疲れ切った体に燻る余韻を、熱いシャワーで押し流す。頭から暫く浴び続ければ、朦朧としていた意識が徐々に戻ってくる。 蛇口を捻って湯を止め、軽く頭を振ると溜息を一つ吐いた。
脇に目をやれば、そこには湯を張った浴槽に背を預け、目を細める片割れの姿。一人のときは案外こんな感じなのかもしれない。滅多に見られない緩んだ表情に可笑しくなって、忍び笑いする。 普段なら別々に入るところなのだが、今回は諸々の事情で汗と以下略に塗れた服と肌の感触に耐えられず、男二人で入るには少々狭い空間に鮨詰め状態になっていた。 押し合いへし合いしながらも、手早く済ませた片割れが浴槽に退避したお陰で、今は多少余裕がある。 それはいいのだが――。
「どうした」
視線に気付いて、声を掛けてくる。
「……ええと、まだ上がらない?」
「何だ、湯船に入りたいのか」
湯から上がる気はないらしい。ここが空いている、と伸ばしていた足を縮めた。それは無理がある。
「いや、そうではなくて……」
空気を読んで欲しいが、しかし全く伝わる気配はない。いつにない歯切れの悪さに、怪訝な眼差しを向けてくる。
「どこか具合でも悪いのか」
具合が悪いというか、都合が悪い。真っ直ぐな視線に思わずたじろぐ。
同性で、その上体の関係を持った相手からしてみれば、一体今更何を恥ずかしがることがある、というところだろう。 それはそうかもしれないが、そのつもりでいるベッドの上とは心構えが違うわけで。一向に視線を外さない相手に、気にするまいと思えば思うほどかえって意識しまう。 逡巡の末、理由を言わずに彼を浴室から追い出すのは無理だと判断し、観念して口を開く。
「……中の、を片付けたいんだけど」
なるべく平静を装って、そう告げる。
何を、とは聞かれなかった。流石にそこまで鈍感ではなかったらしい。数度瞬きすると、合点がいったという顔をする。
「そこまで思い至らなくて、悪かった」
「気にしなくていいよ。好きでやってるんだし」
ようやくこの居心地の悪さから解放される。そう思って安堵の溜息を吐く。いつもはこっそりやっている、この少々間抜けな作業は、正直見られたいものではなかった。 ざばりと湯から上がる音。続いて、体から滴り落ちる水滴の音が後ろを通り過ぎる。が、浴室の扉が開く音はしなかった。
「は?」
後ろから伸びてきた手に、壁に両手を付く格好にさせられ、素っ頓狂な声を上げる。 何のつもりだと問おうとする前に、そこに添えられた感触に意図するところを理解し、体を強張らせて悲鳴を上げた。
「いや、いい! いいって! 自分でするから!」
「これは俺の責任だろう」
「こんなところで、責任感じなくてもいいから! 本当に!」
何の冗談だろうかとその顔を窺うが、いつも通りの冷静さを湛えているように見えた。大真面目な顔をしていても、やっていることは滑稽だったが。
「大人しくしていろ。すぐに済む」
往生際悪く逃げようとするも、後ろから覆い被さるように密着した体に阻まれ、その上手首をがっちりと押さえ付けられてしまう。
「うぅ……」
閉じられたそこを押し開いて、ゆっくりと入ってくる指の感触に身震いした。先程までもっと質量のあるものを咥え込んでいたそこは、さしたる抵抗もなく受け入れてしまう。 差し込まれた指は中で折曲げられ、掻き出すようにして何度も抜き差しされる。湿った音を立てて中で蠢く指と、内腿を伝い落ちるそれの感触に徐々に侵され、我知らず腰を揺らす。 一本だった指は二本に増やされ、必死に押し殺していた声はいつの間にか熱い吐息に変わり、喘ぎとなって零れ落ちた。
「……あ」
あと少しというところで、唐突に中を掻き回していた感覚から解放され、未練がましい声を上げる。 掴まれていた手首も放され、これで終いだとシャワーで全身を丁寧に洗い流された。 肩越しに振り返って恨めしげな視線を向ければ、やはり相変わらずの仏頂面。
「どうかしたか」
「……こんなことされて、どうにかならない方がおかしいと思うけど」
中途半端に投げ出された体は熱を持て余し、狂おしいほどにこの先を求めて震える。薄っぺらな羞恥心は、快楽の前にすっかり吹き飛んでしまった。 指だけでは足りない。
