+++ The Story of ... +++

その細い腕を掴んだ時には、既に色んな事が限界で…。
驚いた彼女の瞳に映る自分は、なんとも情けない顔をしていた…。






崩壊後、尚も恐怖を生み続けた帝国の魔導師倒し、世界は着実に復興へと向かっていた。
ひときわ勢力的に世界に献上しているのが機械城を有するフィガロである。
機械を操る様は「帝国の再来になるのでは…」と囁かれ続けたが、若くも聡明な王の懸命な努力が各地で実を結びつつあった。
あくまで「支援」という立場を徹底し、自らの領地にするように分け隔てなく物資を与える。
それこそが傷ついていた人々の信頼を勝ち取っていったのだ。
政治的に苦しい事も多々在った。
しかし、それらはすべて「各地に足場を築いた」という事実になり、今では逆に献上される立場ともなっている。
 「はぁ…」
目の前に積まれる書類の山々。
その殆どが各地からの報告書で、日に日に数を増していく紙切れにエドガーは埋まる思いであった。
 『いつしか私自身も紙切れになってしまいそうだ…』
それでも王の仕事に変わりはない。
まして、代わりもいないのだ。
疲労の色を顔に浮かばせ、書類に目を通していく。
ふと「蛇の道」「モブリズ」という単語が目に止まる。
内容は交通手段の向上に付いての事が書かれていたが、王の頭に緑色の髪をした少女が鮮明に思い出される。
 「…あれから、三年か…」
「はやいものだ」と自称気味に吐き捨てて、ふと、彼女によく振舞っていた紅茶の味を思い出す。
甘くてミルクたっぷりの紅茶が好きだった、あの魔導の少女。
自分が彼女に恋心を抱いていたなんて…、仲間の内で誰が知っていただろう?
 「ティナ…」
ふと口から出た、今だ恋する少女の名前に砂漠の王は苦笑した。
一度思い出してしまえば留まる事を知らない水の流れのように、色々な思い出が脳裏に蘇る。
出会った頃は何とも心許無い、他所から連れてきた猫のようだったティナ。
夜になれば「怖い夢を見たの…」と、自分に助けを求めるようにベットまで尋ねてきては困らせてくれた。
世界が崩壊してから再び出会ったティナは、しっかり「ママ」が板に付いていて…。
 『モブリズの子供達に嫉妬心を感じた事があったな…』
いつ、自分が恋に落ちたのかなんて覚えてない。
覚えているのは、いつも自分に都合の良い思い出たちばかりだ。
ふいに扉を丁寧に鳴らす音が聞こえ、エドガーは「執務をこなしていました」と言わんばかりに書類を手に持ち、入るよう促す。
 「陛下、モブリズからの伝書でございます」
臣下の口から出た地名に、また、ティナの思い出が心を満たそうとする。
 「ふむ、わざわざすまないな」
労いの言葉に臣下は姿勢良く敬礼を返すと、静かに部屋を後にした。
急ぎの用事でもなさそうだが、淡い期待を持ちながら手紙の差出人を確認する。
その名を見て期待は更に膨れ上がり、少し慌てた様子で封を切った。
そっけない文章だったが、クセのある字は彼女独特のソレで…。
つい、ティナからの手紙に自分が微笑んでいる事に気付いた。
内容は「モブリズに支援を有難う」と「セリス達とフィガロまで足を伸ばす」という物である。
しかし、忙しさからか思い出になりつつあるティナからの手紙は、今のエドガーには十分幸せにしてくれるものだった。
 「…そういえば、ロックがハントついでに寄ると言っていたな…」
ティナからの手紙で、トレジャーハントに精を出すロックとセリスの事を思い出した。
書類の山の中から何日か前にロックから届いた手紙を探し出すと、どうやらこちらに到着予定日はあと五日といった所である。
エドガーは執務がしやすいよう、大きめに作られた椅子に腰掛けると書類に手を伸ばす。
 『大事なレディが来るというのに、仕事に時間を取られる訳にはいかないからな…』
片や仕事の山を片付けつつ、ティナが来たらあれやこれやと振る舞いの準備も順調に進めていった。




