びりびりする。
急に意識がもどったので、こわごわと体をおこしてみると、腕がしびれていることがわかった。いつのまにか、自分の腕を枕にしてねむりこけていたのだろう。読みかけの本が開かれっぱなしになったまま、畳にねころがっている。


「ぐっすりでしたよ」


テレビのまえにすわっていた菊が、穏やかにわらいながら言った。
それを見るたび、その笑みは菊しかきっとできないだろうと私は思う。胸のあたりがほかほかして、くすぐったくなるような、それは。


「…ちょっと寝不足だったのかしら」

「…――そうかもしれませんね。そろそろお昼にしましょうか。お昼寝のあとはお腹がすくでしょう?」


首を縦に振る。否定しようかと思ったけれどやめておいた。きゅうう、と情けなく私のお腹が鳴いてしまったのだ。幸いぽちくんが菊の腕から飛びだして私にかけよってきたことで、その音はちょうどよくかき消えてくれたけれど。


「ではなにか作りますね」


菊は台所に行く。冷蔵庫をあける音がきこえた。
ぱたん、ぱたん。


「菊」

「はい」

「私も手伝うわ、支度」


せっかくきてくれたのに申し訳ないわね、と目で語りかけつつぽちくんを膝から下ろす。
菊はまな板のうえでにんじんを切っている。とん、とん、とん、
とん。
私が菊のそばに並ぶと、菊はその手を止めた。


「大丈夫ですよ。2人分ですから」

「でも、菊はたくさんつくるじゃない」

さん」


なあに、と返すと、菊はまな板に包丁を置いた。私をじい、と見て、頬にふれる。
そこもしびれていたのだろうか、かすかにびりりとした。ん、と声をもらすと、さっきまでひどくしびれていた右腕に。


「っ、…菊、なんなの?」

「――腕、まだしびれるのでしょう。あちらで座っていてください」


私の自由の利かない腕をなでながら菊はつづけて言う。


「私のお腹の虫はまだ鳴かないようですし」


さんのほどかわいらしくは鳴きませんしねぇ。
そう言って菊はまたわらった。
菊の手はまだはなれない。それどころか、腕ごとひきよせられてしまった。


「…きこえてたのね、さっき」

「ふふ」


なんとああ恥ずかしい。下を向くと、ちょうど菊の鎖骨のくぼみにおでこがついた。
びりびりびりびり。菊の私をなでる手はやまない。


「だから、すこしだけ、待っていてくださいね」


しびれが消えた。かわりに、駆け巡るような電流がはしる。
最小限にボリュームをしぼった、おそらく最大限に低い菊の声に――かすかな色が、にじんでいた。








甘噛み





(インスピレーションはThemeさまの囁くお題5 3.掠れ声で より /120515 あい子)