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第2話 退魔師

ナルが弟子入りしてから一ヶ月ほど経過し、師弟は拠点とする首都プロンテラより南方に位置する砂漠の都市モロクを訪れていた。
師弟は一定の住居は構えることなく旅先で宿を取るという生活をしており、支給されるものがあればその都度大聖堂に立ち寄り、貴重となるものは冒険者御用達のカプラサービスにて共有できる倉庫に預け、必要とあらばファルのワープポータルにて移動をする、さすらい狼のような日々を送っていた。
それでもナルが不自由だと感じることがないのはファルの行き届いた心配りのおかげで、むしろ幼いころに育った修道院での生活の方が息が詰まっていたと思うほど充実ぶりでありながら、ファルの指導はプリーストとして確かなもので、本来の手順を踏めば取得に三日ほど要するヒールの魔法を初日に取得させる徹底ぶりを極めていた。
また、出会ったその日に退魔師を目指すと言っていた弟子はアコライトととして以前に未開化な面がまだまだ多く、ファルはアコライト時代に詰め込むべく、その指導に出来る限りの心を込めていた。
 「ほら、また全力を注いだね?」
ヒールに対する魔力の加減が出来ず、ほぼ全魔力を注ぐ弟子に優しく声を掛ける。
 「うぅ…師匠、ごめんなさい…」
ふにゃふにゃと肩を落とす弟子の姿は愛らしく、つい甘やかしてしまいそうになるが奥歯を食いしばりながらファルはそれに耐えて見せる。
彼女が目指す道であるプリーストは神罰の代行者のようなものであり、大地からの魔力を頼り自然現象すら操る魔術師達とは訳が違うことをファルは教えておきたかった。
 「相手を思いやる心が大事なんだ、分かるね?」
ファルに指摘され、聖職者としての教えを思い出し素直に頷くが、頭ではそう分かっていても力が有り余りすぎるのは否めないし、加減が分からないのは己の限界を知らない証。
その事にファルは危機感を感じていた。
 (うーん、これはそろそろ自分の限界を教えるべきだな…)
ファルと共にいる時であればいくらでも補助をし支えてやることができるが、自分の手から離れた時に彼女に訪れるのは間違いなく魔力の枯渇による危機である。
特に消耗の激しい前衛職と共にある時にそうなれば命を脅かされる可能性が高く、弟子の最期など想像するだけで心臓は早鐘を打つし、それを未然に防ぐのも師の務めというもの。
今日、モロクに来たのはその為だった。
つい先日まではフェイヨンダンジョンにて不死属を司るモンスターを相手にし、未来で退魔師になったときに不死属を恐れることのないよう土台作りを行ってきた。
ようやくナルもアコライト唯一の聖属性魔法であるホーリーライトを覚え、危険度の低い他モンスターにも対処が出来るようになった。
 (手荒かもしれないけど、このタイミングで悪魔にもなれさせておかないと…)
言葉を解さぬ不死属とは違い、悪魔と呼ばれるモンスター属は人を惑わせるために人語を理解する。
それは時として退魔師であろうとも堕落をさせられるものであり、また心を支配されるものでもある。
ナルが自分と同じ退魔師を目指すのであれば対峙するのは避けらない道のひとつであり、それを生業とするのであれば経験は豊富な方が有利。
自身の後ろをひよこのように付いて歩く弟子に一抹の不安を抱きつつ、師弟はモロク北に存在するピラミッドダンジョンへと向かった。




師弟は飛び回るファミリア達の群れを抜け、とうとう二階の階段前へと辿り着いていた。
道の途中でファルがホーリーライトの扱い方を見せればナルもそれに倣い、初めて扱う魔法にしてはうまく使いこなしている。
 (すこしハードルは高めだけれど行けなくはないな、よし…!)
ファルは憂う心を決意で固め、弟子の姿を空色の瞳に映す。
ファミリアの群れを抜けるだけでも息が上がっているが、自分の試練を越えねば未来はないと己に言い聞かせる。
 「さてと、ぼくは先に三階入り口で待ってるからここからはナル一人でくるんだ、いいね?」
師匠の言葉にナルの顔が一気に青ざめる。
 「む、むりです!初めてのダンジョンなのにっ!」
 (知ってた!その反応になるの知ってたよ…!)