あれから数日後。
予定外の仕事も入ったが何とかこなし、サウスフィガロからロックからの伝書鳩が舞い降りる。
今日中にはフィガロ城に着くらしい。
王は客人のもてなしの為に城を解放し、待ち人をただ待ち侘びるばかりだった。
日も落ち昼間の暑さとは打って変わって砂漠に冷気が立ち込める。
フィガロ城の内部は快適な温度と湿度を保ち、それは過ごしやすいものであった。
今か今かと時を待ち続けるエドガーの耳に、やっと声が掛かる。
 「陛下、ロック様がご到着成されました」
 「そうか、通せ」
相変わらずドカドカと入ってくる様子はロックらしく、エドガーは素直に友人との再会を喜んだ。
 「よぉ!エドガー、元気そうだな!」
無礼ともとれる言葉に苦笑しながら、王は「部屋をかえよう」とロックを連れて客人用の部屋へ足を向けた。
ロックは「砂漠は疲れる」だのグチを散々零しながら、その後に続く。
 「…そういえば、君のレディの姿が見えないじゃないか?」
 「あぁ、セリスなら先に図書館に寄ってるよ」
何やら次のハンティング先の知識を取りに来た様子である。
 「セリスも誰かに似てきて、無礼になる事を知ってしまったかな…?」
 「何言ってんだよ、セリスは相変わらずだぜ?」
言った相手を間違えたと苦笑したが、エドガーの心はロックよりもセリスよりも…。
 「…ティナも来ると聞いていたのだが、どうした?」
客室に入って早々、エドガーの口から漏れたのは気に掛かる少女の名前だった。
いつまでも自分の中で色褪せる事無く、しっかりと根付く大樹のような気持ちを抑え切れなかった。
ロックは荷物を乱雑に床に置くと、椅子に腰掛ける。
 「あー、一緒に来てるよ」
しかしロックは「それが…」と何か言い掛けて、ピタリと止める。
思わず眉をしかめてしまったが、ロックの向かいに立つと続けられる言葉を待った。
エドガーの様子にうんうん唸りながら、ロックは意を決したように口を開く。
 「それがな、エドガー…驚くなよ…?」
 「問題を提起してくれなければ、驚く事も出来まい?」
余裕の無さそうな顔付きのエドガーに気圧されそうになり、ロックはゴクリと喉を鳴らした。
 「だから、なんつーのか…うぅ…」
友人の悩む姿に不安を感じながら話に耳を傾けていると、後ろの客室への扉が開く。
振り返ったエドガーは思わず目を丸くした。
 「あら、エドガー、謁見の間に向かったらいないのだもの…、お久し振りね」
 「あ、あぁ…見違えたよ、美しくなったねセリス」
相変わらず月光のような光沢のある、美しい金とも銀とも取れる長い髪を揺らしてセリスは微笑んだ。
確かに彼女は美しくなった。
それよりも、セリスに寄り添うティナに驚いたのだ。
 「ティナ…久しいね、手紙を有難う」
それだけ口に出すとティナの手を取り、その甲に口付けをする。
いつまでもティナには甘いのだとセリスは思いながら、ロックと同じように床に荷物を置いて椅子に腰掛ける。
 「エドガー、おひさしぶり…元気そうね?」
まだ、どこか舌ったらずの喋り方が懐かしくてエドガーは穏やかに微笑んだ。
ティナの耳元に指を添えると彼を驚かせた理由を問う。
 「それより、どうしたんだい…綺麗な髪だったのに…」
冒険中はあんなに長く伸ばしていた髪を、ティナはまるで少年のように短く切ってしまっていたのだ。
エドガーの仕草にくすぐったそうに「変かしら?」と言うと、それは額に落とされた口付けで否定されてしまった。
 「さぁ、国王自ら紅茶を淹れるとしよう…長旅の話を聞かせておくれ」
 「何だよ、王様がしっかり板についちまったなぁ!」
ロックの見当違いの発言にセリスとティナは笑うと口を揃えて告げる。
 「だってエドガーは元々王様よ?」
その言葉にバツの悪そうに頭をポリポリとかくと「そうだったっけ…」とロックは照れ隠しに笑ってみせた。
友人達のやり取りに、共に世界を駆け巡っていた事を思い出す。
止まっていた手を見かねたティナが「私も手伝うわ」と、結局、二人で紅茶を振舞う事になってしまった。




