寝室に入ったとき、違和感を覚えた。
すぐにその正体に気付く。
――片割れが片割れのベッドで寝ている。
そもそもこれが正しい状態なのであって、おかしく思うこと自体が既におかしいのだが、普通でない状態が普通である自分にとって、最早それは異常であった。
あれだけしつこく追い出しても、何だかんだと理由をつけて居座り続け、こちらを根負けさせてまで手に入れた場所をあっさり手放すような事態が起きている。
自分が何かしただろうか、それともどこか具合が悪いのか。いや、帰ってきたときは機嫌が悪そうな素振りはまるでなかったし、夕食もいつも通り平らげて健康そのものにしか見えなかった。
では、偶々そういう気分になったとか。しかし、寝床が変わると寝付けないと言っていたくらいだ、これも考えにくい。他に原因になりそうなものを探すが、思い当たる節もない。
とにかく、一体どういう風の吹き回しなのか、片割れが定位置である自分のベッドではなく、初めに宛がわれた彼のベッドでシーツを被って丸くなっているのは、紛れもない事実だった。
何かあったのかと問うべきかと思ったが、寝ているのをわざわざ起こすのも憚られ、口を開きかけて止める。
あとは万が一の可能性として、一人立ち、というのも大仰だが、一人で眠れるようになったと言うのなら、それは歓迎すべきことなのだ。本人がその気になったのなら、引き止めるのもおかしな話である。
そう、なのだが。
釈然としないものを感じながら、それを振り払うように軽く頭を振って自分のベッドに潜り込む。
いつもより妙に広く感じるベッドは居心地が悪く、寝付ける気がしなかった。寝返りを打つ。
とたん、体がぐらりと揺れて――
鯵の開きのように展開したベッドの上で、呆然とする。
幸いマットレスごと落下したため、特に酷く打ち付けることはなかったが、自分の身に一体何が起こったのか分からず、暫くそのまま固まってしまう。
漸く我に返り首を巡らすと、大きな音に驚いたのか身を起こした片割れと目が合った。その表情は驚きから、叱られるのを覚悟したそれになる。
そして理解する。
これに何かがあったのではない。これが何かしたのだ。
半眼でその顔を見遣ると、もそもそと起き上がってベッドの上に正座し、目を泳がせて頬を掻いた後、気まずそうに口を開いた。
「ええと、……昼間にシーツを交換しているときに、ちょっとぐらついている気がしてさ」
そこで言葉を切ってこちらの様子を窺う相手に、目で先を促す。
「これ、買ったときに組み立てただろう。螺子が緩んでいるなら、一度バラして組み立て直そうと思って」
何となく何が起きたのか分かって、深々と溜息を吐いた。ベッドだったものから降りて、片割れの前に仁王立ちになる。
「……それで、どうした」
「螺子が余っちゃった」
ポケットを探り、開いた手の平に五つ程。余ったどころの話ではない。説明書を読まずに適当に済ませたにしても酷すぎる。眉間に皺を寄せた。
派手に分解したところを見ると、重要な部分には悉く螺子が嵌っていなかったのだろう。こんな状態で大の大人が上に乗れば、ひとたまりもない。自分が乗って暫く持ったのは、奇跡としか言いようがなかった。
「だから、乗ったら危ないよ?」
「遅いわ!!」
何が、だからだ。首を傾げた片割れの頭を、すぱーん、と良い音を立てて叩いた。
片割れは元通り先程まで眠っていたベッドに潜り込むと、シーツを半分捲って空けた場所を軽く手で叩いた。
「お前、あっちじゃないと眠れないとか言っていなかったか」
「今日は、君もこっちで寝るし」
何か問題でも、とでも言うような顔で見返してくる。拍子抜けするほど簡単に。あれこれ悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなって、招かれるままそこへ潜り込んだ。
横になると、いつものようにこちらに身を寄せてくる。
「明日、ちゃんと組み立てろよ」
「当然、手伝ってくれるよね」
胸元の銀色の頭を撫でながら、軽く溜息を吐く。呆れか、安堵か、或いは両方か。殆ど使っていないマットレスは若干硬かったが、眠りを妨げることはないだろう。
枕もとの明かりを消し、改めて片割れを抱き直すと、目を閉じた。