不安げな表情で首を横に振る様子は想像の通りで、その可哀想な姿にファルは奥歯をつよく噛みしめた。
フェイヨンダンジョンにはない人工的な造り、そして迷宮を彷彿とさせる構造は、手練れの冒険者でも迷うのがピラミッドダンジョンの特徴で漂う空気の重圧も他のダンジョンより強く感じられる理由は、行き止まりの多い造りのせいともいえる。
しかも、上階層へいくにつれてモンスターの凶暴さは増し、毒を好んで扱うものが多いのも攻略の難易度をあげる要因のひとつであった。
 「いざとなればテレポートもあるし心配いらないよ、これが地図だからなくさないようにね」
地図を手渡し弟子の額に祝福の口づけをしたファルは、穏やかな笑顔で階段を昇って行ってしまった。
あっという間に暗闇へと姿を消した師の後ろ姿に絶望したナルは、震える手で地図を見る。
 「ど、どうしよう…ムリだよ、絶対…」
地図には丁寧に出現モンスターまで書き込まれており、なかにはヒールで浄化出来ないモンスターも存在しており眩暈がする。
 (お師匠様、言い出したら聞かない人だから…行くしかない…)
すっかり生気を失くした表情を浮かべつつ、師から受け継いだアークワンドを握りなおしたナルは震える足で二階への階段を登った。
階段を上り終えたナルが感じた空気は思ったよりも重くなく、むしろ一階よりも快適であることに驚きつつ、辺りの様子を伺うために耳を澄ませばどこかで水音もする。
 (砂漠のダンジョンだけど、水がしみ出しているのかしら…?)
ダンジョンゆえ心地好くはないが砂漠の地にあるとは思えないほど冷えた空気の中、迷路のような地図から出来うる限りの最短コースを選ぼうと視線を落とせば、地図には丁寧に赤い線で三階への最短コースが示されており、この気遣いにファルの優しさがうかがえる。
 (どうせなら一緒に行ってくれたらいいのに…師匠…)
師のお節介すぎる一面に肩を落としつつ、地図全体を占める怪奇な造りにナルはため息を漏らした、その時であった。
彼女の頬を一本の矢が掠め、ちりりとした殺気を感じる。
 「…っ!」
頬に残った擦り傷に構うことなく振り向けば、そこに現れたのはアーチャースケルトン。
 「フェイヨンダンジョンでもお世話になったもの、大丈夫!」
ナルは師から受け継いだアークワンドを構え、自分の足元に遠距離による物理攻撃を無効化できるニューマを展開した。
紺碧の瞳でモンスターを見据え、呼吸を整え魔力の加減を調整する。
 「必要なのは慈愛の心、いいね?」
ファルの声が耳元で鮮やかに蘇ると意識は自然と杖の先へと集中し、魔力は必要な分だけ集約をはじめる。
大丈夫だと心の中で己を言い聞かせ、ナルは魔力を解き放った。
 「不死者よ、浄化されたまえ!ヒール!」





その頃、三階にてナルを待つファルは何度も懐中時計を見て、そわそわする心を押さえるのに必死であった。
 (あと五分…いや三分以内にこなかったら、迎えに行こう…!)
