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伯爵

その日、レキはカートにすこしばかり多めに甘い菓子類を詰め、アルデバランの時計塔を訪れていた。
わざわざダンジョンへ向かう理由はもちろん小さな深淵の騎士と会うと約束したからなのだが、今日の彼女はすこしばかり様子が違っていた。
 「おや、ジョニーこんなところでどうした?」
まだ2階への階段すら昇っていないというのにすでに彼女はそこにいたし、むしろ階段前に供回りと腰を下ろしている。
いつも元気なジョニーがすっかり肩を落としている、これはただごとではない、そう思った。
 「…うぅ、レキ…」
ジョニーはレキの声に反応し俯いていた顔をあげるが、そこには今にも泣き出しそうな表情。
レキは怪我でもしたのかと慌てて駆け寄るが、そうではないと首を横に振るジョニーにまずは事情を尋ねることにした。
 「一体どうしたんだ?なにかあったのかい?」
 「うん…あのね、剣を失くしてしまったの…」
その言葉にレキは喉を鳴らす。
深淵の騎士の剣といえば、カッツバルゲルと銘される両手剣。
身丈ほどもある漆黒の剣を失くすとは、ただごとではない。
しかし、レキが声を殺して喉を鳴らしたのには、ジョニーがこれほどまで意気消沈するに思い当たる理由があったからなのだ。
 「ジョニー、そのことは伯爵に言ったかい?」
その単語にジョニーはびくりと肩を震わせると、口をぎゅうと結んでしまった。
つまりそれは言っていないという答えに他ならず、レキは目を伏せ状況の整理を始めることにする。
 「…剣を失くしたのはいつ?」
 「えっと、朝ごはんのあとの見回りのとき…」
時刻は昼過ぎ。
つまりジョニーは伯爵と呼ばれるオウルバロンの元へ朝から戻っていない事になる。
伯爵はジョニーよりもずっと前に時計塔に生れ落ちたモンスターであり、ジョニーにとっては先生のような父のようでもある存在。
しつけには厳しい一面があり、ジョニーへの愛溢れる指導はレキも何度か目の当たりにしたことがある。
 「うーん、俺は時計塔の中は詳しくないから…やっぱり伯爵にいうべきだと思うけど」
 「だめ!怒られちゃうのだわ!」
やはりレキが考えていた通り、ジョニーは怒られるのがいやで供回りと失くした剣を探して途方に暮れていたのだ。
伯爵が頭ごなしに怒るとは考えにくく、レキはすこし考えた素振りを見せるとジョニーへ告げた。
 「じゃあ俺がかわりに伯爵に会ってきてあげるよ」



秘密の鍵をつかい、時計塔の四階へと足を踏み入れたレキは辺りを見回す。
レキといえばすっかりジョニーのお守り役だと思われているようで、徘徊するモンスターたちは目もくれることがない。
 (これは警備的にどうなのかと思うけど、まあ…いいか…)
レキも慣れた様子でどんどん奥へと進み、最奥である管理室へと向かう。
時計塔の時間を維持するためネジは自動的に巻かれると歯車を回し、規則正しくすすむ秒針の音は心地よく耳に響く。
階段を上がり扉をノックするが、あいにく返事はない。
それでも通いなれたレキは、かならずそこに伯爵がいる確信があった。
 「伯爵、レキだけど…中にいるかい?」
レキの呼び掛けに解錠された音が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
そこには茜色のシルクハットとマントに身を包んだ、老齢のオウルバロンが顔を覗かせたのだった。
 「ふむ…よく来たレキ、まあ入りなさい」
丁寧な物腰で管理室へと招く様はとてもモンスターとは思えぬ所作であり、レキは一礼すると招かれるままに部屋へと入る。
 「あ、あそこにあるのって…」
嫌でも目に飛び込んできたのは、背丈ほどある漆黒の剣。
それは真白の布の上に寝かせられ、丁重に扱われているのが見てすぐわかるほど。
 「おおかたこれの事でここまで来たんだろう?」
 「うーん…流石は伯爵、やっぱりお見通しだったんですね?」
伯爵はため息をつきつつ椅子へと腰掛けると、愛でるように風切り羽根でやさしく剣を撫でる。
 「なに、地下のステムワームたちがこれをそこら辺に置いて、ワープゾーンで遊んでる悪い子がいると使いを寄越してね」
よくよく話を聞いてみれば、どうにもジョニーが地下の見回りをしている際にワープゾーンで行ったり来たりするのが楽しく、つい夢中になってしまったのだと。
そしてあろうことか帯刀していた剣を近くに立てかけ、供回りたちと遊んでいるうちに忘れて置いてきてしまったことを聞くことが出来た。
 「ふふ、ジョニーらしい…」
遊び終わった後に剣がないことに気付いて慌てふためくジョニーを想像して笑うレキに苦笑しつつ、伯爵は心底困ったように眉をさげる。
 「時計塔唯一の深淵の騎士なのに今なお自覚が足りず、いつも困ってしまうよ…はあ、まったく…」
そう、ジョニーはアルデバランにある時計塔の中で生れ落ちたはじめての深淵の騎士。
闇から生れ落ちた彼女は時計塔のモンスターを導く護り手であるはずなのに、ちっとも自覚なんか芽生えやしない。
しかもあろうことか人間であるレキまで巻き込んで、日々を楽しく過ごしている始末。
 「でもさっき会ったら反省していましたよ、怒られちゃうって」
 「それはレキの前だからだ、私の前に来たらあの小さな口で反抗ばかりするぞ?」
伯爵の言葉から容易に想像できるジョニーの姿に苦笑しつつ、レキは伯爵に一礼をする。
 「ふふ…じゃあ連れてくるのは俺がします、どうかお手柔らかにお願いしますよ」
 「レキの頼みといえど、さあ…どうかな…」
決して怒りすぎないようにとお願いしたつもりだったが、すっかりタイミングを逃したジョニーへの叱る気持ちはもやもやしているようでいい返事はもらえなかった。
可愛い深淵の騎士を立派に育てるのも大変だと思いつつも、いつかあの小さくて愛らしい騎士が成長してしまうのはどこか残念だとレキは思うのであった。