シュバルツバルド共和国の最南端都市、国境都市アルデバラン。
ミッドガルド大陸の北にあるそこはルーンミッドガッツ王国と明確な堺であり、行商人はもちろん冒険者の往来も多い都市である。
街の中央には大きな時計塔が存在しており、その内部は巨大な迷路状のダンジョンで数多の冒険者達を飲み込み続けていることも有名だ。
今日もまた一獲千金を夢見るブラックスミスの男が一人、時計塔を見上げるようにして入り口に佇んでいる。
彼の名前はキー・レキ。
質の良い武器を作り上げる確かな腕前は、一部の冒険者に強い人気のある鍛冶屋である。
すこし赤味のあるブロンズ色の短い髪をかきあげ、深緑色の瞳にて時計塔をうつす彼はカートを引き、ダンジョンの中へと姿を消した。
時計塔は定期的なメンテナンスこそされているものの、普段は住人も近寄らぬため内部はすこし埃っぽい。
「うむむ…参ったな、空気が淀んでる…」
困惑した表情を浮かべると腕に巻いていた赤いスカーフを外し、マスクの代わりにすると呼吸を整える。
彼が目指すのは入り口を隠された地上四階。
そこの書庫には変わった武器の製造法が記されていると噂で聞いてしまえば、鍛冶屋として目にしてみたいと思うが道理。
四階へ辿り着く秘密の方法も事前に仕入れた。
時計塔の中には時計のおばけだと噂されるアラームなるモンスターがおり、稀に鍵を持っている個体がいるため、その鍵を使って四階への扉を開くというのだ。
(ダンジョンのギミックとしては理にかなっているからな、試す価値はある…)
カートには満載の回復薬と補助アイテムの数々。
投資金額を再度頭の中に表示すれば、決して失敗出来るような額ではない。
慎重に事を進めるには運も必要であると考え、二階に上がった所で彼は「ハエの羽」を千切る。
頭の中にこのダンジョンの地理は全て叩き込んだ。
もちろん、最短でのルートは選択済み。
レキはテレポートの魔法がかけられたアイテムを少量犠牲にすることで、難なく三階へ続くワープゾーンの入り口へと辿り着いたのだった。
潜った先には「時計のおばけ」と表現するに相応しい、半壊している時計のような出で立ちのモンスターが出迎えてくれた。
「これがアラーム…なるほど、時計のおばけだ!」
手にしているツーハンドアックスを握り締め、武器の能力を最大限に引き出したレキは全神経を注いで斧を操る。
アドレナリンが信号を送れば身体は敵を打ち倒せと心地良い反応を返す。
襲い来るモンスターはレキの前に倒れ、次々と姿を現しては叩き伏せられてゆく。
鍛冶屋として一流の彼は、一流の武器を用いた戦闘も得意なのだ。
自身の創作した武器は使い手を選びはしない、それが彼のモットーだった。
いくら強い武器を創り出せたとて、それを操れなければ本当に良い武器なのかという疑心の気持ちがわだかまりとなり、いつしか自分を追い込んでしまうような気がしていた。
なにより自身の武器を使うことは己の武器の癖を見極める事へと繋がり、レキにとって戦いとは己の商品価値を高める行動であった。
「ん、あれは…」
アラームの群れが数を減らす頃、レキが目にしたのは床に転がるルビーの嵌められた金色の鍵。
噂に聞いていた四階へ上がるためのアイテムを手に入れ、レキは目を細めて嬉しそうに笑った。
「よし、計算通り!」
鍵を拾い上げ、目指すは四階へ続くワープゾーン。
彼はすっかり慣れた空気にスカーフを外し、再びハエの羽に手をかけたのだった。
テレポート先に四階へのワープゾーンを見つけ、それに向かって歩くレキは不思議なモノを見た。
そこにいたのは間違いなく、深淵の騎士。
しかしどうにも姿の様子がおかしい。
「なんだあれ…なんか、ちいさくないかい…?」
跨がる漆黒の馬、備えられた闇に染まる旗、それを守るように配置されている城壁たる供回りのカーリッツバーグとレイドリック達。
深淵の騎士というモンスターの姿形、その条件すべてはレキの記憶通り。
しかしおかしいのは、その「深淵の騎士」であった。
明らかに馬に跨っている騎士は子供のように小さく、異変はそれだけに留まらなかった。
(…小さな深淵の騎士が、レイドリック達に頭を撫でられてる?)