自分で置いてきた弟子を案ずる気持ちは隠しきれず、ふたたび懐中時計を確認してしまう。
 (こんなことなら慣れてるフェイヨンダンジョンでやればよかった…)
後悔先に立たずとはよく言ったもので、ファルは自分の試練をひたすら後悔していた。
ナルの事を案じつつ、弟子なんて生涯一度も取るつもりが無かったことを思い出したファルはペンダントを取り出し、中にしまわれている古びた写真を見るとゆっくり目を閉じ、天井に遮られている空に祈った。
 「髪の色は違えど、顔の作りがそっくりだったんだよ…ネス…」
写真には金色の長い髪をした、一人の少女が写っていた。
顔立ちは確かにナルによく似ており、その服装は少女がセージということを主張している。
再びペンダントを胸元にしまい込んだファルは立ち上がり、時間を確認すると背伸びをした。
 「あと二分あるけど、どうにも我慢できそうにないな…」
ナルが苦戦しているであろう階下へ向かおうと愛用のアークワンドを手にするが、ふわふわと漂う腐敗臭は退魔師をその場に引き留めるには、十分すぎる理由だった。
 「ああ、やっぱり放っておいてはくれないんだね」
ファルが横目で伺えば闇に浮かぶ赤い瞳。
ピラミッドダンジョンのみ生息するマミーの襲来であった。
 (七匹くらいいる、群れだなんて珍しいな…まさかね…)
杖を構え詠唱に入ろうとするファルの様子を見逃さなかった一匹が、その鋭く尖った爪で切りかかる。
しかし、それが退魔師へ届くことはなかった。
 「残念、すこし遅かったね、もう顕現してるよ」
退魔魔法マグヌスエクソシズムは一瞬にしてマミーの群れを消し去り、ファルは杖を器用に操ると腰に装着し直し、そこに残ったのは立ち上る退魔の光柱と、執行者である術者のファルだけであった。
 「し、師匠ぉ…!」
階下からの階段から頼りない聞き覚えのある声が聞こえ、ファルが慌てて振り返れば修羅場を乗り越えた満身創痍の弟子の姿。
 「遅かったから心配してたけど、これはひどい事になってるね、どれどれ…!」
ファルは弟子の右腕の出血部位に指を沿わせ、跡が残らぬようにと回復魔法を施す。
他にも怪我が認められる部位を癒していると、三階間際にてイシスと呼ばれる蛇女のモンスターと鉢合わせした事を弟子はぽつりぽつりと教えてくれた。
ホーリーライトでなんとか退けることが出来たがナルが相手にするにはいささか時期が早い相手であり、撃退するだけで魔力は見事に枯渇し、そのせいで自分への回復魔法がかけられず、命からがら師が待つ三階へと逃げるように駆け上がってきたのだと話してくれた。
 (おかしいな、イシスとか危ない類は浄化してきたつもりだったんだけど…)
せめて弟子が瀕死になりかねない危険なモンスターは事前に駆除したつもりであったファルは、どうにも納得し難いようで首をかしげた。
モンスターの出現の波長が変わるというと、どう考えても思い当たるのはひとつ。
 (…いい機会かもしれない、ちょうど懸賞金も出てたはずだし…)
ナルの全身にあった傷をすべて癒し終えたファルは、彼女の魔力の回復を促すマグニフィカートの祝福を与える。
 「ねえ、ナル、ぼくがお仕事するの見てみたいかい?」
師からの言葉にナルは背筋を伸ばす。
 「それって…退魔のお仕事ですか?」
 「うん、あまりない機会だなと思ってね、どうかな?」
自らへ差し伸ばされたファルの手にプロンテラで出会ったあの日を重ねたナルが、迷う理由などありはしなかった。
タイミングよく魔力の回復も終わりを告げ、ナルは差し出された師の手を取る。
 「はい、見せていただけるのであれば!」
 「ふふ!お望みとあらば期待に応えよう、お師匠様ですから!」
期待を込め紺碧の瞳をゆらす弟子の姿はなんとも心地よいもので、ファルは弟子の手を引くと共に四階への階段をくぐるためゆっくりと歩き出す。
二人の足音に吸い寄せられたのだろう、ふたたび数匹のマミーが姿を現しファルへ敵意を顕わに襲い来るが、やはりその鋭利な爪は届くことなく退魔の聖域により阻まれてしまう。
 「さあ、気を付けて」
手を引かれるまま、ナルも師と同じ歩幅で歩みを進める。
 (あ、ちがう…師匠が合わせてくれてるんだ…)
まるで舞踏会のエスコートのように、時に手を取り、時に肩を抱き、もう二度と置いていくことなどないように振舞うファルに気付いたナルは息をのむ。
 「あの、お師匠様…?私ったらすごく邪魔なのでは?」
おそるおそる尋ねればファルは首を傾げ、穏やかに微笑む。
 「なんで?大事な弟子を守れないだなんて、師匠として失格じゃない?」
 「…!」
交差する空色の瞳と紺碧の瞳は、まるで空と海のように静かに互いを映し合う。
もはや言葉を交わす事すら惜しいほどに、ナルは敬愛する師の退魔師としての立振る舞いを目に焼き付けようと決めた。
 「ぼくは自分が守りたいと思うものを守れるようになる為に、退魔師になったんだ」
そう告げたファルは迫りくるイシスをホーリーライトで退け、聖なる光を浴びた蛇女は悲鳴を上げ、その身を焦がす。
 「今はナルを守りたい、それだけだよ」
穏やかな言葉とは裏腹に、ファルの目には強い意志が宿っていた。
道を阻むモンスターたちなど相手にならぬといった様子のファルに浄化され、扱うホーリーライトももはやナルが扱う魔法とは別物のように光を放つ神の刃となり、敵意を持ったモンスターたちに振り下ろされてゆく。
 (お師匠様、すごい…!)
