ぐ術はない。
引き裂かれる、そう覚悟したはずの攻撃がナルに届くことなかった。
なにかに払い除けられたムナックは腕を大きく振りかぶり、そのまま足をもつれさせ体勢を崩し、その隙を見逃さなかったノインは一閃を食らわせ帽子を取り上げた。
その途端、白い死人の肌を持つ身体はその場に座り込むようにして、その活動を停止する。
 「ナル、大丈夫だった?!」
 「ええ、私は平気!」
ムナックの帽子から反魂の札を剥ぎ取ったノインは、ナルの身が無事であることに安堵した。
 「しかし今日のフェイヨンダンジョンは変だ…」
動き回る死体たちの数はめっぽう少ないし、特に先ほどのナルの身に起こったムナックの異常行動は説明のしようがないほど不気味だった。
まるで見えない何かがナルを守るように動いたようにも見えたし、ダンジョンに入ってからというもの、まるで三人でいるような気配がずっと続いている。
 「ねえ、ノイン…私、実はずっと三人いるように感じているのだけど…」
 「ああ、オレもそう感じてた…」
目的だった反魂の札を握りしめたノインは、自らの背中に冷や汗がつうと流れるのを感じる。
誰かいる感覚。
それはクローキングと呼ばれる迷彩技術により、姿も痕跡も消し去っている寿、その人である。
しかし彼の事情など知らない二人は、最早すっかり恐怖に当てられ口を噤んでしまった。
 (えー、なんだよもぉ…オレのせいでめちゃくちゃ空気悪くなってんですけどぉ…)
初めからクローキングで姿を消して、二人と共にフェイヨンダンジョンを進んでいた寿は悲痛な気持ちで口を噤んでいた。
先ほどのムナックの一撃もあのまま受けていれば確実に顔に怪我を負うもので、もしそんな状態で帰還させればファルから何を言われるか分からないのは間違いなく、たまらず寿が跳ね退けたもの。
しかし二人からすれば、説明できない力が跳ね除けた異常現象であり、あまりに異様すぎる光景は思い出すだけで足をすくませた。
 「…ナル、札も手に入ったことだし、帰ろうかなと思うんだけど、どう?」
 「うん!賛成!ワープポータル出すね!」
怯え切った二人は異常事態が起きているフェイヨンダンジョンから一刻も早く脱出したく、早々に合点したナルはワープポータルを出現させた。
ノインは周囲に警戒を払いつつ「先に行くね!」と迷いなく姿を消し、ナルもそれに倣ってワープポータルに乗り込もうとした。
その瞬間、見えない何者かが自分よりも一足先にワープポータルへと消えるのをナルは見た。
そう、なにかを見てしまったのだ。
 (な、に…いまの…?)
その光景にすっかり血の気は失せ、たまらずファルの元へと逃げ帰りたい心持ちになったナルは慌てに慌て、自らもワープポータルの中へと飛び込んだのだった。



転送先はプロンテラ大聖堂の前。
賑わう人々の気配と、太陽の光がふりそそぐ光景に、ようやく生きた心地を取り戻す。
帰還予定時刻より大幅にはやく切り上げてしまったため、ナルは慌てて通信魔法で買い物中のファルを呼び出し、ダンジョン内で起こった異常を涙をこらえ訴えた。
ファルが到着するまでにノインは商人に買い取りしてもらえそうな戦利品を整理し、ちょうど折半となるように分けてくれており、ナルの初パーティ体験はダンジョン内のトラブルを除いて無事に幕を下ろすことができた。
 「なんだか忙しなかったけどありがとう、元気でね!」
ファルと念願の握手も叶ったノインは反魂の札を手に、ふたたび会える日を願いながら師弟と別れるとプロンテラの人の波へと向かい、去り行くノインに手を振るナルはファルの袖を強く握っていた。
 「…もう当分、どこにいくにも師匠といっしょがいいです…」
 「え、そんなに怖かったの?フェイヨンダンジョンが?」
ファルの言葉に声を揺らし、ノインの前では伝えるのをこらえていた最後のワープポータルの話をすればファルは笑い声を上げ、泣く子をあやすように優しく弟子を抱きしめた。
 「あはは!そんなの気のせいだよ!」
 「でも!誰かが乗ったんです、絶対に乗ったの見たんです!」
ファルにはそれが寿が乗り込んだのだとすぐに理解していたし、今も近くで師弟の様子を伺っているのも知っていた。
しかし怖がる弟子の姿はあまりに愛しく、自分のやりすぎた采配にすこしばかり反省した。
 「大丈夫、ぼくはずっと一緒にいるから!」
弟子の頭を撫でつつ、寿にはあとで詫びを入れればなるまいと、ファルは微笑んだのだった。