二人分の重みに、ぎしりとベッドが軋んだ。本を閉じて脇にやると、身を乗り出してせがむ重みに押し倒される。
それに応じて相手の頭を引き寄せ、鼻先を擦り合わせるように角度を変え、何度も口付ける。が、
「……何をやっているんだ、お前は」
重ねた唇を離すと、上着を脱がせて胸板を無遠慮に撫でてくる片割れを、怪訝な顔をして見返す。
「僕は君に触られるところは、全部気持ち良いんだけど、君はどうなのかなと思って」
うーんと首を傾げながら、ゆるゆると肌に触れてくる。胸、腹、臍の辺りと順繰りに弄られるが、擽ったさが先に立ち、顔を顰めて身を捩った。 反応を窺うように彷徨っていた指は、今度は胸の突起を捕らえ、指の腹で押さえたり、摘んだりを繰り返す。 暫く新しい玩具を見つけた子供のようにそこを弄んでいたが、徐に口に含むと舌を這わせた。 濡れた音を立てて、舐められ、唇で軽く食まれ、吸い上げられる。
「どう?」
「よく分からん。それに、俺にそんなことをしても意味が無いだろう」
ああでもない、こうでもないとあちこち触ってくる相手に呆れつつ、その頭を何とはなしに撫でつけた。すぐに飽きるだろうと、好きにさせておく。 確かに、相手にそういう行為はするものの、それは挿入の苦痛から気を逸らす意味合いが大きく、自分がされてどうこう、というのは今まで考えたこともなかった。 これが気持ち良いかどうかは、恐らく精神的なものによるのではないか。そう思うが、執拗に刺激を与えられているうちに、擽ったさとはまた別の、微かに生じた感覚に慌てて首を振る。 額に腕を乗せ、目を閉じてやり過ごす。 そのうち、効果が芳しくないのに焦れたのだろう、片割れは胸の突起から顔を離すと、下穿きに指を掛けて引き下ろしにかかった。奇妙な感覚から漸く解放されて、小さく溜息を漏らす。
「やっぱり、こっちの方が手っ取り早いよね。脱がせにくいから、少し腰上げて」
「お前な……」
身も蓋もない。断る理由もなく、仕方無しに腰を浮かせると、一気に引き抜かれた。
「あれ、勃ってる」
「うるさい」
股間を覗き込まれて、居心地の悪さに顔を顰める。 いつもなら、さっさと圧し掛かってくる銀色の頭は、予想に反して何故か視界の下に降りていった。そして、与えられた感触に、今度こそぎょっとする。
「っ、何をして」
「何って、見れば分かるでしょ」
咥えていた起立から口を離すと、淫靡な仕草で顔に掛かった銀糸を掻き上げ、唾液で濡れた唇を舌先でなぞった。制止しようとするも、添えられた手に緩く扱かれ、目を細めて低く呻く。 明確な反応があったことに、片割れは満足気に口の端を上げた。
「自分ばっかりして貰うのも何だし、あれだよ、ほら、『ご奉仕』ってやつ」
どこでそんな妙なことを覚えた、と言い掛けて止める。出所はどう考えてもあれだった。今度会ったら、きつく言い含めておかねばなるまい。眩暈を覚えて、こめかみを押さえる。
「とは言え、こういうことをするのは初めてだからさ、大人しくしていないと、歯を立てちゃうかもね」
脅し、というわけではないだろうが、こちらも急所を握り込まれたままでは、迂闊に動くこともできない。固まってしまった自分を安心させるように、片割れが微笑む。 知らないものが見れば、慈愛に満ちたものに感じるだろうそれは、大抵録でもないことに付随していた。
「大丈夫。ちょん切れちゃったら責任取って交代するから」
全然大丈夫ではない。そんなことになったら死活問題である。いろんな意味で。物騒極まりない言葉に青くなった自分に構うことなく、相手は再び足の間に顔を埋めた。