ほぼフィガロ城内に閉じ込められたように執務をこなすエドガーには、しっかり目で見てきたロックの情報はとても大事なものだ。
復興具合を聞きながら今後の対策を頭の中に展開する。
結局の所、ロックから話を聞くのが精一杯でティナとの時間は作れずに夕食も終えてしまった。
肝心のティナは久し振りに子供たちから開放された事と、特に仲の良かったセリスと一緒に居るのが嬉しいようでべったりである。
エドガーがティナに湯浴みを勧めれば「セリスと入ってくるわ」と、まるで子供のようにはしゃいでいた。
変わった様子を見せない彼女に、どんどん、積年の想いだけが募る。
 『少し頭を冷やそう…』
胸を締め付ける気持ちを落ち着かせる為、一人、そっとテラスに出る。
肌を刺すような冷たい空気に触れ天を仰げば、空には立派な満月が静かに光を放っていた。
自分では月を見上げていた事など、ほんの一時の間の事だと思っていたのだが…。
 「エドガー…?」
ふと後ろから名前を呼ばれ振り向けば、自分の心に住まう人がいるではないか。
夢か幻覚でも見ているのかと思ったが、その髪の短さに現実だと思い知らされて得意のポーカーフェイスで気持ちを悟られぬよう演じる。
 「ティナ、どうしたんだい?湯浴みした後で外には出て行けないよ?」
水分をたっぷり含んだ髪は艶やかさを増し、どこか呆けた表情は頼りなくて…。
つい、自分が羽織っていたガウンをそっとティナの肩にかぶせてやる。
 「エドガーって何度も呼んだのに、返事が無いから…泣いていたの…?」
 「え?私がかい?」
コクリと頷くと真っ直ぐな視線でエドガーの目元を見つめる。
どうやら、涙の跡を探しているようだったがすぐに「泣いてなんかいないよ」と笑顔を向けられてしまう。
それでも、ティナの目には悲しそうに見えて、モブリズの子供にそうするように…エドガーの頭を「いい子ね」と撫でた。
 「何が悲しいの…?」
ティナの行動を「母親が生きていたら、こうしてあやしてくれたのだろう」と思いながら、エドガーはガウン越しにそっと細い身体を抱きしめた。
 「君がモブリズに帰ってしまうのが、すごく悲しいんだよ…」
夜風で自分が冷えたのか、湯浴みから間もないティナが暖かすぎるのか、お互いに体温の判断が付かなかった。
てっきりエドガーが冷え切ったのだと思ったティナは、そっとその細い腕を抱き締めてくれる人の背中へと回す。
その慈愛からくる行動ですら、今のエドガーには辛くて、堪らなくて…。
それでも、自分のいいようにする気を起こさないようにする事が、彼女への愛の証であると自ら言い聞かせる。
 「私が帰ってしまうのは、悲しいの?」
耳元で囁かれる、小鳥のようなティナの声。
 「出来る事なら…フィガロに残らないか?」
とうとう我慢出来ずに声になってしまった己の気持ち。
一瞬ビクリと震えたティナの身体をゆっくり離すと、その瞳は月光を受けて揺らめいていて…。
今伝えた言葉の意味を理解したのかどうか、それだけがエドガーを不安にさせた。
 「ティナ、どうだろう…残る気は無いかい?」
もう一度、ティナに問い掛けると、空色の瞳をぎゅっと瞑って自分の腕の中から風のように逃げ失せる。
ここまで来たら拒絶等させたくなくて、逃げるシンデレラのその細い腕を捕まえる。
 「ティナ…!」
名を呼ばれ驚いたように瞳を開き、愛しい人に映る自分の顔は今にも泣きそうで…自らその表情に驚かされた。
一瞬の隙を付いて、大きめのガウンを纏わせたまま何も言わずにティナは部屋から走り去った。
残されたエドガーは自失呆然といった様子で、今だ手に残る温もりに縋るようにその手で顔を覆う。
 「…焦りすぎたな、エドガー…」
自分で自分を嘲笑う様に呟くと、大きなため息を一つはきだした。
 「拒絶、か…」
今まで与える事しかしなかった自分が、今度はすべてを与えてくれと伝えたようなものだった。
昔のように子猫が飼い主に甘えるような関係ではない。
ティナもこの場から逃げたのは、きっと彼女も「恋愛」という感情に気付いていて逃げたのだと悟る。
 『早過ぎたんだ…急ぐ事など無かったのに…』
どうしても抑え切れなかった自分を責めつつ、眠れる夜を過ごす。
いっそこのまま夜が明けなければ良い…等と勝手なエドガーの我が儘な願いは、朝日と共に夢のように消え去る。