ファルが得意とする詠唱の執行の速さは類を見ないものであり、そもそも彼元来の魔力も非常に高い。
大聖堂のマルシス神父からあらかじめ師の強さを伺っていたが、名を上げる若い退魔師という肩書も決して嘘偽りのないもの。
おまけに態度も顔も良い分類となるファルは、ナルにとって自慢できる師匠であった。
 「おっと、危ない」
流れるような動作で弟子を抱きかかえ、宝箱の身体を慌ただしく転がして姿を現したミミックをホーリーライトで一掃する。
ナルであれば何発撃ち込めば撃退できるのか分からぬ相手であるのに、ファルはたった一度きりの行使で退けるのだから師弟の力差は歴然であった。
 「大丈夫?」
合間に気遣ってくれるファルの優しさに、なんだか蕩ける様な感覚のナルはゆっくり頷く。
慣れないダンジョンで張っていた緊張の糸は傷とともに消え失せ、庇護してくれる存在のファルの腕の中というのはなによりも安心できる心地よさであり、ナルはすっかり睡魔に襲われていた。
 「ああ、お師匠様…私ったら…」
先ほどまであんなに師であるファルのすべてを見届けようと決めていたはずなのに、魔力を使いすぎた反動は思っていたより大きかったらしい。
そんな弟子の様子に、すべてお見通しといった表情を浮かべたファルはどこか嬉しそうに笑った。
 「ふふ、つらそうだね…?今日もプロンテラに宿を取ってあるから、もう少しだけガマンしてね?」
ファルは今にも閉じてしまいそうな弟子のまぶたに口付けると、二人はその足で四階への階段を上った。



四階へたどり着くとそこは障害となる壁などない広々とした空間で、中央には遠目で見ても分かるほどの大きな水場がある。
今までの迷路状のダンジョンとは一変した広い空間は隠れる場所がないことを示しており、それはナルの恐怖心をじわじわと引きずり出す。
 「師匠、ここすごくイヤな感じがします…」
師と繋いだ手には自然と力がこもり、自分でもいまだかつてないほどの緊張を感じていることが分かる。
早鐘を打つ心臓は警鐘の代わりのように、ひたすらこの場から離れるようにと危機を告げた。
しかしそれこそ退魔師となるには必須の感覚であり、その場の異常を敏感に感じ取った弟子の様子にファルは満足そうに頷く。
 「オシリスの気配を感じ取れたんだね、感心だよ」
 「オシリス!?」
ファルの口から飛び出したモンスターの名前に、ナルは自分の血液が逆流するようなほどの恐怖を覚えた。
オシリスといえば、ピラミッド最上階にて今なお生き続ける恐るべきモンスター。
その生まれは古く、大昔に巨人族がこの世界を攻めてきた時より存在しているのだとナルは歴史書で見たのを思い出す。
もちろんその力は強力で、イシスの群れを従えながら毒霧に包まれて現れるとされているが姿を現すには一定の周期が必要なようで、常時ピラミッドにて遭遇できる相手ではないらしい。
仮に遭遇し、相手を退けることが出来れば、その頂の銀色に輝く希少な冠を入手できるかもしれないと、冒険者たちの間では憧れと畏怖を込められた存在でもある。
 「モンスターが活性化したりすると、遭遇が近いとされてるんだ」
そう告げたファルは確信をもってアークワンドを手にし、中央の水場へ全神経を集中し呼吸を整える。
薄暗がりのなか、異様に水場が明るく見える。
 「お師匠様…あれって…!」
強い不死属の存在を敏感に感じとった弟子に成長の手ごたえを感じつつ、ファルは静かに水場を見守る。
辺りに降り注ぐ刺激臭は独特のもので、常人であれば途端に眩暈を起こしても不思議ではないほど強い毒性を含んでいた。
 「そう、あれがそうだよ」
ファルの声を合図に、集約した毒を含む紫の光は黒々とした穴となり、次々とイシスを産み落とし始める。
どろどろと毒蛇が這い出した向こう側、煮えたぎるような毒の沼から紫紺に染まった一匹のミイラが姿を現した。
 (あれが、オシリス…!)
