「見てて」
薄暗い部屋の中で片割れは両の掌を握り締め、ゆっくりと開いて見せた。
そこに編まれていく見慣れた術法の構成。
陽術の下位術――彼が持っていたのは陰術だったはずだ。わざわざ反術を買ってきたのだろうか。
しかし半分も組み上がらないうちに、集まった魔力は唐突に霧散する。
「自分の持っている資質を経由しないなら、いけると思ったんだけど……どうも君と同じものだと認識されてるみたいだね」
続いて別の術を編み始めるが、どれもこれも形を取ることなくあっけなく消失する。
その身体に組み込まれた、術法を使うための回路――それは彼を構成する重要な要素であったが、自分のものでもあった。
「クレジット、無駄にしちゃったな」
相手は残念だと呟いて、ベッドの縁に腰掛ける。見上げる自分の身体はベッドに深く沈んだまま、全く言うことを聞かない。
シーツに広がる髪さえ重く、呼吸するだけで全身が軋む。
「辛そうだね」
昏い色を湛えた目で覗き込んでくる。そんなことはない。ただ、疲れているだけだ。
それは言葉になることはなく、乾いた音になって喉を通り過ぎただけだった。
見せるつもりのなかった無様な姿に、歯噛みする。
「そんな風に具合が悪いのは、半分足りないからだろう?」
ベッドに縛り付けられた体に、重りが追加される。
腹の上に跨った相手の、布を隔てて尚冷たく感じる手が臍から胸へと辿り、心臓の上で止まった。
何をするつもりだと目で問うと、彼は空いたもう一方の手で襟を緩めた。普段は頑なに隠されている白い喉が露わになる。
「僕が持っていても仕方ないから、返してあげるよ」
もともと全部君のものだ。その言葉に、心が凍りつく。その癖、底に留む熱は収まることはなく、じりじりと身体を蝕み続ける。
一人にしないで。暗がりで誰かが泣く声。背筋を這い上がる悪寒と酷い吐き気に、目をきつく閉じる。
それ以上は聞きたくなかった。
「正しくやり直すんだ。あの時みたいに――」
分かたれた力はあるべき場所へと収まり、欠けた月は満ちる。それで君の望む世界を作るといい。
彼は囁いてこちらの手を取ると、甲に口付けた。次いで手に触れた温かく脈打つ感触に、体が強張る。思わず目を開ければ、指を頚動脈に押し付けるようにして微笑む片割れの顔。
「大丈夫、すぐに逢えるよ。僕は君に還るだけだ」
違う、そんなことは望んでいない。この程度の痛みなど、命の代償にしては軽すぎる。
それなのに、また自分の手で奪えというのか――息苦しさに喘ぐが、声は出ない。彼に導かれた手は、自分の意思を無視して指先に力を入れ始めた。
「僕は初めからいなかったんだよ、ブルー」
薄っすらと明るくなった部屋の中、意識が浮上する。
外で喧しく騒ぐ鳥の声と、数少ない近隣住人の足音が聞こえてくる。
夢見が悪かったせいか、いつもの起床時間はとうに過ぎていた。天井を仰いで数度瞬きした後、隣を確認する。
くしゃくしゃになった銀色の頭が、呻き声とともにもぞりと動いた。
「……もう起きるの?」
眠たげな声。
「寝てろ」
抱き寄せると、小さく頷いて胸に頭を押し付けてくる。普段ならここでシーツをひっぺがし、ベッドから追い立てているところだが、今日はそんな気分にはなれなかった。
腕の中に納まった体温に安堵する。この存在が間違っているというのなら、正しさなど必要ない。
再び寝息を立て始めた片割れを抱き、シーツを被り直した。