栞を挟んで本を閉じて脇にやり、枕元の照明に手を伸ばした。
こちらが寝る体制に入った気配を感じたのか、隣でうとうとしていた片割れが身を寄せてくる。
「お前のベッドは向こうだと、いつも言っているだろう」
明かりを消すのをやめ、今更ながら軽く溜息を吐くと、すっかりオブジェに成り果てた隣のベッドを指差した。
「こっちのほうが居心地が良いんだ。良く眠れるし」
彼の顔に垂れて掛かった銀髪を漉くように払ってやると、気持ち良さ気に目を細めた。もっと撫でて欲しいという風に、顔を胸元に埋めてくる。
お世辞にも上等とは言えない簡素なものだが、マットレスもシーツも差異はない。寧ろ、二人分の体重を毎晩支えている自分のベッドの方がくたびれ気味だった。
共同生活を始めるに当たってわざわざ二つ用意したのに、彼がそこで寝るのを見たのは数える程しかない。定位置はここだとばかりに、枕を持ってこうして潜り込んでくる。
始めのうちは強引に追い出していたのだが、夜中に目を覚ますと当然のように隣で寝息を立てており、 それならばと自分が空いたベッドに行こうとすると、眠りが浅いのかすぐに目を覚ます。悪い夢を見るのだといって寝巻きの裾を掴んでくる彼を、それ以上邪険にもできず、結局許してしまった。
この年になるまで家族というものに全く縁がなかったため、急にできた弟をどう扱ってよいのか分からず、かつて与えられなかったそれを取り戻すように振舞う相手に振り回されるうち、 世間には奇妙に映るであろうこの状態に、今では自分も慣れてしまい、慣習的に自分のベッドに戻るよう促しはするが、シーツから放り出す気も完全に失せてしまった。
 暫くその銀色の頭を撫でてやっていると、徐に上体を起こして覆い被さってきた。馴染んだ重みは、唇を重ね、軽く食んでくる。 薄く開いた唇に誘われ、吸い付くと、舌を差し入れ、深く絡めて貪りあう。二人分の唾液が混ざり合って喉を伝うのも構わず、相手の頭を掻き抱いて逆に押し倒すと、空いた片手で手首を押さえて拘束し、蹂躙する。
ようやく唇を離した頃には、眠気は残らずどこかへ行ってしまった。
「寝るんじゃなかったのか」
荒い息の間から呟く。拘束を解いて、口の端から零れた唾液を親指の腹で拭ってやる。指を差し出すと、片割れは舌を伸ばして唾液を舐め取った。
「そのつもりだったんだけど、眠れなくなっちゃったみたいだ」
上気した顔で浅く呼吸を繰り返す相手は、膝をこちらの足の間に割り込ませてぐいと押し付けると、薄っすらと開いた瞳に挑発的な色を浮かべ、見返してくる。
君は寝てしまうの。返事の代わりに、上着の裾から手を滑り込ませ、腹を撫で上げてやると、ひくりと喉を鳴らした。いつもこれだ。我侭で自分勝手な、これの扱いは心得ている。
上着の合わせ目から覗く肌に、印を刻んでいく。

与えられる刺激に身を委ね、蕩けた顔で囁く。
「ね、ベッドは一つの方が都合がいいだろう?」