「起こしたか」
側に歩み寄ると、月明かりに照らされた片割れが振り向く。結わえられていない髪が、冷え冷えとした光を反射して輝いた。
「何だか眠れなくてね」
緩く首を振る。
何度も寝返りを打って、眠ったと思えばすぐに引き戻される。その繰り返し。ふと目を開ければベッドに片割れはおらず、不安に襲われて姿を探した。
居間のソファに、いつものように腰掛けている相手を見つけて安堵する。部屋の中は明るいとはいえ、さすがに本は読んではいなかったが。
彼も眠れないのだろうか。青白い光で満ちた部屋を漂う。
開け放たれたカーテンから覗くのは、普段より大きく近く見える月。押し潰されてしまいそうな圧迫感に、動悸が早くなる。
こんな夜は特に。
「思い出すんだ」
声が掠れる。
立っていられなくなって、ふらふらと隣に腰を下ろす。体を横に倒して、片割れの膝に頭を預けた。くるりと向きを変えて、その顔を見上げる。
何を、とは聞かれなかった。ただ長い指で髪を漉くように撫でられ、目を細める。
こうして触れていないと、気が狂いそうだった。いや、とうにおかしくなっているのだろう。彼の存在が、辛うじて自分の形を繋ぎとめていた。
その自分が正しいのかどうかは分からなかったが。
衣擦れの音が微かに聞こえる。
「本当はまだあの場所に居て、長い夢を見てるだけなんじゃないかって」
こうして君を見上げて。見下ろしてだったか。伸ばした手が、血に塗れて虚空を彷徨う。止め処なく溢れ出て、体は急速に熱を失っていく。
手は届かない。頭上で冷たい光を放つ月と同じ。青い部屋が赤で染められていく。
これは夢だ。
願望が見せる最後の。
「目を覚ますのが怖いんだ」
もう一度寝返りを打って片割れの膝に顔を埋める。
「寝坊したら叩き起こしてやるから、安心して寝てろ」
馬鹿なことを考えるな。頭をくしゃりと撫でられる。
「ベッドの上から蹴落とすのは勘弁してよね」
容赦ないんだから。苦笑いが漏れる。
あやすように撫でられる感触が心地好い。優しい波に揺られて、水底に沈んでいく。
眠ってしまうのは惜しい気もするが、寝巻き越しの体温にしがみついて、そっと目を閉じた。