ナルは手で口を押さえ、おどろおどろしい光景に恐怖し、震える足で立つのが精いっぱいだった。
暗がりに爛々と光り輝くルビー色のオシリスの瞳は毒々しさをさらに醸し、遠くで見守る師弟を見つけると朽ちた包帯の向こう側で笑みを浮かべる。
 「ナルはそこから動いちゃダメだ、何があっても決してぼくの前に出てはいけないよ?いいね?」
まるで弟子から距離を置くかのように、ファルはオシリスに向かって走り出した。
動くなと言われるまでもなく震える膝は撤退も許してくれず、ナルはただ震えてファルの背中を見送るのであった。
 「さあ!地獄からの訪問者よ!早速だけど帰る時間だよ!」
自らに走り寄るファルの姿を認めたオシリスは右腕を前に掲げ、侍らせていたイシス達を向かわせる。
 「来たれ浄化の光!マグヌスエクソシズム!」
主君を守るための迎撃となったイシスの群れは、ファルが走りながら展開した退魔魔法で焼き尽くしされ、退魔師はとうとうオシリスの射程圏内へと到達した。
なんと毒のまがまがしい香りだろうか。
 (相変わらずきついな、これは!)
流石のファルも呼吸を浅くし、己の後ろ盾とするべく回復の聖域であるサンクチュアリを展開した。
 「これは久しいな、アサシンの男…!」
オシリスは毒に染まった紫紺の爪でファルの首に狙いを定めた。
しかしそれはファルの絶対防壁であるセーフィティウォールに阻まれ、寸前の所で届くことはなかった。
 「まさか覚えているなんて、驚いたよ!」
これ以上は聖域を侵させまいと、ファルは毒爪をアークワンドではじき返し、オシリスの足元に退魔魔法を顕現させた。
聖なる光に焼かれるオシリスは毒霧を巻き散らし、ふたたび自らの体内からイシスを数頭産み落とす。
イシス達からの放たれた鋭い爪はセーフィティウォールの限界をもたらし、致命傷とはならずともファルに襲い掛かった。
 「くっ!これだから古代モンスターは!」
ふたたび絶対防壁を作り出したファルは、サンクチュアリによる回復の聖域を重ねて次の攻撃に備える。
 (危ない!今のは首の皮一枚だったぞぅ!)
回復の聖域がなければ傷は深くまで到達していただろうし、何より無限に這い出てくるイシス達は侮れない。
ファルの焦りを感じ取ったのか、オシリスは毒の爪を這わそうと諦めることなくファルへと振るう。
 「昔のお前は血の香りに彩られ、死者が出歩いているかのようだったのに!残念だ!」
確かに浄化の光で焼かれているはずであるのに、オシリスの攻撃が衰える気配はない。
包帯の下から覗く朽ち果てた口は不気味に曲がり、身体の取れかかった包帯の向こうから覗く肉体は夜の闇のように黒く腐り、身にまとう死臭は毒霧となって辺りを腐らせてゆく。
 「ぼくが死者だなんて、まったく笑えないジョークだね!」
退魔魔法の間、ほんの一瞬だけイシス達が蒸発しきった刹那、ファルは遠慮することなくホーリーライトを放つ。
これには油断していたのか、オシリスもたまらず仰け反る。
 (今だ!)
