枕元の明かりを消そうと腕を伸ばした片割れの、寝巻きの袖から覗いたそれに気付く。
「こんな所に傷なんてあったっけ」
鋭利なもので切り裂いたのだろうか。手の甲から腕の方へ真っ直ぐに。 つい最近出来たと思しき傷跡が、薄っすらと残っている。
指でなぞると、ああそれか、と事も無げに返事が返ってくる。
「あれに付き合って、薬の材料の調達に行った時にな」
クーロンの裏通りに、変わり者で有名な医者が診療所を構えている。先日そこに寄った際、 薬の材料を切らしたとかで相手に連れられ、何故かモンスターを狩る羽目になったらしい。 肝やら皮やら骨やらを集めて何を作るのだか知らないが、怪我をしては本末転倒ではないか。 眉を顰める。
「まだ、あんな胡散臭いのと関わってるの? 患者を驚かせて喜ぶ変人じゃないか」
腕は一級品らしいが、いかんせんあれは妖魔なのだ。 奇病難病珍病をコレクションするのが趣味なのであって、別に患者を救いたくて医者をやっているわけではない。 本気か冗談かは知らないが、以前知人と連れ立って診療所を訪れた際、手術台に乗せられかけて慌てて逃げ帰ったこともある。 それもあって、余程の用がなければあまり近寄りたいとは思わない人物だった。
「お前だって、相変わらずあの喧しいのと付き合っているだろうが」
こちらといえば、用の済んだ今でも彼女達とは何かと交流が続いており、人手が足りないときは仕事に手を貸すこともある。勿論報酬付きで。 こちらはこちらで危険を伴うのだが。
「僕はいいんだよ」
「何なんだそれは……」
片割れは呆れたように溜息を漏らした。
ベッドから身体を起こして、その手を取る。
「痕を付けさせるのは、僕だけにしておいてよね」
傷跡の上に唇を這わせ、手首に辿り着いたところで強く吸う。隠すように何度も、赤く塗り潰していく。
自分の知らない時間。
お互い、出先の事は特に聞いたりはしない。 行動パターンや言動から大抵は予想がつく。それでも、こんな風に知らぬ間に怪我をして。或いは――
さして広い部屋ではないが、一人でいると酷くがらんとして、相手は出掛けたまま もう戻らないのではないかという不安に押し潰されそうになる。
「僕は全部あげたんだから、身体くらいくれたっていいじゃないか」
だからといって、ずっとここに縛りつけておく訳にもいかない。そんなことは分っている。 片割れの手を握ったまま俯く。
暫くの沈黙の後、片割れも起き上がり、空いている腕を背中に回して抱き寄せてきた。 馴染んだ体温に縋りつく。自分にはこれが必要なのだ。
ぐいと体重を掛け、押し倒した。
「おい、もう寝……」
身体の下で少々狼狽した声が上がる。
「気が変わった」
相手の下穿きを引き下ろし、中心に指を絡めて緩く擦る。 制止を無視して足を開かせると、先端に軽く口付けた。
「今日は寝かせてやらない」
一体誰のものなのか、思い知らせてやる必要がある。 自分がそうであるように、彼にも、嫌と言うほど刻み込んで。
「明日は動けないかもね」
にっと笑うと、その起立を口に含んだ。