こちらの格好を認めた相手の反応は、概ね予想通りだった。
草臥れたソファに腰掛け、朝食後の茶を啜る片割れは未だ寝巻きのまま。
軽く目を瞬かせてから半眼になると、呆れたように――まあ、実際呆れているのだろう――溜息を吐いた。
「お前は一体、何をしているんだ」
片割れはカップをテーブルに置くと、眉間に皺を寄せた。
「何って」
問われて自分の体を見下ろす。キングダムの魔術士の正装。細かい刺繍の施されている、見慣れた法衣。
――ただし、青色の。
「双子なら、一度はやってみたい衣装交換」
くるりと一回転してみせると、法衣の裾が空気をはらんでふわりと広がった。高く結わえた髪も遅れて揺れる。
その様子を見ている相手は、相変わらず渋面のまま。構わず用意していた自分の紅い法衣を相手に差し出した。
「はい、君の分」
「却下だ。返せ」
にべも無く断られる。相手が珍しく着替えもせずのんびりとしているから、ほんの悪戯のつもりで着ただけであって、これも予想通り。苦笑いする。
「ノリが悪いなあ。周りの反応が見てみたかったんだけど」
「くだらん。お前は悪乗りし過ぎだ」
仏頂面の相手に、着替えて来いと紅い法衣を押し付けられる。
「あと、そいつも忘れるなよ」
「分かってるよ」
髪飾りを指差され、先に取ってしまおうと留め金に触れる。が、普段結い慣れていないのもあって無理矢理詰め込んだのがいけなかった。
「ちょっと待って、髪が絡まって――」
「見せてみろ」
手招かれるまま片割れの前に膝立ちし、頭を下げる。
「ちゃんと髪を梳けと言っているだろう」
片割れはぶつぶつと文句を言いながらも、恐らくは慎重に髪を解きに掛かった。その証拠に、時折髪を引かれるものの、悲鳴を上げるような痛みが訪れることは無い。
これは時間が掛かるとみて相手の膝に顎を預けると、明らかに増えた重みに頭上から溜息が降ってきた。
それを無視して脇に置いた紅い法衣に目をやる。
紅い、赤い。ふと思い出す。
「あのさ」
「何だ、大人しくしていろ」
「別に、どうしても着て欲しかったわけじゃないんだけど」
髪飾りの擦れる乾いた音がする。
「まだ、赤は嫌い?」
拒絶されたのは赤い名前の青年だった。言ったのは自分ではない。そして、言われたのは自分でもある。
「……勝手に人の記憶を見るな」
「無茶言わないでよ。これは一応僕の記憶でもあるわけだし」
肩を竦める。かつて存在を共有した彼の記憶は、『ルージュ』として生きると決めた時に遠いものになり、
比較的新しく印象深い出来事以外は殆ど思い出すことが出来なくなっていた。
少々勿体無い気もするが、生活する上で彼の記憶を引き出す必要性が無いのだから仕方ない。
いずれはこの記憶も新しい記憶を積み重ねていく内に、同じように奥底へと沈んでいくのだろう。
失われていく共有部分に寂しさを覚え、片割れの寝巻きの裾を掴む。
「取れたぞ」
ぱちんと軽い音がして、髪飾りの拘束から解放された髪の束が落ちてくる。
膝から顔を上げて片割れを見上げると、額に微かな感触。
虚を衝かれて固まっていると、次いで瞼に口付けられた。髪に通される指が心地良い。
「赤は気に食わん」
嫌だったらこんなに優しく触れたりしない。分かっている。
「お前だけで充分だ」
赤いのも、赤くなるのも。囁かれ、じわりと耳が熱くなるのを感じる。
恥ずかしくないのだろうかとその顔をまじまじと見詰めるが、本人に自覚は無いらしい。平然とした顔をして見返してくる。
彼はいつだって大真面目なのだ。内心降参する。法衣を抱えて立ち上がり、片割れの唇に自分の唇を押し付けるようにして重ねた。
「僕も、青は嫌いだよ」
青い色は君だけ。悔しいけどね。片割れから体を離し、自分の法衣に着替えるために寝室へと向かった。