躊躇無くそれに舌を這わせると、唾液を塗り込めるように根元から付け根までを何度も往復させ、十分濡らしたところで先端を口に含むと、今度は緩く上下に動かしたり、先端や括れを舌先で突いてくる。 先走りを零し、嵩を増したそれを深くまで咥えて刺激され、出そうになる声を押さえ込む。どこが良いのか本能的に分かるのか、それとも単に当てずっぽうなのか。 的確に感じるところを暴かれて、確実に追い込まれていき、自分の体がどうなってしまうのか、空恐ろしくさえ思った。 それでも、片割れに自分のものを咥えられている異様な光景と、直に与えられる強烈な刺激に興奮を覚えていることは確かで、いっそ何もかも放り出して身を委ねてしまいたくなる。 それを強引に捻じ伏せて、荒い息の下から漸く言葉を吐き出す。
「もう、いいから、離せ」
軽く頭を押さえると、片割れは唇を離す。ただし握り込んだ手はそのままで。
「出していいよ」
「……っ」
彼の口から出た言葉に絶句する。続くはずの制止の言葉も、再び熱い咥内に翻弄され、あえなく霧散した。強く弱く舐められ、吸い上げられ、声にならない声を上げると、ついに屈服する。 解放感に体を投げ出し、ぼんやりと視線を彷徨わせると、放ったものを口で受け止め、少々驚いたような顔でへたり込んでいる片割れの姿が目に入った。
「不味……」
口の中のものを、どうにか嚥下すると、微妙な顔をして呻く。
「……飲むものじゃないだろう」
気だるい体を起こして、飲み込み切れず口の端から零れた自分のそれを、シーツで拭ってやる。
「こうすると喜ぶって書いてあったけど。嬉しい?」
それを訊くか。あれだけ大胆なことをしておいて、邪気のない顔で覗き込んでくる片割れを半眼で見遣る。それを不評と受け取って、「おかしいなあ」と呟いて首を捻った。
そんな相手を尻目に、 枕元のテーブルに手を伸ばし、引き出しの中から、幾つかの薬瓶のうちの一つを手に取る。少々粘りのある液体が中で揺れ、小さく音を立てた。
「来い」
呼ぶと、片割れは身に着けているものを全部脱ぎ捨て、崩した胡坐の間に膝立ちになると、腕を首に回して肩に顔を乗せた。乾いた銀の毛先が顔を擽る。
「万能油が、こんなところで役に立つとはね」
瓶の蓋を開ける音に、可笑しげに肩を揺らす。保険に購入したものの、実際使う機会は多くないのは確かだが。本来の使用法はさて置き、役割を果たせるなら何でも構わない。
「じっとしてろ」
中身をたっぷりと手に垂らし、固く閉ざされている窄まりに、馴染ませるように人差し指で塗りこんでいく。指先を浅く進入させると、反射的に力が入り、締め付けた。 相手が息を吐いて、力を抜いたところで、再び狭いそこを解していく。湿った音を立てて侵せば、 指を飲み込んだそこは熱く、強請るように収縮する。慎重に中を探り、指を折り曲げて内壁を擦ると、びくりと体が跳ねた。
「……っふ、ぁ……!」
指を増やして挿入を繰り返しながらそこを掠めれば、与えられる刺激に体を戦慄かせ、喘ぎ声を漏らす。指の腹で抉るようにして、執拗に攻め立てると、立ち上がった彼自身から、次々と先走りが零れ落ちた。 背中に爪を立てられても尚そこを弄り続けると、とうとう泣きの入った声で哀願される。 指を引き抜くと、待ちかねたように陰茎に手を添えて窄まりに宛がい、腰を落とした。 潤滑油の助けを借りて、一気に根元まで咥え込む。
「ひっ……あ、はあ、はっ……!」
「大丈夫か」
「……んっ」
小さく頷く。衝撃と圧迫感に、暫くこちらの肩に額を当てて息を整えた後、ゆっくりと動き出す。 良いところを探して腰を揺らめかせ、痛みの中から快楽を拾い上げると、陶然とした溜息を吐いた。 相手が落ち着いたのを見届けると、熱く蕩けたそこに誘われ、張り詰めた自分もまた律動を始める。
「あ、ぁっ!」
下から強く突き上げると、大きく背中を仰け反らせ、嬌声を上げる。白い喉に引き寄せられるように口付け、軽く歯を立てた。 揺さぶるたびに体が跳ね、薄っすらと紅に染まった肌の上を、銀色の束が踊る。
「んっ……あ、はぁっ、もっと、欲しっ……」
