一緒に暮らし始めた当初は、自分以上に不安定な相手を持て余し、疎ましくすら思っていた。
それでも手を離さなかったのは、罪悪感があったからだ。紆余曲折はあったが、片割れは徐々に落ち着きを取り戻し、笑顔を見せるようになった。
彼は自分に対して好意を隠さない。
おおよそ自分を手にかけた相手に抱くにしては不自然な程、盲目的で無条件なそれは刷り込みに近く、本人に自覚があるのかどうかは知らないが、
今まで国に向けていたものではなかったか。足りない部分の替えとして。その予想は恐らく当っている。
普段は自由気ままに振舞ってはいるが、自分が強く望めば何でもするだろう。そんな気がした。
それを利用して、彼が彼でいられるように少しずつ。そうするように仕向けたくせに、今度は自分の手から離れてしまうが怖くなる。
初めは仕方なくであったはずだ。これまで誰かに執着したこともなく、これもいずれどこかに行くのは当然で、引き止めるなど馬鹿馬鹿しいとすら思っていたのに。
いつの間にか、隣にいるのが当たり前になる。別々の時間を過ごしたとしても、必ず戻ってきて我が物顔で隣に陣取り、聞かれもしないのにあれこれ話してくるのだ。
すっかりその生活に慣れてしまい、再び一人になるなど考えられなかった。
自分の変化に愕然とする。
そして、それを期待する。
或いは、自分が望めば。
強く。
自分達の関係が、世間のそれとは違うのは知っているが、各々の都合で、態度や言葉で相手を縛るのは同じはずだ。
あれは何と言っていたか。――って言ったくせに。電話越しの恋人に、喧しく騒ぐ女の言葉を思い出す。
「一生大事にする」
前方を見据えたまま、ぽつりと言葉を零す。
「早いところ食べた方がいいと思うけど」
我に返る。持っても二三日だと思うよ。隣に座った片割れが、テーブルの上に広げられた焼き菓子を頬張りながら、怪訝そうな視線を向けてくる。
そういえば知人から土産を貰ったから、とか言っていたか。
「……何でもない」
口にしてみて、間抜けだと思った。自分らしからぬ考えを振り払うように頭を振ると、そう、と相手は首を傾げる。
「お茶入れてくるよ」
どうでも良い呟きとして聞き流されたのなら、その方が良かった。しかし、意思とは別に、二人分のカップを持って立ち上がりかけた片割れの腕を掴んでしまう。
引き止めて何を言うつもりだ。相手の少し驚いたような顔に、思わず目を逸らす。相手は元の通り隣に腰を下ろすと、こちらを覗きこんできた。
「ね、それってもしかして僕のこと?」
臆面もなく聞いてくる。返事はしなかった。代わりに、腕を握る手に僅かに力が篭る。片割れは一瞬目を丸くした後、ケラケラと笑い出した。
「何がおかしい」
憮然とする。
「いや、ゴメン。君が柄にもないことを言うから、何か悪いものでも食べたのかと思って」
肩を震わせたまま、こちらに凭れかかってくる。ひとしきり笑った後、耳元で低く囁く。
「でも、嬉しいよ」
側にいろと言うのなら。全ては君の望むままに。