「あームカつく!」
勢いよく拳が叩きつけられて、テーブルからポテトが飛び上がる。粗暴な振る舞いに眼前の男に目をやって、不快気に眉を顰めた。
昼食の時間帯はとっくに過ぎていたが、ファストフード店のテーブルはそれなりに埋まっている。マンハッタンのショッピングモールにあるため、大きな荷物を持った客の姿が目立つ。
件の隊員のお気に入りらしく、よくここでサボっている姿が見られるのは有名だった。会いたければそこに行けば、と揶揄される始末だ。本人に言わせればパトロールの一環らしいが。
大きな音に周りの客が振り返るが、すぐに何事もなかったようにそれぞれのテーブルで談笑を再開する。
「今までどこに隠れていたんだか、急にワラワラ湧いてきやがって。ワラジムシかっての。それで、あいつらなんて言ったと思う?」
怒りが収まらないといった風で、紙コップの中身を一気に飲み干すと、ぐしゃりと握り潰した。
「この度の災害に対する救助活動にご協力いただき、心より感謝申し上げる。あとは我々が中心となって復興活動を続ける。よってこれ以上の助力は不要。だとよ」
「追い出されたんだな」
マジックキングダム崩壊後、当事者でもある隊員は救助という名目の捜査に参加していた。
国を挙げて人体実験をやってるだとか、伝統と言う名の殺し合いが行なわれているだとか、色々ときな臭い噂の絶えない国であったが、閉鎖性と外面の良さで今まで大々的な捜査の手は入らなかった。
今回の事件で上層部の機能が麻痺したのをいいことに、強引に捻じ込んだのだが。
「一部の狂信的な研究者が暴走した末の事故で、責任者の校長は表も裏も死亡。……何なんだこの表裏ってのは、ただの学校って訳じゃないだろう、胡散臭い。実験に関わった研究員は全員死亡、と」
ばさりと報告書の束が投げ出される。テーブルの上に付いた水滴を吸って染みを作った。
罪を被せて丸く治める。死人に口無しというやつだ。あれは死んだふりをして何をしているのだろうか。表に出ずとも重要なポストにいるには違いない。どこか疲れた口調の術士の姿を思い出す。
「お前、他に何か知ってるんじゃないか」
「いや、何も」
探るような視線に、平静を装う。
隣に座る片割れを横目で窺うが、話の内容に興味を示す様子もなく、奢ってもらった大きなハンバーガーと格闘している。自分はこういったファストフードは好まないが、彼は気に入ったらしい。ソースが垂れないように一生懸命噛り付いている。
「資質を集めて国に戻るまで、本当の目的を知らされていなかったんだ。あとはこうして外から入ってくる情報で全部だ。地獄まで付き合ったんだから、そっちの方が詳しいんじゃないか」
「天国みたいな地獄なんざ、悪趣味にも程がある」
綺麗なねーちゃんがいるわけでもねえし、と嘯く。封印の向こうに閉じ込められかけたのを思い出したのか、ポテトをつまんで口に放り込むと砂利でも噛むような顔で咀嚼した。
彼の言う通り、学院はただの教育機関ではない。魔術崇拝の布教施設であり、実験施設であり、政治の中心でもある。教授会が動いているのだから、これ以上のことは外に漏れてくることはないだろう。自分達を縛り付けていた負の遺産がなくなった今、彼らが過去の汚点として隠蔽に奔走しているだろうことは容易に知れた。
「法衣を着て、学生のフリでもして潜り込むか」
「無理があるだろう。面も割れているし、魔術の資質を持たない者はすぐに分かる」
言われて、「だよなあ」と呟くとがっくりと肩を落とす。年齢的に厳しいことは黙っておいた。
「とにかく捜査は打ち切り、真相は闇の中ってわけだ」
お手上げだ、と大袈裟に肩を竦めて両手を軽く上げて見せた。ちらりとこちらを見て意味ありげに呟く。
「お前らは野放しにされてるみたいだし、流石にこっちまで手が回らないのかね」
片割れはようやく最後の一口を詰め込んで、満足そうに溜息を吐いたところだった。黙ってハンカチを差し出すと、「ありがとう」と小さく言って受け取り、口の端を拭いた。返されたハンカチをしまって、相手に視線をやると先を促す。
「どちらかでも連れ戻されたら、略取・誘拐で強制捜査を、だ、な」
「……」
口から出た言葉が徐々に弱くなる。
「冗談だって、そんな怖い目で見るなよ」
「くだらないことを言うからだ」
もしかしたら知っているのかもしれない。この男はヘラヘラしているように見えて、動物的な勘は妙に鋭いのだ。
「しかし、一体どういう心境の変化なんだろうね」
「何のことだ」
「嫌に優しいじゃないか」
ぎしりと顔が引き攣るのが分かった。
「薄情な大将も兄弟愛に目覚めちゃったとか?」
ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んでくる。反射的に殴りかかるがあっさり避けられ、拳は虚しく空を切った。
「あんた、意外と感情的だよな。そういうのは嫌いじゃないぜ」
反論しようと口を開くが、鳴り出したアラーム音で遮られる。
「あー悪い、呼び出しだわ。あいつカンカンだな」
怖い怖いと呟きながら立ち上がると、ポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出して、こちらの手の中に押し付けてきた。
「まあ、何かあったら言ってくれ。兄弟、仲良くしろよ」
じゃ、と軽く手を上げると慌しく店を出て行った。自動ドアの向こうに姿が見えなくなったところで、片割れが声を掛けてくる。
「何貰ったの」
改めて手の中を見ると、折り畳まれた派手な色の紙が一枚。セットやら半額やらの文字が印刷されている。
「ここの割引券のようだな」
「でもこれ期限切れてるよ」
どっと疲れを感じて、テーブルに突っ伏した。