メイクスクール 衰運の果て

衰 運 の 果 て
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衰運の果て / 神楽坂ゆう
皇紀2758〜

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皇紀2671年3月26日(土)

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 usamimi.infoのサーバーダウンが多かったので、WebSiteを移転致しました。

移転先は http://overblue.koborezakura.com/ になります。

 大変御手数ですが、リンクして頂いている方には修正して頂けますと幸いです。
 と言いましても、それほど更新する気力もなく、数ヶ月に一度くらいの割合で更新して行こうかと思います。
 usamimi.infoには大変お世話になりました、有難う御座います。 これからの御活躍もお祈り致しております。




 先ず冒頭に於いて東日本大震災に際し、被災された皆様へ心底よりの御同情申し上げます。

 しかし、天皇陛下御自ら自主停電や御用地開放奉り賜ります処のニュースを見て、 団塊の皆様の「そりゃあ、こんな時には天皇様だって贅沢していられないよね」や 「俺達の税金で食っているんだから当然だよな」という言葉 (言葉というものが、古代ギリシアの時代より鑑みれば神の秩序、 日本古来の精神に基づけば言霊として扱われてきた事に則れば言葉ですらない、唯の空気振動) を耳に致しますと、石原都知事ならずも、嗚呼、これは天罰だ、と思わずにはいられません。 寧ろ、今まで天罰も受けずにのうのうと生き永らえてきたこの、戦後、なるものの悍ましさすら 感ぜずにはいられないのであります。
 わたくしは三笠宮家のあの到底皇族とは思えないみすぼらしい御住まいと、 「年金で世界一周旅行したい」と言っている戦後利得者の顔が脳裏で交互に浮かび、 唯唯日本古来の深い哀しみへと戻ってゆくばかりであります。
 御皇族を敬い、神神を畏怖することにより、ヒエラルヒーを無視した存在である人類の 卑小なる驕りを恥じ、自然と共存してきた美しき日本人はどちらにおいでなのでしょうか。

 今回の震災に際してわたくしがとても不可解に思ったことは、 「東北の人たちは大変な目に遭っているのに普通に生活できる奴が信じられない」 「こんな時に楽しそうにできない」「遊びに行く気なんておきない」と仰る方方を多多見掛けることであります。 それは御最もな意見ですが、果たしてあなたがたは、レンホウなる人物が防災予算を削っていた時、 辻元なる人物が被災地で反自衛隊運動をしていた時、中国共産党がウイグルに原爆を落としていた時、 スマトラ島の大津波の時には何をなさっておられたのでしょうか。
 わたくしごとで大変恐縮ではありますが、わたくしが教育委員会に所属していた時、 中央から学校耐震化の命令がありました。わたくしは工事が始まる気配がないので 「耐震工事はいつ始めるのか」と課長に尋ねた所、「しない」と言うのです。 「しないで子供が死んだらどうするんだ」「金がない」「なかったら集めれば良い、それが公務員の仕事だ」「……」 というような遣り取りがありました。その場には職員が十四人おりましたが、皆沈黙を死守しておりました。 その後わたくしは個室に呼ばれ「生意気だ」と三時間説教をされました。 説教をした人物は職員を一人自殺に追い込み、十二人を精神病院送りにした有名ないじめグループの中の一人でした (因みに入院患者数を聞いた市民は「軟弱者」と言っておりました)。 更にその後になって我が市は数億円規模のスタジアムを建設するそうです。
 このようなことが永遠と六十六年も繰り返されてきたのかと思うと、 わたくしは何とも言えない気持ちになり、メニエールなのか地震なのか解らなくなるのです。

 大学の教授(団塊)に「お前は何がそんなに哀しいのか」と尋ねられたことがありました。 わたくしは「あなたは何も御感じになられないのですか」と返答致しました。
 つい先日我が家の近くでは放火がありました。辺鄙な田舎町です。 その前は父親(団塊)に勘当された大工の息子(団塊Jr)が、それでも病身の父親(団塊)が気になり日日隠れ伺いに来ているのを見掛けました。 その前は近所に住む漢人が車中の五百円を盗む為に窓硝子を割りました。 その前は引き篭もりの息子(団塊Jr)が父親(団塊)を殺す為に家に放火をしました。 その前は漢人が電線を切って売り払いました。 その前は東京ナンバーのトラックが畑の果実を根こそぎ盗んで行きました。 その前は……、その前は……。
 先程うっかりNHKラジオを聞いてしまったら、本日もわたくしを憂鬱にさせる為に新自由主義を垂れ流しておりました。 皆さん、日本は本日も平和です。


 我、日ノ本を想わざりし時、未だ無し。