部屋に戻る後姿を見つけ、追いかける。
「おい」
声を掛けると、こちらを一瞥するが、それだけだった。さっさと先を歩いていってしまう。
「待てよ!」
小走りにかけて追い付くと、ぐいと腕を引く。
思ったより勢いが付いていたらしい。
胸に軽い衝撃があって、自分ほど体力のない術士とはいえ、それなりに鍛えられた長身がすっぽりと腕に収まる。
ちゃんと手入れをしているのか甚だ怪しい、ぼさぼさの銀髪が顔をくすぐった。
「何」
不機嫌そうな声音に、一瞬怯む。
他のメンバーといるときとは随分と違う態度に、先程までの勢いが急速に萎んでいくのを感じた。
言いたいことは山ほどあったが、いざ口にしようと思うと、うまく言葉にならなかった。
今更何を?
納得できるわけもないが、自分が言えることなんて何もない。
相手が触れないのだから、あの話題は蒸し返すべきではない。しかし、せめて殴ったことくらいは。
考えるのはもともと得意ではないのだ。
どう切り出したらいいものか、思考の堂々巡りに、狭い廊下のど真ん中ですっかり固まってしまった。
「溜まっているなら、抜いてあげようか」
不意に耳元で囁かれて、ぎょっとする。言葉の意味を理解するまで随分時間が掛かった。
片手は腕をしっかりと掴んだまま、もう片方はいつの間にやら背に回し、今の今まで彼を抱きしめている状態だったのに漸く気付く。
「悪い!」
慌てて両手を離す。見る見る顔が赤くなっていくのが分かった。耳の先までカッと熱くなる。
「冗談だよ」
相手はふっと笑みを浮かべると、とん、と手で軽く胸を押して体を離す。
ぽかんとしている自分を尻目に、疲れているから先に休むといって部屋に引っ込んでしまった。長い銀髪が扉の向こうに消えていくのを見送る。
ぱたり、と音を立てて扉が閉められた後も、暫く気が抜けたように、その場に立ち尽くしていた。