強大な力を持っているとはいえ、やはり不死属。
ファルの聖なる光は確実にその身を浄化していたのだ。
全身全霊を込め、最大出力となる退魔魔法の詠唱をするのは今しかなかった。
 「もしや、憎む物をなくしたのか…?」
穏やかな声色は一矢報いるための余力。
とうとう、オシリスの最期の一撃がくる。
セーフティウォールはとうに限界を迎え破綻し、毒の爪がファルの心臓目掛け食い込む…はずだった。
しかし念には念をと願いを込められたのは身を守る薄い光のローブで、それこそキリエエレイソンの祝福であり、ファルは寸前の所で命を繋いだのだ。
報いる事ができなかったことを確信したオシリスは、その腐った赤い瞳を見開き、自分を浄化する退魔師の姿を焼き付ける。
ファルの全力のマグヌスエクソシズムは顕現し、毒の王たる紫紺の不死属は姿を散らした。
 「憎むのなんて、とっくに疲れてしまったよ…」
そう告げたファルは緑色のポーションを取り出し、オシリスの毒に侵されている部位に丁寧に塗りこんでゆく。
普通の毒よりも強いオシリスの毒ともなれば解毒の効果が出るまでに時間がかかりそうであるが、先ほどよりか幾分楽になった気もする。
 「さて、と…」
今なお遠くでこちらを見守るナルに手を振ると、それを合図に弟子は泣きそうな表情で走り寄ってきてくれた。
慌てた様子で師の無事を確認したナルは、未熟ながらもヒールで師の身体を労わる。
教えに忠実な弟子に、ようやくファルの緊張もほどけてきた。
 「お師匠様すごいです!オシリスを退けるだなんて!」
 「ふふ!ナルに良い所見せたくて、つい頑張ってしまったよ!」
素直にすこし背伸びをしたことを仄めかしたファルは、その場に残されたオシリスの戦利品である銀色の冠を拾い上げる。
 「それが…噂のクラウンですか?」
紺碧の瞳をなんども瞬かせ、ナルは珍しそうにクラウンを眺めた。
中央の大きなサファイアは、持ち主がピラミッドの王であることを知らしめるほどの豪華さを醸す。
 「これを競売にかければ、しばらくはお金に困らず暮らせるよ」
ファルの言葉に、なぜ彼がお金に苦労していないのかを察したナルは喉を鳴らす。
 「お、お師匠様がお金持ちなのって…こういう事だったんですか?」
 「おや、ぼくの秘密のひとつを知ってしまったようだね?」
くすくすと笑うファルはこれもひとつの退魔師としての生業なのだと、まだ未熟な弟子に告げる。
かたや、湯水のような金使いをしたとてクラウンひとつを売ったとすれば、二年ほど遊んで暮らせるのを知っていたナルは身体を震わせた。
 (どうりでいつも泊まるお部屋が、一番いいお部屋のはずだよ…!)
 「大人の事情ってやつだよ、さあプロンテラに帰ろうか」
悩ましい表情を浮かべるナルの足元にワープポータルを展開し、ファルは帰還を促した。
転送の光は暗転し、景色は首都プロンテラの宿屋であるネンカラス前。
ナルが空を見上げると太陽は西へと傾き、夕闇迫る時刻であった。
 「ピラミッドの中に随分いたんですね、私たち…」
沈み行く太陽を見たナルが言葉を漏らし、ファルは頷いて応える。
ダンジョン内は外とは時の流れが違うのか、時折、時間が分からなくなるものであり、夢中になって長い時間潜っていたら数日経過していたこともあるのだと、ナルはファルから教わったことを思い出す。
 「今日はオリシス退治もしたからねぇ、なんだかあっという間だったね」
手馴れた様子でネンカラスへ入ったファルはチェックインを済ませ、やはり一番良い部屋の鍵を貰い受けてくる。
何度も泊まった見慣れた部屋であるが、男女二人で使っても問題ない仕切り造りの部屋は素直にありがたいとナルは思う。
 「さあ、夕食までに支度を整えよう、先にシャワー使っていいよ」
 「ありがとうございます、お言葉に甘えて!」
すっかり汚れてしまったアコライトの服は気に障るものであるし、なにより湯浴みの好きなナルは師の言葉を受け取るとシャワールームを目指す。
 「…あ、ナル、ちょっと待って」
ファルの言葉に足を止め、師の言葉の続きに耳を傾ける。
 「そろそろ明確に考えてほしいんだけど、ナルはどんなプリーストになりたいんだい?」