うつむく小さな深淵の騎士、その供回りであるモンスター達がなだめているようにも見える不思議な光景。
(いや、でも…そこは…)
その変わった深淵の騎士がいる場所こそレキの目指す四階へ続く封じられたワープゾーンの入り口。
レキは気付かれぬよう慎重に壁伝いをゆっくり足を進め、まずはモンスターたちが何をしているのか確かめることにした。
ゆっくりと近付けばレキの耳にもすすり泣く声が届く様になり、その声に彼は足を止め耳を疑う。
その泣く声は間違いようもなく、子供のモノだったからだ。
(冗談きつい…、子供の深淵の騎士が泣いてるだって?)
よくよく観察すれば、まだ子供の深淵の騎士を供回り達がもう泣くなと一生懸命にあやしているのだ。
元々子ども好きなレキは居ても立っても居られなくなり、カートの中に入れてあるアイテムを再確認すると意を決して彼等の前に姿を現した。
「…どうしたの、そんなに泣いて?」
予想通り供回り達は臨戦体制へと切り替わるがレキは両手を掲げ、敵意がない事を示す。
突如現れた人間の無抵抗な様子に騎士の城壁達が警戒をゆるめたタイミングを見計らい、レキは平常心を保ったまま深淵の騎士へとゆっくり近付く。
レイドリックの一体が剣を構えたものの、レキは両手を下げず大丈夫だと静かに声を掛ける。
「なにもしないよ、武器だって持っていないから落ち着いて…ね?」
なんと穏やかな声色だろうかと、自分でも驚いてしまった。
とてもモンスターに掛ける言葉ではなかったが、どうやら伝わったようでレイドリックは剣を下ろす。
レキは自分が受け入れられたことを確信し、とうとう深淵の騎士の傍まで辿り着くことができた。
(う…やっぱり子どもじゃないか…!)
深淵の騎士は驚くほど小さく、泣き声から女の子であることも薄ら分かる。
しゃくりあげる姿はあまりにか弱く、レキは花にふれるように手を差し出した。
「よしよし、泣かない泣かない…ちょっと馬から降りてみるかい?」
拒否される様子も、特別に警戒される様子もないのを確認し、レキは子どもの深淵の騎士の背中を撫でてやる。
「う、うん…降りるのだわ…」
返ってきたのは間違いなく少女の声。
レキの手を握り返る力は弱々しく、今にも大声で泣き出しそうな揺れる声だった。
「さあ、おいで」
しゃくり上げながら泣き続ける子供の深淵の騎士をなだめつつ、馬からゆっくりと降ろしてやる。
相当長い間あやしていた様子の供回り達は疲れ果てた様子ながら大人しく、レキの警戒をしているようだった。
「さあちょっと落ち着こう、この魔法のカートの中にはいいモノがあるんだよ」
「魔法のカート…?」
「そうだよ、なんでもあるんだ…さあ見てごらん」
そしてレキは子供に取っては何よりも喜ばしい菓子の数々をカートから出し、そのすべてを深淵の騎士に見せてやる。
まだ泣きに尾を引く深淵の騎士は、カートの中にある温度を遮断するピンク色の小箱を見付けると指を差す。
「これはなにが入っているの?」
「ふふ!宝物が入っているよ、開けてごらん」
レキは穏やかに笑いながら小さな深淵の騎士の前に小箱を差し出した。
「本当に…?私が開けてもいいの?」
「もちろんだよ、さあ」
おずおずと恐るようにそれを受け取った深淵の騎士は、すっかり泣くのをやめると目の前の箱を開けるのに全身全霊をこめる。
そして開かれた箱の中には、チョコレートとベリーソースがマーブルになっているバニラアイスが鎮座していた。