体を苛む熱に喉を震わせながら、恍惚とした表情で腰を振る姿は、酷く艶かしい。まだ足りないとばかりに、貪欲に絡み付いてくる内壁に、全て持って行かれそうになるのを、すんでのところで耐える。 体液で濡れて、滑った太腿を撫で上げると、体を震わせて喘ぐ。絶頂が近いのだろう、熱に浮かされた顔で、それ以外の言葉は忘れてしまったかのように、途切れ途切れに何度も名前を呼んでくる。 決壊寸前の彼自身を握り込み、物欲しげに溢れさせている先端を強く擦ってやると、一際高い声が上がった。
「やっ、あっ、あぁぁっ!!」
片割れは背中を大きくしならせ、上り詰めると、二人の間に熱を解放する。自身もまた、限界まで昂った熱を締め上げられ、低く呻いて、中に脈打つ欲望を思う様吐き出した。

「何か狡くない?」
「何がだ」
ようやく呼吸が落ち着いた片割れの第一声に、怪訝な声を返す。
「君あんまり声出さないし。あれだけ頑張ったのにさ」
余韻にぐったりとしてこちらに体を預けたまま、不満げに呟く。こっちを気持ちよくさせるつもりが、結局いつも通り快楽に流され、為すがままに喘がされたのが気に入らなかったらしい。 湿った銀の髪を撫でてやっていると、ついと顔を上げて決意に満ちた表情で宣言する。
「次は、そっちが泣いて喘いで強請るくらい悦がらせてやる」
「次か。それはできない相談だな」
「どうしてさ」
「お前には堪え性がない」
こと快楽に関しては。未だ繋がったままのそこに指を這わす。
「えっ、あっ……!」
彼の決意を、体の方はあっさりと裏切った。濡れた入り口はひくつき、緩く食んでくる。力の抜けた体を支えるように、こちらの胸板に震える手をつき、熱の篭った溜息を吐く。
「ちょっと待って、何でそんなに元気なの」
中で再び質量を増し始めた感覚に、顔を引き攣らせる。逃げようとする腰を捕まえて引き戻し、ついでに押し倒す。身動ぎした拍子に中を擦られて、相手は小さく悲鳴を上げた。
「自分から誘っておいて、もう降参か。口ほどでもないな」
「……そっちこそ大口叩いて、後で吠え面かかないでよ」
勝ち誇った顔で見下ろすと、あからさまな挑発に顔を顰めるが、すぐに受けて立つとばかりに足を絡めてくる。口を衝いて出る言葉は威勢こそ良かったが、いざ動き始めると呆気なく嬌声に変わった。その様子に苦笑いを浮かべると、頬を赤く染めて睨みつけてくる。 汗ばんだ額に張り付いた髪を払い、口付けを落とすと、眉間に寄せた皺が緩んだ。
「ね、君は気持ち良かった?」
一転、弱々しい声を漏らす。『ご奉仕』とやらのことだろうか、それとも行為そのものか。どのみち、不安にさせる理由も、隠す必要もない。「ああ」と短く肯定する。
「それなら、いいよ」
今日は負けておいてあげる。ふっと笑ってそう呟くと、首に腕を回してきた。
明け透けで強引にことを進めるくせに、急にしおらしくして見せたり、扇情的な顔をするかと思えば、屈託なく笑う。ころころ変わるこれに振り回されるのにもすっかり慣れてしまった。意図的なのか、無意識なのかは知らないが、随分と性質の悪いものに引っかかったものだ。 初めて時もそうだった。君しかいないのだと苦しげに囁き、目を伏せる姿に思わず抱き寄せれば、ぐいと引き倒され、打って変わって自分の体の下で挑発的な笑みを浮かべる片割れに、唆されるまま体を重ねてしまった。 我侭も一つ許し、二つ許しで、いつの間にか当たり前のように応じている。手綱を握っているつもりが、手の平の上でいいように踊らされているのは、自分の方ではないか。しかし、気付いたところで、もうどうにもならなかった。
だが、それも悪くはない。呟いた言葉に、相手は不思議そうな視線を向けてくるが、それは問いにならず、熱い吐息に溶けて消えた。
その後――お互い力尽きるまで求め合い、腕の中の片割れが、散々泣いて喘いで強請って悦がったことは言うまでもない。