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第16話 めぐる音

悪魔の花嫁が魔法都市から姿を消し、ゲフェニア遺跡がふたたび人々の御伽噺にまで成り果てたころ、ようやく魂が巡ったことを知らせる祝福の鐘の音は高らかに鳴らされた。
鐘の音に導かれるようにして罪滅ぼしを終え、ふたたび転生したファル。
彼は冥府王の計らいにより、その記憶そのままに再びプリーストとなり大聖堂の為に働いていた。
過去、あれ程名高いと持ち上げられていた彼の名は見事に抹消され、当時に立てた手柄はプロンテラに古くから続く聖職者ばかりを排出する名家のモノとなり、変わらぬその仕組みは罪深いものであることを改めて感じさせる。
しかしそのお陰でふたたび彼の名は彼だけのものとなり、新規宜しくすっかり退魔師として活躍することが出来ているのも事実。
慣れた生活はファルなりに満足の出来る生活を送れているのだが、やはり物足りなさは寂しさを歌う。
 (もう今年で二十年なんだよなぁ…)
彼が転生する理由の愛弟子と会わずして、とうとう二十年の月日が流れてしまっていることに焦りを感じないといえば嘘になるほど、ファルは気弱になっていた。
冥府王から事前に伺っていた時代こそ合わせられるが過ごすべき年月を同じくして出会えはしないと聞いていたが、待てど暮らせど愛弟子を感じさせる人物に出会う気配はない。
たとえナルが先に生まれていたとしても構わないとは思ってはいたが、ここまで出会えないとなると逆にナルがまだ生まれていない可能性が強い。
生れ落ちる場所は限りなく近くにて転生を計らうと冥府王は口にしていたが、まさか二十年も会えないというのは流石に不安になる。
 (あんまりぼくが年上になっちゃうと、いろいろと問題が…!)
魂を巡らせる前、偽装を理由にした夫婦であった頃を懐かしく思うが、それはあくまで師弟の絆があったからこそ甘く幸せな道となったことをファルはよく理解していた。
老年となった自分の手を握り返してくれたのは同じ時間を歩めなくなった後悔もあろうが、それでも彼女の紺碧の瞳は信頼に満ち溢れる心地よいものだった。
ふたたびあの瞳へ恋焦がれつつ一人頭を抱える退魔師は、今日の悪魔払いの結果を報告するためプロンテラの大聖堂へと向かう。
冷たい雨が降る、春先の夜。
小雨に濡れるのは嫌いではなかった。
傘をささずに大聖堂のドアをくぐると礼拝の時間などすっかり終わったはずの祭壇に人影があり、ファルは暗がりに慣れない目を凝らす。
よくよく見れば老齢の顔見知りの神父が肩を落としたように、なにかを大事そうに抱えているのが分かった。
 「…どうしました、神父さま?」
 「おお!ファル!…これを!」
疲れ切った老齢の神父は若い退魔師の登場に縋るように、抱きかかえていた籠であるそれを見せてくるではないか。
ファルが何事かと籠の中を見ると、そこには青い髪をした赤子がすやすやと眠っていた。
 (これは…この子は!)
ファルは運命を感じた。
それは魂が巡った証で間違いなく、星の回りがようやく自分を掬い上げたのだと思った。
 「…この子、どうしたんです?」
心臓は高鳴り今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑え、ようやっと落ち着きを装い問えば神父は眉をひそめため息を吐き出した。
 「先ほど見回りで裏口の扉を開けたら、この赤子の女がおりまして…まいりました…」
 「なるほど、捨て子ですか…」
生活困窮者が育てられずに子供を託していくことは稀に起きる不測の事態であり、聖カピトリーナ寺院とつながりの深いプロンテラ大聖堂にこのような形で頼る者も決して少なくはないのだが、神父の動揺する姿は尋常ではなかった。
ファルに向かって人差し指を口に当て騒がぬようにと念を押したうえで、赤子に掛けられていた毛布を除けてみせる。
赤子の腹部には堕落した者の証である、紫色をした狼の横顔にも見える痣が色濃く浮かんでいた。
 「なんとこれは…、この子は魔物との合いの子ですか…」
ファルの言葉に神父は苦痛めいた表情を浮かべ、静かに頷いた。
魔と人との間で命が生まれることは不可能といえるほどに低いものの、極まれに魔力の関係から魔を含む命を宿す場合がある。
大抵が長くは生きられないなにかしらの宿命をもち、不思議な力を扱えることも多いため、大聖堂ではそれらを秘密裏に合いの子と呼び恐れていた。
合いの子の特徴として身体のどこかしらに独特の痣が浮かび、その痣こそが魔との合いの子であり罪ある魂であることを証明するのも、不吉な知らせであると忌み嫌っている。
 (なるほどね、合いの子とは…これまた厄介だな…)
彼女が魔に偏って生まれてくるのは予想の範囲内。
まさか合いの子として出会えるとは思っていなかったが、まずは人間にほど近い姿で生まれてくれたことにファルは心から冥府王に感謝をした。
ファルは籠から赤子を抱き上げると、愛おしそうに優しく抱き締める。
暖かく柔らかな感触は勘違いなどではない間違いのない運命の相手であり、やっと巡り会えた幸せで心を充たす全てともいえた。
 「…殺生は好みませんが…やはり…合いの子は…」
 「この子は私が引き取ります」
弱々しい存在をヴァルハラへ送ろうとする神父の言葉を遮るようにして、ファルは空色の強い瞳を輝かせて告げた。
 「ファル、な、なにを言っているのですか…!?」
 「私が引き取り育てます、この件の全責任は私が負います、だからこの子の秘密を守って下さい」
名を挙げ始めた若い退魔師の勢いに押され、どう転んだとしても負えぬ責任をどうしたものかと考えていた神父は口を噤み、しばらく考えたあと頷いてくれた。
この時ばかりは、大聖堂の組織ぐるみで隠ぺい工作を行う体制に感謝せざるを得ないとファルは苦笑し頷き返す。
ようやっと手を握ることができる大きな一歩目に満足したファルは微笑み、今日の仕事の成果を報告すると誰にも見られぬように慎重に大聖堂を後にする。
小雨に濡れることがないよう彼の宝物を大事そうに抱きかかえ、幸せを囁くように語り掛けた。
 「やっと会えたね、ナル…!」