「これは…?」
驚いた様子で動きを止めた小さな深淵の騎士に、レキは微笑みながらその名前を口にする。
「アイスクリームっていうんだ、冷たくて甘いんだよ、食べてごらん?」
箱の中には銀の小さなスプーンも備わっており、深淵の騎士はスプーンを手に取ると器用に仮面の隙間から口へとアイスを運ぶ。
それは深淵の騎士にとって初めての衝撃だった。
今までこんな冷たくて甘い、口にいれると溶けてしまう食べ物なんて知らなかった。
「冷たくて甘いのだわ!」
小さな深淵の騎士から感嘆の言葉が放たれ、レキは夢中にアイスを頬張るその様にふたたび笑顔になる。
「ふふ!おチビさん、アイスクリームは気に入ったかい?」
レキの言葉に深淵の騎士はスプーンを動かす手をピタリと止める。
そして八つ目の仮面を取り、まだ幼くもつよい眼差しの整った愛らしい顔を見せ口を開く。
「おチビさんはこの場合不適切よ、私はアナタより生きている年月が豊富なのだから!」
それだけ言い終えると、彼女はまたアイスクリームを夢中で頬張りはじめる。
闇を詰め込んだ鎧に負けぬような真っ黒な髪、そして夜空のような漆黒の瞳、肌は日の光を苦手とする魔物らしく陶器のような白さ。
人離れした美しさを備えた愛らしい小さな深淵の騎士の言葉に呆気こそとられたが、レキは彼女の機嫌を損ねぬよう言葉を選ぶ。
「これは失礼…では深淵のお嬢さま、君はどうして涙に暮れていたんだい?」
紳士なレキの態度に彼女は口の周りについたアイスを舐め取るとスプーンをかざし口を開く。
「いい質問ね、涙の理由は住処へ帰る為の鍵を無くしてしまったからなのだわ」
「それは四階への扉を開く鍵?」
レキの問い掛けに彼女は腰に手を当て頷く。
「そうよ、だから私は泣いていたの!帰れないから!」
自慢気にいう事でないのに自信満々に告げる様子はとても面白く、子どもらしい振る舞いにレキは頬を緩ませると、さきほど入手した鍵を彼女の前に差し出す。
「奇遇なことに自分も四階の書物に用事があるんだけど、一緒にどうかな?」
レキの申し出に鍵を見つめながら深淵の騎士は不敵に口元を吊り上げ笑みを浮かべる。
「アナタが書物を読む権利と私が住処へ帰れる権利を、いまこの場で交換条件として扱えというのね?」
「なんて聡明なお嬢さんだ、話が早いね!」
穏やかな笑顔のレキに彼女は頷く。
「いいわ、オウルバロン達に口を利いてあげる!」
そして彼女は再び仮面を付け、不特定に揺らめくマントをひるがえす。
「レイドリック!私を騎乗させなさい!」
呼び付けられたレイドリックは敬礼の姿勢を取った後、騒がしい音を立てながら彼女を漆黒の馬に騎乗させてやる。
(ふふ、一人じゃ乗れないんだね…)
その光景を微笑ましく見守るレキは四階への扉を開く為、床に設置された鍵穴へと鍵を差し込む。
開かれる道を見てレキはふと自己紹介をしていなかった事に気付き、彼女に一礼すると口を開く。
「俺はレキ、聡明なお嬢さんに名前はあるかな?」
深淵の騎士は大き過ぎるマントを翻すと声高らかに告げた。
「私の名前はノア・ジョニー=アポルティアよ!ジョニーと呼びなさい!」
「なるほど、じゃあジョニーちゃんで…」
「まあ!レキったらありえないわ!」
騒がしくも穏やかな笑顔を浮かべ、二人と供回りたちは四階へ姿を消す。
レキが今後もノアの元へ通う事になるとは、彼女の供回り達も予想しない未来図であった。