朝食の席でもティナはエドガーに一度も視線を合わせなかった。
食事を終えた後はセリスの後ろに隠れるようにそそくさと部屋を出て行ってしまう。
朝に弱いロックは寝ぼけ眼ながらも、流石に何かあったのだと察し、悠長に紅茶を飲むエドガーに進言した。
 「…おまえ、ティナに何かしたの…?」
一瞬だけロックに視線を向けるも、エドガーは瞳を伏せて「なにも」とだけ答える。
ロックは面倒な事したんだなぁと勝手に解釈し、遅いペースで食べていた朝食を終えると席を立つ。
立ち上がると同時に「あ」と呟くと、申し訳無さそうにエドガーに告げた。
 「…あー、オレら今日の昼前には立つんだ」
あまりに唐突な発言にエドガーは紅茶にむせそうになる。
 「もっとゆっくりしていけばいいのに…お前というヤツは、いつも肝心な事を言わないな」
軽く憎しみを込めてロックを見ると、まだ寝足りないように大きなアクビをしている。
あまりの天然さにため息が出そうになるが、それでも「見送りはするよ」と砂漠の王は旅立つ友に告げた。



 「じゃあ、そろそろ行くぜ!エドガーまたな!」
時間というものは過ぎ去る時は刹那の如き早さで、ロック達は旅立ちの時を迎えた。
チラリと愛しい人を見遣れば、相変わらずセリスの後ろにピッタリとくっ付いたまま俯いている。
エドガーの視線に気付いたセリスが、目で「なんとかしてよ」と訴えているので、王は遠慮なくティナの頭にそっと手を乗せた。
 「ティナ、昨日は困らせるような事を言ってしまったね…すまなかった」
 「お、なんだ、やっぱり何かしたのかよっ」
ロックの無粋なセリフに機転をきかせたセリスが「忘れ物」と言うと、ロックを城内へと引き摺るように連れ戻す。
残される形となったティナは、なんとも歯痒そうに俯いたままである。
 「私…その、びっくりしてしまって…」
最後の方は聞き取れなかったが、経験から言って「ごめんなさい」と続けたのが分かるとエドガーは穏やかに笑う。
また、微妙な距離を保って…ゆっくり自分の想いを告げていけばいい、エドガーはそう思っていた。
 「もう困らせるような事は言わないから、また、フィガロに遊びにおいで」
そう言うと何故かティナは腕の中に飛び込んできて、そっと頬に口付けをくれる。
あまりに突然で思わずよろけそうになってしまうが、そこは体格差でうまくそのままティナを抱き留める。
 「…どうしたんだい、ティナ?」
昨夜の事が脳裏を過ぎるが、今回は選択を間違えないようにと自分を落ち着かせる。
ティナはそのままエドガーの胸に顔を押し当てて黙ったままだ。
宥めるように、そっと緑色の髪に手を伸ばした時だった。
 「私の髪が、また伸びたら…それでもエドガーが待っていてくれるなら…」
砂漠の熱い砂を含んだ風が吹き荒れ、咄嗟にマントでティナを庇うように身をかがめる。
二人の顔はマントの中で、すぐに触れ合う位置にある。
ティナは頬を紅潮させ、そっとエドガーの頬に手を添えた。
 「…私はいつまでも待っているよ…待っていたらご褒美でもくれるのかい?」
少しふざけたように言うと、ティナの緊張も解れたのか自然と笑みが零れる。
 「私がもうちょっと大人になって、まだエドガーが待っているなら…フィガロへ来るわ」
意外なティナからのプロポーズにとれるセリフに、百戦錬磨だと自負していた王は思わず意識が飛びそうになる。
その意識を繋ぎとめるかのように、ティナが手を絡ませ指きりをする。
 「約束、ね?」
まだ色恋沙汰を知るには幼くて、それ故に可愛いのだと改めて認識をして…。
エドガーは「もちろんだよ」と言うと、今だ指きり状態のティナの手に口付けを落とす。
頃合を見計らったようにロックとセリスが戻ってきて、二人はしばしのお別れをした。



二人が「恋人」になるのは、季節をいくつも越えて…遅咲きの桜が開く頃になる。
それまでに我慢強い王様が遠い地のシンデレラに小さな指輪を送っていたのは、二人だけの小さな秘密である。






+++ あとがき +++

ここの所、エドティナのネタがもやもやしていたのでテキストにしてみました。
エドガーは紳士なので動かしやすいですね(´ω`)
一方的な片思いだと勝手に思ってる王様ですが、実はそうでもないというのが理想。
ティナ子は一筋縄でいかないと判断してるから、余計に身動きが取れない…というような事が伝わればいいなと思います。

そして、こっそりティナ視点の同じお話もあります。
コチラからどうぞ〜!