生きとし生けるものの


「ほい」
 白花は寝台に座る鳴桜へバスタオルを投げて寄越す。シーツを汚さないよう敷くものとして持ってきたそれを受け取りながら、鳴桜は白花との相性の良さを感じていた。徹底して面倒事を避ける姿勢は大いなる共通点であり、この状況において情緒が無いなどと苦情を言い出すほうが余程面倒だと感じているからだ。
「服どうする?」
 寝間着のボタンに手をかけて鳴桜が尋ねる。脱がす過程や着た侭での行為を好む場合を考慮しての問いに、白花は軽く手を振って答えた。
「脱いでていいけど」
「ん、じゃあそうする」
 軽い遣り取りの後、隠す事もせず服を取り去る。互いに裸身は初めて見る訳でも無く、寧ろ見慣れているとの感覚が強い。
 気怠げに寝台へ倒れた鳴桜へ、白花は覆い被さる。暖房を切っていた室内は昼前の空気でもまだ冷えており、触れた箇所だけが温かだった。
 不意に鳴桜が耳元で告げる。
「そういや腕、ちゃんと治ったのか?」
 職場での負傷も前の事になり、家事も出来るようになったとは知らせていたが、完治したとまでは伝えていなかった。鳴桜なりに心配を抱えていたのかもしれず、白花は己の軽率さを胸中で呪うしかない。
「うん、もう治った」
 答えると鳴桜から頭を軽く叩かれ、撫でられる。柄にも無く優しい手付きだった。
「気を付けろよ。なんかあったらくそつまんねえ」
 鳴桜の言葉通り、互いを失う事は鬱屈と退屈の日々の再来と同義だ。白花は現在への小さな喜びに軽く笑う。
「だな、気を付ける」
 告げてから鳴桜の首筋に口付けた。跡を残さないように軽く吸い上げる。柔らかな体だが、決して弱さは感じない。そうして僅かな迷いを自覚し、白花は頭を起こした。
「キスしていい?」
 白花が尋ねると鳴桜は舌を出し、舌先を動かして招く。珍しく互いに配慮していたのかもしれないが、その必要は最初から無かったようだ。
 鳴桜の舌先を食むように其処へしゃぶり付く。絡む舌からは鳴桜が慣れているのか否かの判断は付かなかったが、どちらにせよその理由は不愉快だ。だが口内で感じる熱は不愉快も溶かす程に熱かった。
 苦しくなり口を離すと互いに唾液が垂れ、唇の周りを大いに汚す。荒い呼吸でいる鳴桜の表情は、僅かにつり上がる唇が余裕を見せた。
「ほんとはな」
 笑い混じりの鳴桜の声が多少揺れている。
「俺もすっげえ溜まってた」
「ええ? じゃあウィンウィンだったのか」
 白花の声も揺れているが、やはりまだ余裕があった。
「そ。だから手え抜くなよ?」
「抜けっかよ」
 不敵に笑う白花は再び口付けながら、鳴桜の豊満な両胸を鷲掴む。柔らかさと弾力の織り成す感触は徐々に白花の理性を崩しにかかる一方で悪戯心を呼び寄せた。至って邪なものだが、今ばかりは許されるだろう。
 白花は口を離し、鳴桜の胸の先端に吸い付く。もう片方も指先で捏ね回すと、鳴桜から声が漏れた。
「んあっ、は……んん」
 ざらついた舌で舐め上げてみると、鳴桜が身動ぎする。
「ふ、ぅ……あ……」
 硬くそそり立ってきた先端を弄りながら、残った片手でまだ熱を覚えて間も無い鳴桜の体を掴むと驚きの声があった。
「えっ、其処、お前いいのっ?」
 極めて男の部分を意識させる部位に触れられるとは思っていなかったのだろう。白花は最後の要らぬ気遣いを添えた手の動きで一蹴した。
「うあ、はっ」
「このほうが良くね?」
 一言の後にまた吸い上げると鳴桜の腰が揺らぐ。
「ん、いい、あぁ……」
 手の中で素直に硬くなる鳴桜の体を認めた頃、白花も自身の体が仰いでいる事を知った。白花は名残惜しく胸から口と手を離し、身を起こすと鳴桜の足を抱え込む。粘液で溢れた箇所が待ち侘びるようにひくついているさまは、初めて視覚的に白花の欲を煽った。
 体を宛がった時に鳴桜から疑問が飛ぶ。
「指、入れねえの?」
「え、怪我すんぞ?」
「確かにすっげえ痛かったけど……、それも普通じゃねえの?」
 言葉に白花は鳴桜の受けた行為の粗雑さを知り、恐怖すら覚えた。
「ねえよ……」
「ええー……そうなんだ……」
 掘り返せば凄まじい行為が出てくるかもしれないが、今問いただす事ではないだろう。頭を抱えたい思いはあるが、それよりも今のほうが大事だった。
「まあなんだ。普通にするからさ、楽にしとけ」
「うん……」
 優しい行為よりも遠い普通は、果たして間違った認識を上書きしてくれるのだろうか。白花だけでなく鳴桜自身もまた期待していた。
 徐々に体を埋めると鳴桜が小さく苦悶の声を漏らす。全てを埋め終わりまだ動かない事に鳴桜が不思議そうな顔を向けたが、白花の悪戯心がその訳を呑み込ませた。頃合いを計った白花に腰を引かれ、鳴桜は答えを知る。
「んあぁ!?」
 駆け巡る衝撃を受け止める暇も許さず白花が責め立てると、鳴桜の体が痙攣し始めた。
「んっあ、なん、だ、これぇ」
 動きに揺れていた鳴桜の硬い体をまた掴んで刺激すると内部の動きが強くなる。先端から滲む液をまとわり付かせて扱き上げると内部が締め上げてくるさまは、白花の望むように心地良い感覚を寄越した。
「くぅ……、やっぱいいんじゃん」
「だってこんなん……あぁ、そこ、そこいい……」
 内部に充分に受け入れられたところで、白花は更に奥深く鳴桜の体を突き上げる。
「ふあぁっ!」
 最奥にある弾力を執拗に突き上げると、鳴桜が喉を反らした。
「はっあぁ、あぁいい、いい、からっ、もっとっ」
 律動に胸が大仰に揺れ、白花の欲を更に擽る。
 目眩のような感覚に突き動かされ、白花は初めて自身が行為に夢中なのだと自覚し、鳴桜もまたそうなのだと悟った。鳴桜との行為には少なくとも以前のような虚無感や嫌悪感は欠片も無く、安心さえある。たとえ他者から非生産的だと罵られたとしても、ただの雑音として流せるだろう。
 気付けば全身が熱く、冷えた空気も意識の外にあった。
「はあっ、う、もう、イきそうっ」
「そう、か、よっ」
 鳴桜の訴えに応えて白花が鳴桜の体を横に倒し、片足を持ち上げて激しく突き上げる。手の動きも速めると目立った水音が鳴った。
「んあっいいっ、奥、までっ、あぁあイく、イくっ!」
 唾液の垂れるもその侭に鳴桜が喘ぐ。
「ははっ、ぶちまけちまえよ、おらっ!」
 白花も心地良い限界の侭に責め立て、奥深くを強く突き上げた。
「うあっ、あぁっ……!」
 感覚が体を駆け巡り、視界が明滅するような錯覚に陥る。鳴桜が呻くと同時に内部が強く締め付け、促されるに任せて白花は欲を注ぎ込んだ。手の中の体も脈打つと粘液を撒き散らし、鳴桜の腹から胸元を汚していく。
「ああー、あー……」
 互いに喘いで脱力し荒い呼吸を繰り返す中で、鳴桜が体をその侭にしている白花を呼んだ。
「……なあ」
「んん……?」
「まさか終わりじゃ、ねえよな」
 告げながらまだ繋がっている腰を揺らすさまが白花の欲を煽る。内部で徐々に再び膨張する体は素直すぎるのだろうが、それを恥じる心など最初からありもしない。
「言ったな?」
 口元をつり上げる白花へ、鳴桜も挑発的な笑みを浮かべた。