「そうだな」
呟きと共に、後ろから強く抱きすくめられた。耳朶を軽く食まれる。ひくつく窄まりにぐいと押し付けられたそれはすっかり昂ぶり、熱く滑っていた。
「何、……君も、興奮しちゃったわけ?」
揶揄するように声を掛ける。
「こんなことをして、どうにかならない方がおかしいだろう」
耳元で熱っぽくそう囁くと、一息に突き入れてきた。無遠慮に容赦なく。
「ひっ……あぁっ!」
ようやく望んだものを与えられ、歓喜に喘ぐ。奥まで穿たれては引き抜かれる寸前までを繰り返され、その度に齎される甘い痺れに思考が塗り潰されていく。 内側から散々蹂躙されて上り詰め、震える吐息を漏らした。
しかし、どうやら相手は耐え切ったらしい。敏感になっているそこを、更に執拗に攻め立てられて、腰が跳ねる。
「あっ、あっ、やだ、ぁっ……!」
底のない快楽に啜り泣きのような声を上げて、なすがまま揺さぶられる。やめて欲しいのか続けて欲しいのかもう分からなかった。焼き切れそうなほどの強烈な刺激に身を任せる。 何度も突き上げられた後、一気に引き抜かれた衝撃に体を仰け反らせれば、背中に滴る熱い感触。
壁に縋りついて、胸を大きく上下させると空気を求めて喘ぐ。相手も、力尽きたように背中に凭れかかってきた。
「……中じゃ、ないんだ」
「……それだと元の木阿弥だろう」
「君って、変なところで律儀だよね」
背後から返ってきた返事に、乾いた笑いを漏らした。

 結局湯船には浸からなかったのに、すっかりのぼせてしまったようだった。 全くと言っていいほど力の入らない体を奮い立たせ、どうにか部屋着を身に着けたところで力尽き、ソファに崩れ落ちる。 大して質の良くないスプリングが、急に降ってきた重みに不平を唱えた。
ぐったりとしているところに水の注がれたコップを差し出される。受け取って中身を一気に飲み干すと、大きく溜息を吐いて再びコップをその手に押し付けた。 少しばかり呆れたような顔をされるが、気付かなかったふりをする。片割れは空のコップを持ったまま黙って隣に腰掛けると、同じようにソファに背中を預けて目を細めた。
すました顔の相手をちらりと横目で見遣る。
「それにしても、珍しいよね、君から、なんてさ」
欲しがるのはいつも自分。相手にその気があろうがなかろうが、誘って押し倒して引き摺り込んで。それに文句や皮肉を言いつつ、あるいは黙って付き合ってくれるが、彼から行動を起こしたことは今までなかった。 この手のことは誘われればする、くらいのスタンスなのだと思っていたのだが。それが、何故か拗ねたような相手に問答無用で組み敷かれ、その上、後始末にかこつけていいように転がされる始末だった。 彼が変わるような何かがあったのだろうか。それとも自分が変わったのか。見えなかった変化に気付いて戸惑ってしまう。 手を伸ばして、片割れの肩に流れる湿り気を帯びた金の束を指に絡めて弄ぶ。振り払われないのを良いことに、指にくるくると巻いて癖をつけてやると、ほんの少し眉を顰めた。 「ねえ?」と軽く顔を覗き込めば、顎に手を当てて考え込む素振りをした後、こちらに視線を寄越す。
「……何となくだ」
「何それ」
彼の膝目掛けて勢い良く倒れ込むと、顔を埋めてぐいと押し付けた。優しく頭を撫でる感触。
「嫌だったか」
「嫌じゃないけど、君ってそういうのが好み?」
ちょっと強引にするのが。ごろりと寝返りを打って、片割れを見上げる。
「あれは気の迷いだ」
「……まあ、いいけどね」
非常に分かりにくかったが、微妙に照れているようだった。苦笑いする。気の迷いだろうが何だろうが、彼が自分を求めてくれたことには変わりない。それが素直に嬉しかった。
「たまにはああいうのも、燃えるし」
もう一度寝返りを打って体を起こすと、身を乗り出す。
「君からしてよ」
片割れは軽く嘆息すると、仕方ないといった風にこちらの顎を掴んで引き寄せる。
表情とは裏腹に、そっと触れた唇は酷く熱く、こちらが本心なのだと思うと堪らなくなって、相手の頭を掻き抱くと深く口付けた。