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真実の姿

 「レキ、みて!花が咲いてる!」
 「そうだね、きれいだ」
 「ねえ、あそこには鳥がいる!レキは見えてる?」
 「ああ、見えているよ」
何度このやりとりを繰り返しただろうか。
浮足立つには相応の理由があった。
今日はジョニーが待ちに待ったレキ同伴で人の住まう街へと降り立つ日。
念入りに変装をしてしまえば、いくら小さいとはいえ彼女が深淵の騎士と気付く人間はいないだろう。
それほどまでに、今の彼女は漆黒の鎧から解き放たれているのだ。
まだ春の訪れには早い季節ゆえ、赤いロングコートと白いふわふわ耳当てはジョニーの宵闇色の長い髪によく映える。
そんな二人がアルデバランから最短でプロンテラに向かう、それはつまり。
 「この迷宮の森って、なんだか楽しいのだわ!」
そう、二人は迷宮の森を抜けている最中だった。
ジョニーにとっては絵本の中にあるような世界が目の前に広がっているため興奮を抑えられるはずもなく、目に飛び込むすべてに反応している有様。
 (これはプロンテラに着くまで持たないかもしれないなぁ…)
レキはカートにジョニーを乗せながら、苦笑しつつ道を進む。
モンスターであるジョニーを連れてカプラサービスによる空間移動を利用するわけにもいかず、レキが選んだのは徒歩。
ミョルニール山脈を抜けるルートもあるが時間的余裕を考えると難しく、そうなると恐ろしい悪魔が潜む森を抜けるしか選択肢はなかったのだ。
 「ジョニー、そんなにはしゃいで疲れないか?」
案じれば小さな深淵の騎士は首を横に振る。
 「大丈夫!それよりこの森、なんだか手強い気がする…とても獣っぽいのだわ…」
 「お、さすが聡明なる深淵の騎士さまだ」
どうせ森の深部へは近付くつもりなどなかったため、レキはあえてバフォメットの治める森であることは告げていなかった。
しかしジョニーの勘は鋭く、なにかしらを感じ取っているようで辺りを見回している。
 「ここにはバフォメットっていう悪魔が居るんだ」
 「へえ…でもちがう、そんな大きな獣じゃないのだわ…これは…」
気を張っているジョニーとは裏腹に、レキは歩く速度を変えることなく進む。
なんども往復した道でもあるし、森の奥深くまで行かなければ危険が少ない事をよく知っていたからで、決してジョニーの勘をないがしろにしている訳ではない。
 「もしかして、なにか怖いことでも?」
愛用のツーハンドアックスに視線を向けつつ、小さな深淵の騎士に問い掛ける。
 「分からない…時計塔とは違って意識が集中できないのだわ…」
 「そうか…でも俺も腕には覚えがあるし、そんなに心配しなくても…」
レキが言い終わる前にそれは起こった。
木々の間から大人よりも背丈のある大きな赤毛の熊が獲物を狩るべく、二人めがけてとびかかってきたのだ。
 「ビックフッドだ!」
大切なものを守るためならば、ためらう必要などない。
レキは斧を手に取り、ジョニーの前へと身を挺した…はずだった。
 「…は?」
思わず声が出た。
とびかかってきていた熊もたじろぎ、低く唸りながら動きを止める。
レキの目の前には漆黒の鎧に身を包んだ長身の細身の女性が一人、熊を相手取り仁王立ちしていたのだ。
 「あなたの縄張りを荒らした非礼は詫びましょう、だが私の前からは立ち去りなさい、いますぐ」
漆黒のマントから夜を詰め込んだような両手剣を抜いた深淵の騎士であろう女性の言葉に、熊は身体を大きく震わせると一目散に逃げだしてしまった。
 「…まさか、そんな…」
両手剣をしまい女性がゆっくりと振り返ると、煮えたぎるような血色の瞳がうれしそうに細められる。
間違えることなどあえりない。
それは間違いなくジョニーであり、すっかり大人の女性へと姿を変えた様子にレキは目を丸くした。
すっかり深淵の騎士らしくなったジョニーはゆっくりとレキへと歩み寄り、その無事を確かめるとゆっくり頷く。
 「ああ、レキ…今のはとても危なかったけれど、なにもなくてよかった」
 「ジョニー!その姿は!?」
レキの言葉ににっこりとほほ笑んだジョニーは、マントをひときわ大きくはためかせて身を包んでしまう。
そして次に姿を現せば、いつもの小さな深淵の騎士がちょこんとレキの前に降り立つ。
 「ふふ!だから前に言ったのだわ、ジョニーは立派なレディなのよ!」
 「待って!説明になっていないし、ここでその鎧はだめ!すぐに着替えて!」
慌ただしく着替えながらジョニーは先ほどの姿の説明をはじめる。
さきほどの成長した姿が真実の姿なのだが、まだあの姿を維持できるほど彼女の深淵の闇は濃くなく、幼い容姿でしか通常は活動できないのだという。
だが、ひとたび感情の起伏などで瞬間的に闇の濃度が上がると、本来の姿で顕現できるのだとジョニーは語った。
 「…それ、伯爵は知ってる?」
 「もちろんよ!だから闇を増やしてはやく大人になりなさいって、いつも怒ってばかりなのだわ!」
ぶいぶい言いながら着替え終わり、レキのカートのなかに戻ったジョニーは暖かいひざ掛けで身を包み、ぷすんと不満そうな表情を浮かべている。
レキはあれこれ言いたいのをぐっと耐え、カートを引き始めるとプロンテラへ向けて歩き出す。
一方のジョニーといえば、すっかり観光気分で口笛を吹き始めている始末。
とても先ほどの女性が同一人物だなんて思えず、それこそ悪夢のようでレキの頭は混乱してきた。
今までずっと幼く扱ってきたのは失礼だったのか、これからはどう接していけばいいのか、考え出したらきりがない。
 「…というか、そういうの先に言っておいてくれてもよくないかい?」
思わず口から出た言葉にジョニーが口笛を止める。
 「だって大人のジョニーはとても素敵だから、お嫁さんになってくださいって言われたらどうしようと思って…」
 「えぇ…?それが理由で内緒にしていたのかい?」
 「そうよ!…でもレキだったらそれもいいのだわ!うふふ!」
やはり今まで通り接するのが一番だと判断し、カートを引く手に力を込める。
 「それじゃあ前向きに検討しておくよ、聡明な騎士様のためにね!」
満足気に頷くジョニーを乗せ、レキのカートは迷宮の森をようやく抜けたのだった。