視界がぼやける。
不味いな…、そう思った頃には時既に遅し、膝から崩れ落ちるのを感じた。
「エドガー!」
翡翠の髪を揺らした愛しい少女の声が、最後に耳にした音だった。
気が付くと見慣れた室内。
ブラックジャックのエドガーに当てられた部屋だった。
『吐き気がする…』
まだ揺れる視界の中、自ら額に手を当ててみる。
息苦しく、身体を包む異常なだるさ、そして高熱。
明らかに風邪をこじらしたのは明白だった。
つい2、3日前に体調を崩したのは分かっていた。
自分では大した事が無いと思っていたのだったが、ティナが戦場に赴く事になり、自らその事を隠し通して護衛を志願したのだ。
2人きりで戦うというのは、普段ならば大した事もない簡単な事だった。
何よりエドガーは旅立ちからティナとずっと一緒にいたのもあり、戦場の上でも互いに良きパートナーでいられた。
ただ、今回はどうにも身体が付いてこない。
ティナは察したのか「戻ろうか?」と、休みの合間に心配してくれていた。
悲しい顔はさせたくないのに、ただ、2人になる時間が大事で…。
無茶をしすぎた身体は、とうとう先に倒れてしまったのだった。
『我ながら、なんという失態…。』
自分のワガママに夢中になりすぎて、こんな有様になるとは想像しなかった。
遠出をしていたのもあり、きっと飛空艇まで運んでくれたのはティナなのだろう…。
それを思うと、なんともやりきれない気持ちになる。
熱の篭ったため息を吐き出して、渇いた喉を潤そうと起き上がろうとした、その瞬間。
タイミングが良いのか悪いのか、部屋の扉が開いて視界に艶やかな翡翠色が飛び込んでくる。
「まぁ!エドガー!」
起き上がりきれなかったエドガーに駆け寄り、慌てて背もたれに枕を添える。
いつもなら「有難う」と甘い笑顔で返せるのだが、今の状態では余裕の無い笑顔で応えるしか出来なかった。
「だから帰ろうって、私、あんなに言ったのに…。」
ティナは泣きそうな顔で額に手を宛がう。
彼女の低めの体温が心地良くて、思わず抱きしめたくなる。
「今、お薬と飲み物を持ってくるわ。待ってて?」
あぁ、どうかいかないで、一緒に居て。
そんな事を思ってしまい、ティナの手を取り懇願するように見つめる。
「大丈夫、大丈夫よ、エドガー。すぐ戻るわ。」
そう言うとティナはいつもエドガーがするように、額に触れるだけのキスをする。
フフッと笑うとパタパタと足音を立てて、愛しい娘は部屋を出て行ってしまう。
なんという事だろう。
機械王国フィガロの若き王が、風邪如きで一人の少女に甘えるなんて…。
「…たまには、甘えるのも…悪くないな。」
彼はいつも与えてばかりいた立場なのだ。
甘えさせていた分、甘えるのも…たまには悪くない。
ティナが献身に看病してくれるのを期待していたエドガーの前に現れたのは、意外にもマッシュで…。
「ティナは…?」
尋ねるとマッシュはバツの悪そうな顔でこう答えた。
「セリスがさ、風邪がうつるといけないから、ティナは行かせないって…。」
扉の向こうで仲間達と過ごしているティナがいるのかと思うと、何故か嫉妬心が沸いてきた。
マッシュが持ってきた水と薬を乱暴に飲み込み、ベットに潜り込む。
「まぁ、兄貴は治す事に専念しないとな!」
ガハハと笑いながら布団の上からポムポムと叩く。
軽快に部屋から出て行く弟にすら嫉妬する自分に情けなくなってくる。
隔てる扉一枚ですら、こんな憎いと思った事など無い。
「はやく治さねば…!」
彼の心の底から出た言葉だった。
+++ あとがき +++
エドガー無理をする話でした。
飛空艇内にいると、どうしても2人きりになれる時間は無さそうで…。
陛下にはちょい無理をさせてみました。
本来ならきっと、ティナ子をメチャ可愛がってるから、心配させないように出掛けさせるのを諦めさせそうなのだけど…!
ちょっと子供っぽいエドガーも演出したくて、ダウンさせました。ごめんね。
きっとラウンジではティナが「でもでも、無理をさせたのは私だし…!」と、皆を困らせてるのでしょう。
もういつも一緒に居ればいいんだよ、この2人は(´ω`)