混ざって、溶けて、無くなる。希薄になっていく気配に手を伸ばすが、届くことはない。
主を失って崩壊した世界で、それは永久に失われた。

「君は、本当にこれで良かったの?」
上から垂れてきた銀糸の間から、光の無い深い紅色が覗き込んでくる。
「何がだ」
汗ばんだ身体を引き寄せて喉元に吸い付くと、掠れた声が上がった。 肌を擽る銀髪に指を通し、少々乱暴に掻き雑ぜる。
「壊れてしまった器は、元には戻らない」
時間は瞬間の連続。来た道を振り返ったところで、過去が見えるわけではない。 時間に干渉するはずの時術であっても、進み続ける時間を巻き戻すことは叶わなかった。
熱の篭った吐息の間から、声音は静かに告げる。
「そして、役目を終えた彼の意識もまた、消えてなくなった」
捕まえた銀の房が、するりと逃げる。呼びかけて、口を噤む。 では、これは一体誰なのだ。
自分を見詰めながらもどこか遠くを彷徨う瞳に、鳩尾の辺りが忘れていた痛みに疼いた。
奇跡など存在しない。それならば。
「だから願った」
再生を、再開を、再会を。
「だから作った」
自分の中にある彼の記憶を掻き集め、存在を繋ぎとめるために最後の術法を編み上げた。しかしそれは――
「君は、手に入れた莫大な魔力と引き換えに彼を再現した。元の資質を与えたものの、融合した時の魔術回路も再現してしまったから、資質と回路が分断されてしまったけど」
君でも失敗するんだね、と相手は小さく笑った。
「空っぽの身体に詰め込まれた二人分の記憶に、自分が誰なのか分からなくて酷く不安だったけど、僕は構わなかった。君が望んでくれたから」
圧し掛かる身体は体温を持っており、確かにそこに存在している。
「お前は……」
だが、自分は知っていた。
戻ってきたのは一人だった。分離などしなかった。彼はもういない。
「思い出したりなんて、しなければ良かったのに」
自嘲するように微笑んで、囁く。
「それでもまだ、君は僕の名前を呼んでくれるかい?」