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第23話 向かう道

アルベルタでの件から数週間後、師弟はそれまでの生活を一変させるかのようにプロンテラからゲフェンへと移住した。
それはなるべく魔性の力を使わずとも生き抜けるようナルがアスターから師事を受けるための移住であり、ファルはどうやら気乗りはしていなかったものの引き合いに出された問題の手前、渋々ながらも力添えをする形で賛成としてくれた。
過去生のようにゲフェニアからの魔力の恩恵は受けられずとも首都よりも空気の澄んでいる魔法都市の生活は悪いものではなく、むしろ自分ひとりでの移住でもよかったと思うほどにナルは新しい環境にすっかり適応していた。
初夏へと向かう季節のなか、ゆらぐ風はどこか湿り気を帯びているものの嫌いにはなれず、ナルは自分を見つめる紫電の瞳の悪魔にぼんやりと目配せをする。
 「…また意志を受け取ろうとしたな?」
返ってきた言葉にすべてを見抜かれていることを悟り、ナルは息を飲む。
 「ひえ!…だってむずかしいよ、こんなの!」
思わず反論してしまったが、細められたアスターの紫電の瞳に肩をすくめたナルは大人しく口を噤む。
ゲフェン東方、広大な湖を見渡すことができ徒歩で渡れるほどのちいさな浮島にて、ファルはアスターに言われるままポポリンを抱きかかえ、ナルはそのポポリンに向かいあい真剣に見つめている。
 「難しいに決まっているだろう、訓練なのだぞ?」
飽きてきた様子の師弟を不機嫌そうに見守るアスターの言う通り、三人は人目に付きにくいこの場所にてナルの訓練を行っていた。
魔性の力には頼ることのないよう相手の感情を読み取る訓練をしているものの、表情のわからないモンスター相手となると難易度は人間を相手にした際の比ではない。
またナルは今まで魔性の力に頼ってきた経験があまりに大きく、その力を無意識につかってしまう傾向もあるため、何度もアスターから注意をされている。
 「ほら、どうした?どんな顔色を浮かべている?」
アスターが指さす先のポポリンは、なんとも言えぬ表情のまま。
 (そ、そんなこと言ったって…!)
指導するアスターはゲフェニアの悪魔の名の通りモンスターの意志を受け取る事など朝飯前であり、それが手に取るように分かるナルは自分には扱いきれぬ力の大きさに奥歯を噛み締めた。
 「ええと…そろそろ離してほしいって思って…あ、えと、そんな顔してます…」
 「言動がかなりあやしくなってきたよ、今日はそろそろ止め時じゃないの?」
見兼ねたファルが助け船を出せばアスターは盛大にため息をつき、もはやここまでだと言わんばかりにポポリンを開放するように合図した。
ようやく解放されたもののすっかり疲れた様子のナルに、ファルは当然といったようにぶどうジュースを差し出す。
 「かなり良くなってきてるんじゃないかな、ぼくにはそう見えるけど?」
 「本当?うれしい…!」
過去生のファルも聖職者の教えや技術を伝授するとき甘やかしていたのを思い出したアスターはさらに深くため息をつき、いまにも頭痛がしそうな額を押さえる。
 「なにひとつ良くなどない、また血を啜ることになりたいのか?」
 「そ、それは…!」
 「血はいやだ…!」
師弟から同時に上がった悲鳴に似た言葉を聞けば、どんどん頭が痛くなってきたように思う。
冥府王の導きからすっかりおかしい関係性となってしまったものの、アスターの名を手に入れたゲフェニアの王はこの日々もまんざらでもないと目を細める。
あれほど失うことが恐ろしいと思っていた世界は新たな音色を生み出し、案じていた旋律は問題なく奏でられ、ゆるやかに過ごせているではないか。
 (あのままでいれば、決して見れない世界であったな…)
遠い昔、ソウルリンカーとなってまで飛び立ってしまった籠の姫は、何度でもこの世界を歩きたいがためにそうなってしまったのかもしれないと感慨深く心を馳せる。
 「さあ、そろそろ戻ろうか」
 「はい、お師匠様っ!」
ファルに手を取られ立ち上がるナルの姿はどれだけ繰り返し眺めても輝きあせぬ宝で、この際二人まとめてゲフェニアに堕としてしまえと考えたものの、やはりファルはいらないと瞬時に冷静になる。
見上げた本日の天気は、くもりのち晴れ。
おおきな秘密を共有する運命の三人は、穏やかな午後をむかえる魔法都市へと帰ってゆくのだった。