「危うくイカにケツ掘られるところだったぜ。経費は下りねえし、踏んだり蹴ったりだ」
ハンバーガーを頬張って咀嚼し、紙コップに口をつける。
「貴重な体験じゃあないか。ついでに開拓して来れば良かったのに」
掛けられた不穏な言葉に、コーヒーを噴出しかける。
「"Hello, world!"」
「初めてが触手とかマニアック過ぎるだろ。冗談はよし子ちゃんだぜ」
そんな新しい世界はいらねえ。向かいからこちらを面白そうに眺めている、ずんぐりむっくりとした金属の塊を睨みつける。
レオナルド・バナロッティ・エデューソン博士。マンハッタン中央研究所所属の有名なメカ工学者――だった。
本人は爆発事故に巻き込まれ、既に死亡している。こんなこともあろうかと、と用意していた、博士の人格マトリックスを移植したメカとして復活を遂げたのだ。
技術の粋を集めた芸術品、らしいのだが、自分にはガラクタにしか見えない。生前はかなりの変わり者だったと聞いている。 T260Gのポンコツボディをべた褒めしていたくらいだ、美的センスについても前衛的なのだろう。
「君はいつも楽しそうだね。そういう話を聞くと、ボクもまた冒険に出たくなるよ」
仲間達と過ごした日々を懐かしむようなトーン。合成音だが、生きているそれのように感情を表現する。溜息のような排気音が聞こえた。
「あんたの方は、今何やってるんだ?」
「相変わらず研究室さ。電源さえ確保すれば、人間だったときよりも快適だね。ハンバーガーが食べられなくなったのは、少し残念だけど」
食事も睡眠も必要ない。病気とも縁はない。メンテナンスは必要だが、耐久性に優れる。博士は今の状態をいたく気に入っているらしい。
それでも、食事はしなくとも気分転換にこうして店に来るのだとか。 そんな彼の前で一人で食べているのも少々気が咎めるが、それに気付いた博士は「気にする必要はない」と声を掛けてきた。お言葉に甘えてポテトをまとめて口に放り込む。
「あんた公式発表で死んでるんだろ。出入りしてて、トリニティの人間は何も言わないのか」
生前とは似ても似つかぬ姿なのに、ゲートの職員は「パスが本人のものだから」とあっさり通していたが、ラボの職員がおかしく思わないわけがない。
「死んだ人間が歩き回っているのはよくあることさ」
ボクに限らず、ね。意味ありげに呟く。
「まあ、ボクじゃないと進められない研究もあるし。こっちとしては好きな研究を続けられるのなら、ゾンビでも何でも構わないよ」
「そんなもんかね」
博士のつるんとした頭を撫でる。冷たい装甲に低い駆動音。疲れを知らない不老不死に近い体。頭から手を離して、再びハンバーガーに噛り付く。
「君は妙に鼻が利くところがあるからね。余りあれこれと首を突っ込まないほうがいい」
「それは警告か?」
「忠告だよ」
真ん丸い目玉がくるくると回る。
「ボクはこれでも君の事は気に入っているんだよ。君が沼地に浮かぶ姿は見たくないな」
水をたっぷり吸ってぶよぶよになった体が腐敗し、溜まったガスでパンパンになる。腐臭に誘われ、びっしりと集る虫に貪られて朽ちていくのだ。
想像して、一気に食欲が失せる。
「もう食べないのかい? 体が資本なんだから、しっかりエネルギーを補給しておかないと」
半分残ったハンバーガーをテーブルに置いたのを見て、不思議そうな声音を出す。誰のせいだ、誰の。
と、呼び出しのアラームが鳴る。
「事件かい。忙しいね」
「お陰さまで貧乏暇なしだ」
残りのハンバーガーを渋面で見詰めてから、無理矢理口に詰め込んで、コーヒーで流し込む。
「改造移植ならいつでも受け付けるよ」
「あー……なるべく長生きできるように気をつける」
頑丈なのはいいけど、不眠不休で働かされるのは勘弁な。軽く手を上げて別れを告げ、店を出る。
疲れの残る体を奮い立たせ、一気に階段を駆け下りた。