 白花の膝の上に乗った鳴桜が欲の侭に腰を振る。番う箇所では粘液同士が泡立ち、肌が当たる度に粘度のある音を響かせた。
 荒い呼吸の中、不意に鳴桜が下方を見ながら告げる。
「お前のも、さあ」
「ん?」
「色、薄くて、さらっと、してんだな」
 言いながら鳴桜は番う白花の体を指でなぞり、伸ばして眺めたそれは白濁というには透明度が高く、糸もすぐに切れた。鳴桜のものも同様の見た目である。
「ゼロだとやっぱ、そうだよな」
 言葉に何の感慨も込めず、事実のみを告げた。それがこれまで出来なかったと考えると今は非常に楽なものだ。
「それより。喋る余裕があるんだな?」
 白花の挑発に鳴桜が不敵に笑う。
「お前こそ、なっ」
 言葉と共に鳴桜の内部が急激に締まり、吸い付きうねるような感触に白花は思わず呻いた。
「うお……っ、やったなっ」
 仕返しと言わんばかりに白花は鳴桜の両胸の先端を摘まみ、同時に腰を突き上げる。
「んぅああっ!」
「お前、どっちかっていうと、これ好きだろ」
「はぁあっいいっ、その、侭っ」
 激しい律動の中で鳴桜には笑みすらあり、つられて笑っているのかも解らなくなった。
「もうやば、出すぞっ」
「こっちも、やば、いっ……んぅあぁああっ」
 柔らかな内部が幾度も蠢動し、白花の限界を促してくる。そうして一段と深く突き上げた瞬間、鳴桜の仰いでいた体から押し出されるように粘液が飛び散った。白花も同時に限界を迎え、欲の丈を鳴桜の内部へと放つ。
「うっ、あ……」
 脱力した鳴桜は白花へ倒れ込み、呼吸を整えようとしているのか動かない。白花は暫くは鳴桜を支えていたが、やがて違和感に気付くと鳴桜の表情を窺った。白花の予想通り鳴桜の目は閉じられており、元から寝ていたかのように安らかな寝顔でいる。
「おいおい……」
 余程疲れたのか、それとも満足したのかの判断は付かないが、無防備に安心しきっている様子からは少なくとも嫌悪感は微塵も感じられず、文句の一つも浮かんでこなかった。そして白花自身もまた似たような心地なのだと悟る。
 白花は鳴桜をそっと横たえると、余分に持ってきていたタオルを手に取った。互いの汚れを拭いて後始末をする中で、それをあまり面倒に思っていない自身へ気付く。相手が変わるだけでこうも変わるものかと思ってから、それは当然だと思い直した。人に散々振り回されてきた互いは、互いに揺さ振られているのだろう。
 白花も鳴桜もこれまでをどうにか生きてきたものの、決して楽しいものではなかった。だからこそ今後に出来るささやかな期待は、純粋に楽しみなものだ。



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